【桐壷】
【1】
○ |限りと て| | 別るる 道 の|悲しきに |
今はこれが|最後と思って|あなたと|お別れする道に行くことが|悲しいにつけて、
○ |生か |まほしき は|命 |なり|けり |
|行か |
本当に私が|行き |たい のは|
|生きる| |命の道の方|だと|気が付いたことです。
桐壷帝に愛されて若君(光源氏)を生んだ桐壷更衣が、その3年後の夏、病を得て宮中を退出する前の帝に対して詠んだ辞世の歌。若君(源氏)も更衣と共に実家の二条院に帰り、その後、更衣の葬儀が二条院で営まれる。
【引き歌】(新古今・離別・道明法師)
┌─────────────────┐
○ |別れ 路は|これ| |や| |限りの旅| なら|ん|↓
あなたと|別れる旅路は、これ|が| |この世の|最後の旅|であろ|う|か。
○さらに | |行く| べき | 心地 | |こそ|せ |ね | |
これ以上| |生き|ていられる| 気持ち|が| ! |し |ない|ので |
決して |そちらに|行こ| う |という気持ち|に| は |なれ|ない|のです。
【2】
○ |宮城(みやぎ)野の|露 吹き 結ぶ|風の音 に |
|宮城 野の|露を吹いて結ぶ|
私のいる|宮中の 庭の|露を吹いて結ぶ|風の音を聞くにつけて|
○ |小 萩が|もとを|思ひ|こそ|やれ|
あなたの邸宅の|小さな萩 |
|若 君の|ことを|思い| ! |やる|ことです。
源氏三歳の秋、桐壷の更衣の母北の方の邸宅二条院を弔問に訪れた靫負命婦(ゆげいのみょうぶ)に、帝が託した歌。
【3】
○ 鈴虫の| |声の限りを尽くして| |も|
《鈴》
あの鈴虫が| |声の限りを尽くして|鳴くように|
|私が|声の限りを尽くして|泣いても |も|
○ |長き夜 |飽あか ず | | 降る | 涙かな |
《振る》
秋の|長い夜も|飽き足らないほど|止めどなく|流れ落ちる|私の涙であることよ。
靫負命婦が二条院からの帰り際に、母北の方に贈った歌。
【4】
○いとどしく|虫の音 |しげき | 浅茅生(あさぢふ) に|
ただでさえ|虫の音が|絶え間ない|この草深い 私の屋敷に、
○ 露 |おき|添ふる |雲の上| 人 |
|その上さらに|
涙の露を|置き|添える |宮 中|からのお使いであるあなたですよ。
前歌に対する母北の方の返歌。
【5】
○ |荒き風 |防ぎ し|かげ の |枯れ し|より|
世間の|荒い風を|防いでいた|木陰 が |枯れるように |
|保護者の桐壷更衣が|亡くなってしまって|から、
○ |小萩が うへ| |ぞ|しづ心なき |
私は、若君の身の 上 |が|!|心配でなりません。
帝が母北の方に贈った【2】の歌に対する北の方の返歌。娘の死への悲しみと孫への心配のあまり、帝という保護者の存在を軽んじたもの言いになっている。
【6】
○ |尋ね ゆく|まぼろし |もがな |
今は亡き桐壷の更衣の魂を|尋ねてゆく| 幻術士 が|いてほしいものだ、
○ つて|にても|魂(たま)の|ありかを|そこ と|知る|べく |
人伝て|にでも、魂 の|ありかを|そこにあると|知る|ことが出来るように。
亡き桐壷更衣に対する帝の哀傷歌。玄宗皇帝と楊貴妃の悲劇を叙した白楽天の「長恨歌」の内容を踏まえている。
【7】
○ 雲の上 も|涙にくるる |秋の月 |
雲の上でも| |秋の月が|
|涙に暮れている。
ここ宮 中でも| |私 は|
|涙に暮れている。
┌────────────────────┐
○いかで | |すむ | らん ↓ | 浅茅生の|宿 |
どうして |月は|澄むことが| あろう|か、いや、ないであろう。
|今頃 |
どのように| |住ん |でいるだろう|か、 |あの草深い |家で、母君と若君は。
宮中で二条院のことを思い、深夜まで眠ることの出来ない帝が、その胸中を詠んだ歌。
【8】
○ |いときなき| | | |はつ |もとゆひに
《結ひ》
まだ|年少の |若君と|あなたの姫君との結婚だが、その|初めて結んだ| 元 結 に、
○ 長き| 世を| 契る 心 は|結びこめ|つ| や|
《結び》
末長い|夫婦の縁を|固く約束する二人の心を!|結び込め|た|だろうか。
源氏12歳で元服、左大臣家の婿となった時、源氏の父桐壷帝が左大臣に贈った歌。左大臣の姫君、新妻の葵の上は16歳だった。
【9】
○結び つる| |心 も|深き|もと結ひ| |に |
結ん だ |紫の組紐の|色 も|深い| 元 結い、その|
結ん だ |二人 の|愛情も|深い| |ように、
○ |濃き紫の|色 |し| |あせず |は|
|濃い紫の|色 が|!| |褪せないように、
若君の|深い |愛情が|!|いつまでも|褪せないの |ならば、どんなにかうれしいでしょうが。
左大臣から帝への返歌。「元結ひ・結び」の語が返されている。自分の娘である姫君の心に寄り添って、源氏への期待と願望を述べている。
|
【語注】
【1】
命なりけり⇒けりは発見詠嘆。
【2】
宮城野⇒常陸の国(茨城県)の歌枕で、萩の名所。
