長恨歌(山田流)

【解題】

 白楽天の漢詩『長恨歌』を和文脈に直し、全体の筋を要約して短い歌詞にまとめたもの。物語の背景は、本書に所載の「長恨歌(白楽天)」を参照して頂きたい。『葵の上・小督・熊野』とともに、山田流の四つ物の一曲である。

【解析】


○今    は昔     、もろこしに、    色を重んじたまひける 帝(みかど)|おはしませ |し|時、

 今となっては昔のことだが、中国  に、女性の容色を重んじなさっ た 皇帝    が|いらっしゃっ|た|時、

○楊家の娘 |かしこくも、君に召されて|明け暮れの、おんいつくしみ |浅からず、
 楊家の娘が、恐れ多くも|帝に召されて、朝 夕 の|ご寵愛    が|深く  、

○常に  |かたはらに|はんべり|ぬ。 宮のうちの|たをやめ、三千  の  寵愛も,わが身一つの
 常に帝の|おそば に|お仕えし|た。後宮   の| 華麗 |三千人への帝の寵愛も、わが身一つに集めて、

○  春の花        。         散りて|色香も|亡き    魂(たま)の、ありかを尋ね 、
   春の花のような栄耀栄華、
 その春の花も       |馬嵬の堤のほとりに散って|色香も|失せ、
                               |亡き楊貴妃の魂    の|在り処を尋ねて、

○水 馴   棹(みなれざを)、さして|はるばる行く船に   、方士は波  の|浮き寝| する    。
                                     
  |憂き |
 水に馴染んだ棹      を|差して|はるばる行く船に乗って、方士は波を枕に|辛い
                                       |旅 寝|をするのだった。

○   常世の國に来てみれば、樓 閣  |玲瓏とし て、五  雲 |起これ  り  。
 蓬莱の神仙の国に来て見ると、高い建物が|美しく輝いて、五色の雲が|立ちのぼっていた。

○  中(うち)に|なまめく  |女(め)のわらは、     |   |ことにすぐれて| 玉真の、
 その中    に、なまめかしい|若い女     が沢山いたが、中でも| 特 にすぐれた|楊玉真の|

○姿はいづれ      梨 花 一枝、雨を帯びたる   の| そ のけはひ、
 姿はどれ かと捜すと、梨の花が一枝、雨に濡れているような|楊貴妃の 様子 、

○   |見るより |    それと  |     言の葉も、なみだ| こぼれて欄干を、ひたす も|
                              
|無み |
 方士を|見るや否や、帝からの使者と察し、うれしさに言 葉も|なく |
                              | 涙 |がこぼれて欄干を、濡らすのも|

○いかに  |  馴れ初め   し、驪山(りざん)の昔 |思ひやる    。
 いかほどか、帝と初めて知り合った|驪山     の昔を|思い出すのだった。

○あら なつかしの都 人 、恥ずかしながら|   ありし世の、その      睦言(むつごと)も
 ああ、なつかしい都の人よ、恥ずかしながら、現世にい た時の、あの帝と交わした睦言      も


○消えはつる   、露の     契りの|憂さはらし 、言ふてみよ   なら|
 忘れ果て    、
 消え果てしまった|露のような儚い契りの|憂さ晴らしを|言ってみろと言うなら|言ってみよう。

○ひとかたに、    |おぼしめす |   かや|           |深き| 江に 、
                                       
|  縁  |
 並一通りに|帝は私を|寵愛なさった|だろうか!、いや、並一通りではない|深い| えにし|で結ばれた二人。
                                    |深い|入江に |

○  春 |の氷の   薄き   は|いや  よ、思ひあふ夜は    |うちとけて、寝乱れ髪をそのままに、
 《張る》《氷》  《薄き》
  張る|
   春 |の氷のように薄いえにしは、いやですよ。思い合う夜はあなたに|気を許して、寝乱れ髪をそのままに、

○取り繕(つくろ)はぬ    |女気を、可愛いがら|んせ |烏 羽の   、  色にこの身を|染め糸の、
 直そうともし   ない一途な|女心を|可愛がって|下さい。烏の羽のような|濃い色にこの身を|染め、
                                              |染め糸の|

