五段砧
【解題】 純器楽曲として作曲された五段砧の曲に歌詞を加えるため、後世に『三段獅子』という曲が導入部として付けたされた。この歌詞は、本来は三段獅子の歌詞である。 【解析】 ○花 は|吉野 よ、紅葉は高雄 、松は唐崎 、霞は外山(とやま) 、 花と言えば、吉野山の桜がその代表!、紅葉は高雄山、松は唐崎の松、霞は外山の霞と歌に詠まれている。 ○いつも|常磐 の|ふりは| |さんざ、 |しほらし や、とにかく | いつも|常磐太夫の|容姿は|松吹く風の音のように|颯々と|爽やかで、つつましいよ、あれこれと| ○思は るる。松は常磐 よ、松は常磐 よ、いつも| 変はらぬ |歳の端(は)ごとに。 思い出される。松は常磐木!|松は常磐木!|いつも |歳 ごとに| |色が変わらない。 【背景】 花は吉野 吉野山は平安朝末期から桜の名所として歌に詠まれるようになった。 ○吉野山 |去年(こぞ)の枝 折り(しをり) の| 道 変へて 吉野山で|去年 枝を折って通り道の目印にしたが、それとは道を変えて、 ○まだ見 ぬ 方 の|花を尋ね む まだ見ていない方面の|花を尋ねて行こう。(西行) ○吉野山霞の奥は知らねども見ゆる限りは桜なりけり (八田知紀:はったとものり 寛政十一〜明治六(1799-1873)号:桃岡(とうこう)) 「吉野」はまた、「吉野大夫」という遊女の名が掛けてある。以下の下線部、高雄(高尾)・唐埼・外山・常磐も、当時有名だった遊女の名前が織り込んである。 松は唐崎 志賀の唐崎は「近江八景」の一つにも挙げられ、古来から有名な歌枕で、大津市の北7kmほどの琵琶湖畔の土地。著名な文人たちが歌や句を残している。唐崎の松は、現在、唐崎神社の境内にある。 ○唐崎の松は扇の要にて漕ぎゆく船は墨絵なりけり 伝紀貫之 ○唐崎の松は花より朧にて 芭蕉 ○短夜や一つあまりて志賀の松 蕪村 霞は外山 「外山」は、歌詞では地名のように扱っているが、外山という霞の名所がある訳ではない。外山とは、山々の連なりの外側の山、つまり人里近くの山。そこに春霞が立つと、その奥の高い山に咲いた桜が見えなくなってしまう。 ○高砂の|尾 上の|桜 |咲きにけり | | 高砂の| 高い |峰の上の|桜が|咲いたことだなあ。その桜が見たいので、 ○外 山 の霞 |立た|ず も|あら|なむ 周りの人里に近い山々の霞は、立た|ないで |いて|欲しいものだ。(後拾遺集・巻一・春上・120・大江匡房) 歳の端ごとに 万葉集で、「としのはに」が「毎年」の意味で使われているが、それに「ごと」を加え、「毎」の意味が二重になったもの。 ○毎年(としのは)に|来 鳴くもの| ゆゑ|霍公鳥(ほととぎす)聞けば|しのは く | 毎年 |来て鳴くもの|なのに、ほととぎすの声を 聞くと、懐かしいことよ、 ○ |逢はぬ 日を|多 |み その声に|接しない日が|長かった|から。(万葉集・巻第十九・4168・大伴家持) |
作詞:不詳 作曲:光崎検校 【語注】 花は吉野⇒背景 紅葉は高雄 京都の西を南下して流れる桂川の上流、清滝川の上流に高雄山があり、麓に神護寺などもある。この近辺は古来から紅葉の名所として知られている。 松は唐崎⇒背景 霞は外山⇒背景 常磐 樹木の葉が一年中色を変えないこと。常緑。 さんざ 松風のザーザーという音を表す擬音の「ざざんざ」が訛ったもの。常磐太夫は松に縁がある名前なので、松風の音に喩えて称え、囃した。 高砂 播磨の国の歌枕。兵庫県高砂市、加古川河口付近の地名。「高砂」の地名は「高く盛り上がった砂・砂丘」の意味で、高砂という土地に高い山があるわけではないが、ここでは「高」が掛け言葉として用いられ、「高い峰」の意味も添えている。 ゆゑ 順接ではなく、逆接。 |