宮城⇒宮中・内裏。
小萩⇒現在三歳の若君、後の光源氏を指す。故桐壷更衣が父の故大納言から相続した二条院は、今は更衣の母北の方の所有となっている。三歳の源氏は今、二条院に引き取られている。
【3】
鈴と振るは縁語。
【4】
【5】
【6】
まぼろし⇒白楽天の長恨歌に歌われた「道士」。楊貴妃の魂に会いに行く。
【7】
住むらん⇒らんは現在推量。
浅茅生の宿⇒二条院のこと。故桐壷更衣の母君と、三歳の源氏が住んでいる。
【8】
はつもとゆひ⇒初元結。元服の時髻(もとどり)を結ぶ紫の組紐。
結ひと結びは縁語。
【9】
あせずは⇒「…は、〜まし」という呼応の応を省略して、反実仮想の意味を込めている。
|
【帚木】
【1】
○手を折りて| あひ見 し|ことを|数ふれ ば|
指を折って、あなたと連れ添ってきた|年月を|数えてみると、
┌──────────────────────┐
○これ |一つ |や|は| 君 が|うき |ふし| ↓|
この嫉妬深さ|だけが| |!|あなたの|いやな| 所 |だったでしょうか、
→いや、これだけではありませんでした。
源氏17歳の初夏、五月雨の夜、宮中の殿上の間で交された貴公子達の女性論、「雨夜の品定め」の中で、左馬頭(さまのかみ)の語った経験談、嫉妬深い欠点を持つ、「指食いの女の話」。その中で、左馬頭が女に指を噛みつかれ、幻滅して詠みかけた歌。
【2】
○ |うき ふしを| 心一つに|数へ | き て|
あなたの|いやな 所 を|私の胸一つに|収めて、我慢して来ましたが、
┌───────────────────────────┐
○こ | |や| 君 が|手を別る|べき |をり| ↓|
今度|こそ、 |あなたと|縁を切ら|なければならない| 時 |でしょうか。
前歌に対する指食いの女の左馬頭への返歌。
【3】
○琴の音も月も|え なら ぬ| 宿|ながら|
琴の音も月も、えも言われず|風雅なあなたの家|ですが、
┌──────────────┐
○ |つれなき人を |引き|や|とめける| ↓|
私とは別の|薄情な 男 でも、引き| |留めた |のではありませんか。
左馬頭のもう一つの体験談、「浮気な女」の話。
【4】
○ |木枯らしに|吹きあはす |める | 笛の音を|
《笛》
まるで|木枯らしと|合奏している|ように見える|あなたの素晴らしい笛の音を、
○ |引きとどむ|べき | ことの葉 ぞ |なき |
《琴》
私の家に|引き留める|ことが出来る|しゃれた 言 葉 |
| 琴 の腕前など|私は持ってはおりません。
【5】
○ |山がつ の|垣ほ |荒る とも|
賤しい|木こりのような私の家の|垣根は|荒れるままに見放しても、
○をりをりに| あはれは|かけよ | |撫子の |露 |
折 々 に|お情け の| |露を|
|かけて下さい、その垣根に咲く|撫子のような |
| |可愛い 娘| |には。
「雨夜の品定め」の頭中将の「内気な女」の話。中将がまだ10台の頃、内気な女と懇(ねんご)ろになり、娘さえもうけた。娘を思い、ひたすら中将の愛にすがるだけの弱い立場を詠んだ歌。
【6】
○ |咲きまじる| 色 は|いづれと |分か ね ども|
家の垣根に|咲き混じる|花の色、あなたと娘の可愛さは|どちらとも|決められない が 、
○なほ |とこなつに |如く|もの|ぞ|なき |
| 床 |
やはり| 床 を共にするあなた |
| 常 夏 に|及ぶ|もの|は|ありません。
前歌に対する中将の返歌。幼い娘への愛は二の次にして、まず恋人の機嫌を取ろうと詠んだ歌。この歌にちなんで、夕顔の女を、「常夏の女」と呼ぶこともある。
【引歌】(古今・夏・凡河内躬恒)
○塵を|だに|据ゑじ |と|ぞ|思ふ|
塵を|さえ|置かないように頻繁に訪ねたい|と|!|思う。
○咲き|し| |より |妹(いも)と|わが| 寝(ぬ)る|とこなつ| |の花 |
咲い|た|時|からずっと|あなた と|私が|共に寝 る| 床 |に咲く|
| 常 夏 | |の花を。
【7】
○ |うち払ふ|袖も|露けき | とこなつに|
《夏》
あなたが訪ねてこないので積もった塵を| 払う|袖も|涙にくれがちな|私の 床 に|
○ 嵐 |吹き|そふ | 秋 |も| 来にけり|
《秋》
|あなたに飽きられる上に、
|さらに|
苦難が|付け|加わる| 秋 |も|やって来ました。
内気な女は、中将の正妻である右大臣家の四の君の脅迫を受け、中将を恨むでもなく、娘と共に失踪してしまった。その時の苦境を中将に訴えた歌。その数年後、この女が17歳の光源氏に見初められ、「夕顔の宿の女」として再登場する。
【8】
○ささがにの|ふるまひ |しるき| | 夕暮れに|
蜘蛛 の| 動き が|活発で|私が訪ねて来た|この夕暮れに、
○ ひる | ま| |過ぐせ と|言ふが |あやなさ |
蒜 | 間|
ニンニク|の匂いが消えるまでの間|を|待て |
昼 間|を|過ごしてから来いと|言うのは、訳が分かりません。
