茶の湯音頭

【解題】

 この曲の歌詞は、古曲『女手前』の歌詞を抜粋して作ったものと言われる。茶の湯の道具や茶室の調度などを詠みこんで、男女の恋心を歌い、寿命長久を祝ったものである。

析】

○世の中に|すぐれて      |花は吉野山、もみぢは 竜田 、
茶は宇治|  の、都の辰巳(たつみ)、
 世の中で、 優 れたものとしては、花は吉野山、 紅葉 は 竜田 、茶は宇治、宇治は|都の南東だが   、

○それ  よりも、 里        は|都の|未申(ひつじさる)           。
 その宇治よりも、色里として優れたものは、都の|南西      |にある島原の遊郭である。

○           |数寄(すき)  と  は|誰(たれ)が   | 名 |に|  立て|し|  、
                                          
《立て》
 茶の湯を好む風流の道を|数寄      というが、
     色里に通う私が|色好みだ  なんて   、誰    がそんな|評判|を|  立て|た|のか。
                                        |私が立て|た|

○    |濃茶(こいちや)の色の|  深緑   。松の位   に比べては、
    
 《濃茶》
     |濃茶      の色は|  深緑だが 、
 実は私の|恋心        も|  深いのです。
                 |その深緑の  |松の位の大夫に比べると、あの子は、

○ 囲ひ  |と言ふも  低けれ|ど、 情(なさけ)は同じ  床   飾(とこかざ)り       、
 《囲ひ》       
《低けれ》
  囲い女郎|と言って格は低い |が、愛情の深さ  は同じで、床の間に飾っておきたいほどの可愛さです。

○    |飾らぬ胸の裏表、|帛紗(ふくさ)    |さばけ  ぬ    | 心 から、
 お互いに|飾らぬ胸の裏表、|帛紗     がうまく| 捌 け ないように|
              |相手の心が      |理解出来ない   |気持ちから、

○聞け   ば 思惑(おもわく)違ひ 棚
 聞いてみると、思惑      違いだなんてこともあります。

○   |逢ふて、どうして| 香 箱(かうばこ)の、柄杓(ひしゃく)の竹は|  直(す)ぐなれ|  ど、
 そこで、逢って、どうして|こうしてと話してみれば、
             | 香 箱    の中の、柄杓      の竹は|真っ直   ぐ だ |けれど、

○ そち |は|茶杓(ちやしやく)の           |ゆがみ  文字 、
 あの子|は|茶杓       の先の箆(へら)のように|素直でない言葉で|私を苦しめる。

○憂(う)さを晴らしの初 昔    、        昔 話  の爺婆(ぢゞばゞ)と、
 
          <ムカシ>         <ムカシ>
 憂さ    晴らしに初 昔を飲んで、若い頃のことを 昔 話にする爺婆      と、

○なるまで| の中 |冷めず    、  | 縁(えん)は|      の   末長く、
 なるまで|茶釜の中が|冷めないように|
     |二人の仲も|冷めず    、この|ご縁    は|茶釜を吊るす鎖のように末長く、

○千代萬代(ちよよろづよ)もえ、           。
 千代萬代        もね、続いて欲しいものですね。

【背景】

 花は吉野山

○み吉野の山辺に咲け  る|桜花 |雪かとのみぞ|あやまた|  れ  |ける
 み吉野の山辺に咲いている|桜花は、           | つい  |
                 |雪かとばかり|見誤  |ってしまう|ことよ。

                             (古今集・巻第一・春上・60・紀友則)

○吉野山 |こずえの花を|見し|日より|  心は      |身にも添はず     |なり| に  |き

 吉野山の| 梢 の花を|見た|日以来、私の心は、花に憬れて|体から浮かれ出るように|なっ|てしまっ|た。

                                          (山家集・西行)

○吉野山 霞の奥は 知らねども 見ゆる限りは 桜なりけり (八田知紀)

 紅葉は竜田

○           |ちはやぶる|神代 も           |聞か    | ず
 不思議なことが多かった|     |神代にもこんなことがあったとは|聞いたことが|ない。

○竜田川  唐紅(からくれなゐ)に水 |くくる     |とは
 竜田川が、唐紅        に水を|くくり染めにする|とは (古今集・巻第五・秋下・294・在原業平)