○ 結び 目 |固き   |   語らひも、縁 尽きぬれば  |いたづらに、またこの  島に帰り 来て、
 《結び》  《固き》 
  結び 目が|固いように|
       |固い   |誓いの語らいも、縁が切れてしまえば|役に立たず、またこの蓬莱島に帰ってきて、

○    なほ|懐かしき|いにしへを、思ひ出づれば|あはれなる     。
 それでもまだ|懐かしい|昔のことを|思い出せ ば、しみじみと悲しくなる。

○そよや  霓裳羽衣の曲     、稀   にぞ|             |かへす  |乙女子が  、
 そう!あの霓裳羽衣の曲に合わせて、百年に一度!|地上に降り立って羽衣の袖を|翻して舞う|天女のように、

○稀   にぞ|             |かへす  |乙女子が、
 百年に一度!|地上に降り立って羽衣の袖を|翻して舞う| 私 が、

○袖 うち振り   し|  心    知り    き |   や。さるに ても、君にはこの世
 袖を打ち振って舞った|時の心を、帝は分かってくれたで|しょうか。それにしても、帝にはこの世で

○逢ひ見むことも、    |蓬 が島つ鳥      、憂き世なれども |恋ひしや昔、恋ひしや昔の物語 、
                  《鳥》     
《浮き》
 逢い見ることも、    |よもやあるまい、
        |今はこの|蓬莱の島の鳥のような私で、辛い世であったが、恋しい 昔、恋しい 昔の物語を|

○  尽くさ ば|月日も|移り        |舞ひの、   |しるしのかんざし |給はりて、
 語り尽くしたら、月日も|移ってしまうだろうが、
            |移り        |舞いの髪飾りの| 形見 の  簪  を|頂い て、
                                         
○     都に帰る|家づと   |は、  | 文 にもまさる| 文 月の、七日の夜半の| ささめごと 、
      都に帰る|土産にするが、
 もう一つの都へ の|土産    |は   |手紙にもまさる|手紙 の、
                              | 七 月の、七日の夜半の|二人だけの睦言、

○  比翼連理      も今ははや、かれがれなり し|憂き契り        、
 あの比翼連理の誓い。それも今ははや、離れ離れになった|辛い約束になってしまった。

○天(あめ)の長(とこしな)へなるも、地(つち)の久しく  経(ふ)りぬるも、尽くる時 あり。
 天    が長く存在し続けて  も、地    が久しい時を経    て も、尽きる時はある。

○    この  恨み 、綿綿瓏(ろう)々として絶えまなく、    |今に残せし|筆のあと     。
 しかし、この恋の恨みは|長く長く続いて、   絶える時はないだろう。       
            |長く  語り伝えられ、絶える事なく    |今に残った|長恨歌の物語である。
【背景】

まれにぞかへす乙女子が

 
インドで説かれた話。四十里四方の石山に、百年に一度天人が降りてきて、やわらかな絹の衣で撫でる。そのためにこの石山が磨り減って全部摩滅するまでの時間を一劫と言う。極めて長い時間の単位として、仏教で使われる。

○君が代は天つ羽衣稀にきて撫づとも尽きぬいはほなるらん(拾遺集・巻第五・賀・299・読人知らず)

作詞:高井薄阿(連歌師)
作曲:山田検校



【語注】








たをやめ 手弱女。しなしなした美しい女。






方士 仙術の修行者。







玉真 楊貴妃の蓬莱での名。白楽天の原作では太真となっている。








驪山 陝西省の臨潼県の東南にある山。その麓に華清宮という離宮があり、そこに温泉があった。その温泉を華清の池と言い、皇帝が避寒の地として利用した。玄宗が初めて楊貴妃を寵愛した地として有名。









張る薄きは縁語。








結び固きは縁語。







まれにぞかへす乙女子が⇒背景








浮きは縁語。




移り舞ひ 別のものの魂や肉体に乗り移って舞うこと。ここは、昔の楊貴妃に戻って舞うこと。

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