「雨夜の品定め」で、式部丞の語った体験談、学者の娘の話。漢文を式部丞に教えるほどの才女だったが、ある時熱病にかかって、熱冷ましのニンニクを服用し、丞との面会を謝絶した。その時の丞の女への挨拶の歌。
【9】
○ |逢ふことの| 夜をし| 隔てぬ | 仲 ならば
あなたと|逢うことが|一夜 も|間を置かない|私たちの仲だったならば、
┌───────────┐
○ ひる | まも|何 |か|まばゆから|まし ||
蒜 | | |
ニンニク|の臭いがする間も、 ↓
昼 間も、どうして| |恥ずかしい|でしょうか、いや、恥ずかしくありません。
前歌に対する返歌。「昼間」と「蒜」の掛詞は平安貴族の男女には似つかわしくない、いわば駄洒落レベルの言葉遊びになって、お笑いの話で終わっている。滑稽な表現の歌は万葉集にも既にあり、古今集には「俳諧歌」という部立もある。
【10】
○ |つれなき を| |恨みも果てぬ |しののめ に|
あなたの|つれない態度を|いくら恨んでも|恨み切れないでいる|夜の明け方に|
○ | とりあへぬまで | |おどろかす| らむ |
|にわとり までが| |どうして |
取るものも| 取りあえぬほど |忙しく|私を|起こす |のでしょうか。
源氏17歳の夏、五月雨も晴れた頃、方違えで紀伊の守の邸宅を訪れた源氏はそこで偶然に空蝉と契る。空蝉は紀伊の守の父親、伊予の介の若い後妻で、その時18歳、後妻になって2年目だった。その時、源氏が別れ際に空蝉に贈った歌。
【11】
○ 身の|憂さを |嘆くに飽か で |明くる 夜は|
わが身の|拙さをいくら嘆いても|嘆き 切れないのに|明けて行く夜は|
○ とり 重ねて|ぞ| |音も |泣か|れ | ける|
にわとりの声に重ねて|!|私も|声を立てて| |つい |
|泣い|てしまう|ことです。
源氏の前歌に対する空蝉の返歌。身分違いのわが身が思いがけず源氏に見初められたことに困惑し、拒絶しようとしている。
【12】
○ 見し 夢 を| | | あふ |夜 ありやと|嘆く 間に|
夢 を 合ふ |
あの夜見た逢瀬の夢が | |また|現実になって、
|あなたと|また| 逢う |夜があるかと|嘆いている間に|
○目 さへ|合は で|ぞ|ころも |経 に ける|
眠ることさえ|出来ないで、!|幾日かを|過ごしてしまいました。
源氏は空蝉と契った翌朝自邸である二条院に戻り、紀伊の守を召して伊予の介一家の内情を探り、空蝉の弟、12歳の小君を召し出して手なずけ、文使いを命じる。初めての契りの10日ほど後、源氏が小君に持たせた空蝉への消息の歌。
【13】
○ | 帚木 の |心を|知ら で|
人が近づくと消えてしまうという| 帚木 のように|
私が近づくと逃げてしまう |あなたの |心を|知らないで|
○ |園原の道に|あやなく|惑ひ ぬる| かな |
私は|園原の道に|訳もなく|迷ってしまった|ことだなあ。
空蝉との初めての逢瀬から2〜3週間後、源氏はまた紀伊の守邸を訪れるが、空蝉は必死に源氏を避けている。その源氏の空蝉への恨み言の歌。
【引歌】(古今六帖・五・坂上是則)
○ |園原や|伏屋 に|生ふる |帚木の |
信濃の国にある|園原の|伏屋の近くに|生えているという|帚木のように|
○ |ありと て| |行けど | |逢はぬ | 君 かな |
遠くから見ると|あると思って|近くに|行っても、消えてしまって|逢えない|あなたであることだなあ。
【14】
○数なら ぬ |伏せ 屋に|生ふる| 名 の|うさに | |
とるに足りない|貧しい家に|育った|私の世評が|辛いので、あなたの前では|
○ある にも|あらず|消ゆる |帚木| |
生きた心地 も|せ ず|消え入りたいほどの|帚木|のような私でございます。
源氏の前歌への空蝉の返歌。源氏に無理やりに言い寄られることへの困惑と拒絶が述べられている。
|
【1】
君がうきふし⇒君は左馬頭の妻だった指食いの女。
【2】
君が手を⇒君は左馬頭。
【3】
【4】
笛と琴は縁語。
【5】
撫子⇒「撫でし子」⇒「撫でるように愛し育てた子」。女(夕顔)と頭中将との間に出来た娘(後の玉鬘)を指す。
【6】
とこなつ⇒撫子の異名。娘より
妻の方が可愛いの意を込める。
妹(いも)⇒男が女を親しんで呼ぶ代名詞。妹子。女が男を親しんで呼ぶ言葉は、背(せ)、背子(せこ)。
【7】
夏と秋は縁語。
【8】
ささがにの⇒蜘蛛がさかんに動くのは恋人が訪れる前兆だという俗信があった。
【9】
まばゆからまし⇒ましは反実仮想。
。
【10】
おどろかすらむ⇒らむは理由推
量。
【11】
泣かれける⇒れは自発。
【12】
夢を合ふ⇒夢合ふは「夢が現実と合う・夢が現実になる」。
目さへ合はで⇒目合ふは「目が合う・眠る」。
ころも経にける⇒この間、源氏は空蝉と再度逢うための準備をしていた。
【13】
帚木⇒梢がほうきのように広がっていて、近づくと見えなくなるという木。閨から逃げ出した空蝉を譬えた。
伏屋⇒古くは、旅人の救護施設の仮小屋を意味する一般名詞だったと言われる。
【14】
|
【空蝉】
【1】