 都の辰巳

○わが庵(いほ)は 都の辰巳      しか  |ぞ|   |住む
 私の庵    は、都の東南の宇治で、このように|!|気楽に|住んでいます。

○ 世を|うぢ山       と|   人は|     |言ふ   |なり
    |倦じ         |

 俗世を|厭だと思って
    |宇治山に暮らしていると|世間の人は|私のことを|言っている|ようですが。

                               (古今集・巻第十八・雑下・983・喜撰法師

 里は都の未申

 島原遊郭のこと。西本願寺の西側、幕末に新選組が屯所を置いた壬生の南にあり、日本最初の遊郭という。壬生川花屋町通りを西へ入った所に大門(おおもん)が残っている。


 松の位

 秦の始皇帝は、行幸の途中雨に遭い、松の木の下で雨宿りをしたが、その松に対する褒美として、大夫(たいふ・中国で、大臣の下くらいの地位)の位を授けたという伝説がある。日本で、最上位の遊女を太夫・大夫(たゆう)というので、この二つを結びつけて、松の位の大夫と言う。 


 ゆがみ文字

○         |延政門院 |いときなく |おはしまし |ける|時、   | 院 へ
 後嵯峨上皇の皇女の|延政門院が|幼く   て|いらっしゃっ| た |時、父上の|御所へ

○参 る |人に|御言つてと て|申 さ | せ|給ひ |ける|御歌、
 参上する|人に|お言伝てとして|申し上げ|させ|なさっ| た |御歌、

○二つ文字|牛の角   文字|  直ぐな文字|ゆがみ文字|と|ぞ| 君 は|覚ゆる
     |牛の角の形の文字|真っ直ぐな文字|     |と|!|あなたは|思われます。
 (こ)    (い)      (し)    (く)

○   |恋しく|思い| 参らせ | 給ふ |と    | な り。
 父上を|恋しく|思い|申し上げ|なさる|という意味|である。(徒然草・62段)

作詞:不詳
作曲:菊岡検校
筝手付:八重崎検校


【語注】


花は吉野山
⇒背景
紅葉は竜田⇒背景
都の辰巳⇒背景
里は都の未申⇒背景
数寄 茶室のことを数奇屋とも言う。以下、下線部は、お茶に関するものの名前。
濃茶 抹茶の量を多くして立てたお茶。立てと縁語。
松の位⇒背景








囲ひ
 茶室のことを囲いと言う。囲い女郎を掛ける。囲ひ低けれは縁語。
床飾り 床の間の掛け物、置物、生花など。
裏表 茶道の流派の裏・表、帛紗の裏表を掛ける。
帛紗 茶の湯で、茶器の塵を払ったり茶碗を受けたりする、ハンカチ大の絹布。茶帛紗。
違ひ棚 二枚の棚板を上下にずらして取り付けた棚。茶室、書院などに設ける。
香箱 お香を入れる箱。香合。
柄杓 茶釜から湯を汲み取る道具。
茶杓 抹茶を掬い取る匙(さじ)。
ゆがみ文字⇒背景
初昔 宇治茶の抹茶の高級銘柄。という字は「廿一日」と分解されるので、八十八夜から数えて二十一日目に摘んだものなので初昔と言うなど、諸説がある。








あやまたれける 
は自発。












ちはやぶる
 「神」に掛かる枕詞。

くくる
 絹布を糸で所々縛り、いろいろの色に染めること。現在の絞り染めと同じような染色法。

わが庵は
 別出『名所土産』


うぢ山
 宇治市の東方5キロメートルほどにある喜撰山のこと。喜撰法師にちなんで、喜撰山と呼ばれるようになった。
倦じ 
「倦(う)ず」(厭だと思う)というサ変複合動詞の連用形。「宇治」と「倦じ」が掛詞。「宇治」と「憂し」の掛詞という説明もある。
言ふなり なりは伝聞推定。








延政門院
 悦子内親王。1258〜1332
 後嵯峨上皇の御所。
申させ給ひける 
は使役
牛の角文字 「ひ」だという説もある。正しい仮名遣いは「こひしく」だが、幼い子供なので、発音どおり「い」と書いたとも考えられる。手紙は残っていない。
直ぐな文字 草書体・行書体の「し」。

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