○ 空蝉 の| |身をかへて ける |木(こ)のもとに|
《空蝉》
蝉 が|抜け殻 を残して|姿を変えて去っ た後の|木 の 下 で|
あなたが|小袿だけを残して|姿を消してしまった後の|閨 の 中 で|
○ なほ| 人がらの| |なつかしき |かな |
《殻》
それでもまだ|あなたの人 柄 が|私には|なつかしく思われる|ことよ。
源氏が二度目に紀伊の守の屋敷を訪れた宵も更け、皆が寝静まったころ、源氏は空蝉との逢瀬を求めて、空蝉の寝所に忍び込む。空蝉は源氏の忍び寄る気配を察して、小袿だけを残して、寝所を抜け出してしまう。源氏はそこに残された軒端の荻と契る。翌朝、源氏は二条院に戻り、空蝉に贈った歌。
【2】
○空蝉の羽に置く|露の |木 がくれて|
空蝉の羽に置く|露のように|木陰に隠れ て|
○ |しのびしのびに| 濡るる| 袖 |かな |
人目を|忍び 忍んでは|涙に濡れる|私の袖である|ことよ。
源氏の前歌に対する空蝉の返歌。
|
【1】
空蝉と殻は縁語。
【2】
|
【夕顔】
【1】
○心あて に| |それ かと|ぞ| 見る |
あて推量に|これ が|その 花かと|!|思って見ています。
あて推量に、この人が|あの名高い源氏の君かと|!|お見受け します。
○白露の | | | 光 添え たる| |夕 顔の花| |
白露が降りて、白い花弁に|さらに|白い光を添えている|あの|夕 顔の花|のように|
|美しさ に|さらに| 光を添えている|あの|夕影のあなたの美しい顔 |を 。
【引歌】(古今・秋下・凡河内躬恒)
┌──────┐
○心あて に|折ら| ば|や|折ら|む|↓|
あて推量に|折る|ならば| |折ろ|う|か。
○初霜の| 置き | |惑はせ る|白菊の花 |
初霜が|庭一面に置いて、どれが花なのか霜なのか|分からなくしている|白菊の花を。
【2】
○ 寄りて|こそ| |それ かと| も| |見 | め|
花に近寄って| ! |これが|その花かと|でも|思って|見る|と よいだろう|
私に近寄って| ! |これが|その人かと|でも|思って|見 |たらどうですか|
○たそかれに|ほのぼの |見つる |花 の| | 夕 顔 |
夕暮時 に|ぼんやりと|見た |花、その | 夕 顔の花を。
|花 のように美しい|私の夕暮の顔 を|
【3】
○咲く花 に| うつる|て ふ| 名 は|つつめ ども|
咲く花のように美しいあなたに|心を移した|という|私の評判が立つのは|気兼ねするけれども|
○ 折ら で | 過ぎ うき |今朝の| 朝 顔 |
手(た)折らずに|素通りはしにくい|今朝の| 朝 顔 、
|あなたの朝の顔であるよ。
源氏17歳の秋、六条の御息所の邸宅を尋ねた時、早朝の帰り際に源氏が御息所の侍女の中将へ贈った歌。
帰りしなに、軽く中将の気を引こうとしている。
【4】
○朝霧の晴れ 間も|待たぬ | けしき|に て|
朝霧が晴れるまでの間も|待たず急いで出発なさる|ご 様子 |なので、
○ | 花 に |こころを止めぬ | |と|ぞ| 見る |
あなたは|私のご主人には| 心 を止めずに|お帰りになる|と|!|お見受けします。
源氏の歌に対する中将の返歌。中将の気を引こうとする源氏の戯れを、主人である六条御息所を引き合いに
出してはぐらかしている。
【5】
○優婆塞(うばそく)が| 行ふ | 道を| しるべに て|
優婆塞 が|修行している|仏の道を|道しるべとして、
○来む世も| 深き| 契り |たがふな |
来 世も|私との深い|男女の約束に|背か ないで下さい。
源氏17歳の秋、八月十五日の夜、夕顔の宿を訪れた源氏が女に詠みかけた歌。
【6】
○前(さき)の世も| 契り |知らるる| 身の 憂さ| に |
前 世も|悪い因縁だったと|知られる|わが身の運の拙さ|を思うにつけて、
○行く末 |かねて|頼みがたさ | よ|
来 世のことも、今から|頼りないこと|ですよ。
源氏の前歌に対する女の返歌。
【7】
┌─────────────────────┐
○いにしへも|かく |や|は| 人 の| 惑ひ|け ん|↓|
昔 も|このように| |!|恋する人たちが|さ迷っ|たのだろう|か。
○わが|まだ|知ら ぬ |しののめの| 道 |
私が|まだ|経験したことのない|夜明け方の|恋の道行に。
八月十五夜の夜明け方、夕顔の宿の女を六条の某院に誘ってゆく道の途中で源氏が女に対して詠んだ感懐。
【8】
○山の端の|心 も|知らで| | ゆく|月は|
山の端の|気持も|知らず|西の山を目指して|入っ て行く|月は|
あなたの|心 も|知らず|見知らぬ所に |誘われて行く|私は|
┌───────────────────┐
○うはの空 にて| 影| |や|絶え| な | | む|||
途中の空 で|月の光|が| |絶え|てしまう|ように| ↓
何も分からぬままに| 命|が| |絶え|てしまう| |のでしょう|か。
源氏の前歌に対する女の返歌。
【9】
○夕露に | 紐 とく | | 花は|
夕露に誘われて| 開く | |夕 顔の花は|
|覆面の紐を解いて|見せる|私の顔 は|
○玉ぼこの|たより に| 見えし |縁(え)|に |こそ|あり|けれ |
道 の|通りすがりに| 見えたという|縁 |
|あなたに会ったという|縁 |によるもので| ! |あっ|たのですね。
八月十六日の明け方に源氏と夕顔の女は某院に着き、共に宿る。その夜が明けて、昼頃、目覚めて、源氏が女に詠んだ歌。
【10】
○光 |あり と| 見し| 夕 顔の| 上 露 は|
光が|映っていると|思って見た| 夕 顔の|花の上に置く露 は、
光り輝くような |
光君 と|思って見た|あなたの|夕暮の顔の| 露の光は、
○たそかれ時の| |そら目 | なり| けり |
夕暮 時の|私の|見間違い|であり|ましたことよ。
源氏の前歌に対する女の返歌。この八月十六日の夜、女は物の怪に襲われて急死する。
【11】
○見 し| 人 の|煙を| 雲 と| 眺むれば|
連れ添った|あの人を葬った |煙を|あれがその雲かと|思って眺めると|
○夕べの空も|むつましき |かな |
夕暮の空も|身近に感じられること|だなあ。
夕顔の死に遭って動転した源氏は八月十七日朝にいったん二条院に戻り、その夜、東山に女を葬りに行き、一ヶ月ほど、
重く患う。九月二十日、病が癒えて、夕顔の侍女右近から女主人の事情を聞く。その時の感懐の歌。
【12】
○ | 問は ぬ をも|などかと| | 問は で |ほど |ふる に|
私が|お見舞いしないのをも|なぜかと|あなたが|お尋ねにならないままに| 時 を|過ごしたので、
┌──────────────────┐
○ |いかばかり|か|は|思ひ乱るる| ↓|
私は|どんなに | |!|思い乱れ |ていることでしょうか。
八月十七〜九月二十日頃、源氏の病のおり、空蝉が源氏を気遣って贈った歌。
【13】
○うつせみ の | 世 は|うき ものと| 知り に しを|
蝉の抜け殻のような|こ の|世 は|つらいものと|とっくに知ってい たが|
衣を置いて逃げた |あなたの|仕打ちは|ひどい と|思い 知ってしまったが、
○また| 言の葉に|かかる |命 よ|
また|あなたの言 葉に|すがって |
|このように生きながらえている|私の命ですよ。
空蝉の女の前歌に対する、源氏の返歌。
【14】
○ほのかにも|軒端の荻 | を|結ばず は|
《結ば》
密か にも|あなた と|契りを|結ばなかったならば、
┌───────────────────┐
○ 露 の|かごとを|何に|かけ |まし ||
《露》 《かけ》 |
ほんのわずかの|恨み言を|何に|かこつけて| |↓
|言いかける|ことが出来たでしょう|か。
→いや、出来なかったでしょう
源氏が病中に、軒端の荻に贈った歌。
【15】
○ |ほのめかす| 風 | |につけても|
あの時のことを|ほのめかす|あなたの便りを|読む|につけても、
○下荻 の|なかばは| 露に|結ぼほれつつ |
荻の下葉の|中ほどは| 露に|濡れ ているように、
私の心 の|半分 は、涙の露に|濡れる ばかりです 。
源氏の前歌に対する軒端の荻の返歌。
【16】
○泣く泣く|も|今日は|わ が|結ふ| 下紐を|
《紐》
泣く泣く|!|今日は|私だけが|結ぶ|袴の下紐を、
┌──────────────────────────┐
○いづれの世に|か| | とけて|見る|べき |||
《解け》 |
いつ の世に| | | 解いて、 ↓
|あなたと|うち解けて|逢う|ことが出来るでしょう|か。
九月末、夕顔の四十九日に詠んだ源氏の哀傷歌。
【17】
○ |逢ふまでの|形見ばかり と| |見 し|ほど|に|
あなたともう一度|逢うまでの|形見だけ にと|思って|持っていた| 間 |に、
○ |ひたすら|袖の| |朽ちに ける|かな |
この小袿は、すっかり|袖が|私の涙で、朽ちてしまった|ことです。
十月の初め頃、伊予の介一家は伊予に下ることになる。その予定を知った源氏はその前に空蝉に餞別を贈ると共に例の小袿を返す。小袿に添えられた源氏の別れの贈歌。
【引き歌】(古今・恋四・藤原興風)
○ |逢ふまでの|形見と て|こそ|留め|け め |
私ともう一度|逢うまでの|形見と思って| ! |残し|たのだろうが、あの人は来ないままになって、
○ |涙に浮かぶ| |もくづ |なり |けり |
|裳 |
|今見れば、その|裳 は、
私の|涙に浮かぶ| |藻 屑 |である|ことだなあ。
【18】
○蝉の羽 も| | |裁(た)ち| |替へて ける|
《立 ち》
蝉の羽のような|はかない身の上の私も|都を| |立 ち|去ることになり、
蝉の羽のような| |薄い布を|裁縫し | |替えて作った|
○ 夏衣 | |返す を見ても| |音 は|泣か|れ |けり |
この夏衣を|あなたが私に|返したのを見ても、私は| | |つい |
|声を立てて |泣い|てしまう|ことです。
立冬の日、源氏の前歌と小袿に対する空蝉の返礼の歌。
【19】
○過ぎ| に |し| |も|けふ|別るる | |も|
死ん|でしまっ|た|人|も、今日|別れて行く|人|も、
○二 道(ふたみち)に|行く |方(かた)|知れぬ| |秋の暮れ かな|
別々の道 に|行くが、
それぞれ に|行 方 も|知れぬ|わびしい|秋の暮れであるなあ。
立冬の日の、十七歳の夏と秋の出来事に対する源氏の感懐の歌。
|
【1】
【2】
それかとも見め⇒めは適当・勧誘。
【3】
【4】
花⇒中将の主人である六条御息所を指す。
【5】
優婆塞⇒俗人のまま仏門に帰依している男。ここは、御嶽精進(みたけしょうじ)(吉野の金峰山への参詣)の前の千日間の精進潔斎をしている老人のこと。
【6】
知らるる⇒るるは、自発・可能。
【7】
【8】
【9】
縁(え)⇒発音は「エン」。「ン」は撥音便の無表記。
ありけれ⇒けれは発見詠嘆。
【10】
なりけり⇒けりは発見詠嘆。
【11】
【12】
【13】
【14】
荻を結ぶ⇒「草を結ぶ」と同じで、男女が契りを結ぶこと。
結ば・露・かけは縁語。
何にかけまし⇒ましは反実仮想。
結ふ下紐⇒男女が契りを守ることを誓う証しとして、互いの袴の下紐を結び合う風習が、古代からあった。
紐と解けは縁語。
【15】
【16】
紐と解けは縁語。
【17】
裳⇒女子の正装で、腰にまとう物。後世の袴にあたる。
もくづなりけり⇒けりは発見詠嘆。
【18】
泣かれけり⇒れは自発。
【19】
過ぎにし⇒夕顔を指す。
けふ別るる⇒空蝉を指す。
|
【若紫】
【1】
○生ひ 立た|む |ありかも|知らぬ |若 草 を|
|これから|
成長して行こ|うとする|場 所も|知らない|幼いあなたを|
○ |遅くらす |露 |ぞ|消え ん | |空 |なき |
《露》 《消え》
この世に|置き去りにする|露のような私|は、消えようにも|消える|空が|ありません。
十八歳の春、源氏は瘧(わらは)病みを患い、その治療のため、北山を訪れる。
【2】
○ 初 草 の|生ひ 行く| 末 も|知ら ぬ | 間 に|
この幼い姫君が|成長して行く|将来も|見届けない|うちに|
┌─────────────────────────────┐
○いか で|か| 露 の | 消え ん| と|す| ら む|||
《露》 《消え》 ↓
どうして| |あなた は、先に消えよう|などと|し|ているのでしょう|か。
【3】
○初草の|若葉の | うへを|見 つる | |より|
初草の|若葉のような|かわいい姫君を|見てしまった|時|から、
○ |旅寝の袖|ぞ| |露 |も|乾か ぬ|
私の|旅寝の袖|は|恋しさのあまり、まったく|
|涙 |も|乾く間がありません。
【4】
○ | 枕 |結ふ |今宵ばかりの| |露けさを|
あなたがたまたま|旅寝の枕を|結んで感じた|今宵だけ の|姫君への|愛着 を|
○深山 の苔| に|比べ|ざら |なむ |
深山で修行する僧|として|長年姫を世話して来た私の苦労と|比べ|ないで|下さい。
【引き歌】(多武峰少将物語)
○ |奥山の 苔のころも に|比べ |見よ |
あなたの苦労を|奥山で修行する苔の 衣 をまとった僧に|比べて|見なさい。
┌────────────────┐
○いづれ |か|露 の|置き は|まさる|||と|
どちらが| |露 の|置き 具合は| ↓
|苦労の|積もり具合は| 勝 る|か|と。
【5】
○吹き迷ふ深山(みやま)おろし に| |夢 さめて|
吹き迷う深山 おろしに交じる法華経読経の声に|煩悩の|夢が覚めて、
○ 涙 |もよほす| | 滝 の音 | | かな |
感涙を|誘う |清らかな| 滝 の音 |のような|
|あなたの言葉| |であることですね。
【6】
○ |さしぐみ に| 袖 濡らしける|山水に |
あなたが|唐突 に|
|手を差し込んで|感涙に袖を濡らした |山水にも、
┌──────────┐
○ | |すめる | 心は|騒ぎ |や|は|する| ||
長くここに| |住んで 、 ↓
|修行のために|澄んでいる|私の心は|騒いだり| |は|する|でしょうか、
→いや、騒ぎません。
【7】
○ 宮人 に|行きて|語ら|む| 山ざくら| |
大宮人たちに|帰って|語ろ|う、この北山の山 桜 |の美しさを。
○風 より|さきに|来ても見る|べく | |
風が吹いて花を散らすより| 前 に、来て 見る|ように|と。
【8】
○ |優曇華(うどんげ)の花 |待ち得たる|ここち し て|
こうしてあなたにお会いすると、優曇華 の花の咲くのを|待ち得た |気持 になって、
○ |深山(みやま)桜に |目こそ|うつら| ね。
こんな|奥山の 桜には|目 も | 移 り|ません。
【9】
○ |奥山の| 松 の|とぼそを|まれ に|あけて|
修行にこもっている|奥山の|粗末な家の| 木戸 を|久しぶりに|開けて、
○まだ|見 ぬ |花の 顔を|見る かな|
まだ|見たこともない|花のようなあなたのお顔を|拝見することでございます 。
【10】
○ |夕まぐれ |ほのかに| 花の | 色を見て|
昨日の|夕暮がたに|ちらりと|あなたの花のような|お顔を見て、
○けさは|霞の |立ち |ぞ|わづらふ | |
今朝は|霞が |立ち | |かねる |ように、
|私 も家|を|出かけて行き| |かねています| 。
【11】
┌─────────────────┐
○ |まことに|や|花のあたりは|立ち |うき |↓|と|
あなたの言葉のように|本当 に| |花のあたりは|立ち寄り|にくい|か|と、
○ |かすむる|空のけしき|を|も|見 む |
私の方から出かけて、あなたの家の| 霞 む |空の 様子 |を|も|見たいものです。
【12】
○ |面影は 身をも離れ ず |山ざくら |
|山 桜 の|
|姫 君 の|
美しい|面影はわが身を離れません。その|姫 君 に、
○ |心のかぎり |とめて| |来(こ)|しか| ど|
私の|心のすべてを|置いて、北山から帰って|来 | た |のでしたが。
【13】
○嵐 吹く | |尾上の桜 |散らぬ 間 に|
嵐が吹いて|いづれは散ってしまう| 峰 の桜が|散らないうちに、
○心 |とめける| |ほどの|はかなさ |
心のすべてを|置いた |と言うあなたの|お心の|ほどの|頼りなさよ。
【14】
○あさか山| | |あさくも| 人 を|思は ぬ に|
浅 香山|という名前のように、決して| 浅 くも|あなたのことを|思っていないのに、
┌────────────────────────────────-┐
○など|山の井の| |かけ 離る | ら む|||
《影》 |
なぜ|山の井に| | 影 が映らぬように、 ↓
|あなたは私から|かけ 離れて |いるのでしょう|か。
【引き歌】(古今集仮名序・万葉・巻十六・雑)
○あさか山 |影さへ| |見ゆる| |山の井の |
浅 香山の|姿まで|映って|見える|清らかな|山の井のような|
○浅き 心を|わが| |思は |な | く| に|
[ぬ ・あく]
浅はかな心で|私が|あなたを|思ってはい|ない|こと|なのに。
【15】
○汲み |そめて|くやし と|聞き し|山の井の |
汲んで|み て、後悔すると|聞いていた|山の井のように、
┌──────────────────────┐
○ |浅きながら |や|影 を|見る |べき |↓|
あなたの心が|浅いままでは、 |姫君を|お世話することが|出来るでしょう|か、
→いや、姫君をあなたにお世話させることは出来ません。
【引き歌】(古今六帖・二)
○くやしく |ぞ| |汲み |そめ|て |ける |
悔しいことに、!|そうとは知らず|汲んで|みて|しまった|ことよ。
○ |浅ければ| 袖のみ |濡るる| |山の井の水 |
あなたの愛情が|浅いので、私の袖だけが|濡れて、つらい思いをする|山の井の水を。
【16】
○ | 見 ても|また 逢ふ 夜 |まれなる | 夢 の|うちに|
一度あなたと|お逢いしても|またお逢いする夜は|めったにない、この夢のような逢瀬の| 中 に、
○やがて |紛るる |我が身 と|もがな |
そのまま|紛れて消えてしまう|我が身であればと|願うばかりです。
源氏18歳の春3月頃、源氏は藤壺と密通し、しばらくして藤壺は不例となり、宮中を退出。4月に源氏は藤壺の実家を訪れ、藤壺と再度契る。藤壺の源氏への歌。
【17】
┌──────────────┐
○ 世 |語りに| 人 |や|伝へ | ん|||
後の世まで| |世間の人が| ↓
|語り | | |伝えるのでは|ないだろう|か、
○たぐひなき|うき | 身を|醒めぬ夢と| なしても|
類 ない|つらい|我が身を、醒めぬ夢と|無理に思いなしても。
源氏の藤壺への返歌。
【18】
○いはけなき|鶴(たづ)の|一声 |聞きし| |より|
幼い |鶴 |
|姫君 の|一声を|聞いた|時|から、
○葦 間に | なづむ|舟 |ぞ|えなら ぬ | |
葦の間を分けて|行き悩 む|舟のように|
|私 |は|やり切れない|気持です。
○「同じ人にや」
「同じ人にや」と同じ思いです。
【引き歌】(古今・恋四・読人知らず)
○ 堀江 |漕ぐ |棚無し小舟(をぶね) |漕ぎ返り |同じ 人 に| |
難波の堀割を|漕ぎ行く|棚無し小舟 が| |同じ場所を|何度も|
|漕ぎ返るように、私は|同じ 人 を|何度も|
┌──────────────────┐
○や|恋ひ|わたり| な | む|||
|きっと | ↓
|恋し|続け |てしまう|のだろう|か。
【19】
○ |手 に摘みて|いつしか| も | 見|む | |
私のこの|手元に置いて、 |なるべく|
|早く | 、身近に見|たい|ものよ。
○むらさき の| 根に|通ひ ける| 野辺の若草 |
紫 草 の| 根に|つながっていた| 野辺の若草を。
藤壺の女御の|血筋に|つながっていた|あの北山の姫君を。
【20】
○あし わか の|うらに| | 見る目 は|難(かた)くとも|
《浦》 《海松布》
葦 の 若 芽が生えている |
和歌 の 浦 で、姫君に|お逢いすることは|難し くても、
○こは|立ち ながら |返る波| か|は|
私は|寄せて来てそのまま|返る波|でしょうか|!、いや、お会いしないでは帰りません。
【21】
○寄る | 波 の心も|知ら | で|わかの浦に|
寄せて来る| 波 の心も|
|あなたの心も|確かめ|ないで|和歌の浦に|
○ 玉 藻 |なびか|ん |ほどぞ|浮きた る| |
《玉 藻》 《浮き》
美しい藻 が|なびく|としたら、
姫 君 が|なびく|としたら、それは|軽々しい |ことでしょう。
【22】
○あさぼらけ |霧 立つ|そらの|まよひ | |にも|
明け方 の|霧が立つ| 空 の|見分けのつかない|時|にも
○行き過ぎ|がたき|妹(いも)が| 門(かど) かな|
素通りし|かねる|あなた の|家の門 であるよ。
【23】
○ |立ち止まり | 霧 の|まがきの| 過ぎ|うく | は|
あなたが|立ち止まって、この霧の立ち込めた |垣根 が|素通り|しにくい|ならば、
○草 の|とざし に | | さはり|し|も|せじ |
粗末な家の|閉ざした門には、何の|差し 障 り|!|も| ないでしょう。
【引き歌】(後撰・恋五・兼輔朝臣・899)
○秋の夜の|草 の|とざし の| |わびしき は|
秋の夜の|粗末な家の|閉ざした門が|私にとって| つらい のは、
○ |あくれ ど| |あけぬ ものに |ぞ|ありける |
夜は|明けたのに|門は|開けないものだと|!|知ったからです。
(後撰・恋五・読人しらず・900)
○ |言ふからに| |つらさ ぞ| まさる |
あなたがそんなことを|言うだけで|あなたの|無情さが!|一層まさって感じられます。
○ |秋の夜の 草の|とざし に|さはる |べし |や|は|
あなたの愛情が強ければ、秋の夜の私の家の|閉ざした門に|妨げられる|でしょう|か|!、
→いや、門など破って入って来るはずです。
【24】
○ ね は|見 ね ど|あはれ と|ぞ|思ふ|
《根》
根 は|見ていないが、美しい なあと|!|思う、
一緒に寝ては|みていないが、いとしいなあと|!|思う、
○武蔵野の 露 |わけ |わぶ る|草のいほり |を|
《野》《露》 《草》
武蔵野の 露を|分けて探し|あぐねる|草の 庵 のような|
|姫 君 |を|
【引き歌】(古今・・詠み人知らず・867)
○紫 の| ひともと| ゆえに|
紫草 が|ただ 一 本 |あるという理由で、
あなたが|ただ 一 人 |いるという理由で、
○武蔵野の|草 は|みな がら|あはれ と|ぞ| 見る |
武蔵野の|草 は|全部そのまま|いとしいと|!|思って見ることです。
あなたの|関係者は|みんな |親しい と|!|感じられます 。
【25】
○かこつ べき|ゆゑを|知ら|ね | ば|おぼつかな |
恨み言を言う |わけを|知ら|ない|ので|理解できません。
┌───────────────────────┐
○ |いかなる草の|ゆかり | |なる| ら ん|↓|
「紫 のゆゑ 」というのは|どういう草の|ゆかり 「のゆゑ」な |のでしょう|か。
「紫草のせいだ」というのは|どういう草の|つながり「のせい」な |のでしょう|か。
【引き歌】(古今六帖五・・)
○ |知らねども|武蔵野と言へば|かこた | れ | ぬ |
その土地は|知らないが、武蔵野と言えば| |自然と|
|恨み言を言っ| |てしまう。
○よし や|さ |こそ|は| 紫 の|ゆゑ |
分かった!|それ| ! |は|あのなつかしい紫草の|せいだ。
|
【1】
消えん空⇒んは婉曲仮定。不確かな未来のことを言う。
【2】
露と消えは縁語。
【3】
【4】
枕結ふ⇒旅寝の草枕を結ぶ。草を結んで枕とした。
比べざらなむ⇒なむは他への願望を表す。
【5】
【6】
【7】
【8】
優曇華⇒仏教で三千年に一度咲くという霊瑞の花。
【9】
とぼそ⇒木戸の枘(ほぞ)。開き戸を固定させるために、「とまら」(スライドする横木)を受け入れるための穴。転じて、木戸そのものを指す。
【10】
【11】
【12】
【13】
【14】
おもはなくに⇒「なく」は古くは「ぬ・あく」で、「ぬ」は打消しの「ず」の連体形、「あく」は「こと」という意味の名詞だった。
【15】
【16】
【17】
【18】
棚無し小舟⇒舷側の横板(棚)のない簡単な構造の小舟。
恋ひわたりなむ⇒「な」は確述。
【19】
根に通ひける⇒姫君(紫の上)は藤壺の女御の姪にあたっていた。「ける」は発見詠嘆。
【20】
海松布⇒みるめ。浅海の岩石に生える緑藻。海松(みる)。
浦・海松布は縁語。
【21】
なびかん⇒「ん」は仮定。
【22】
【23】
ものにぞありける⇒「ける」は発見詠嘆。
【24】
ね(根)⇒紫草の根。
根・野・露・草は縁語。
紫⇒紫草。むらさき科の多年草で高さ30センチほど。根が紫色で染料や皮膚薬にしていた。
『末摘花』巻に「かの紫のゆかり」の語がある。
【25】
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