青柳
【解題】 謡曲『遊行柳』の中で、老翁の姿をした老木の柳の精が、柳にまつわる様々なエピソードを述べるが、その中から源氏物語若菜上の巻の話を語った部分をとって歌詞にしたもの。光源氏が四十(よそぢ)の賀を祝った翌年の春、六条院で開かれた蹴鞠の会に加わった柏木は、飼い猫の引き綱が引き開けた御簾の隙間から、源氏の正妻、女三の宮の姿を偶然垣間見し、恋情のとりこになる。柏木は、太政大臣の子息で衛門の督。太政大臣は、光源氏の生涯の親友でライバル、昔の左大臣の子息で頭中将だった人。女三宮は、朱雀院(光源氏の異母兄)の息女で今は光源氏の正妻。この出来事が柏木と女三宮の密通事件に繋がり、光源氏の後半生が大きく暗転するきっかけになる。 【解析】 ○されば 都の花盛り 、大宮人の御遊(ぎよいう)にも、蹴鞠(しうきく) の庭の面 、 ところで、都の花盛りには、大宮人の管絃の遊びの時にも、蹴鞠(けまり)をする庭の中に、柳・桜・楓・松の ○四本(よもと)の木 蔭 枝 垂れて、 暮 に |数ある|くつの 音| 。 四本 の木が植えられ、木陰に枝が垂れて、日暮れには|沢山の| 沓 の鞠を蹴る音|が周囲に響く。 ○柳 桜 を|こき混ぜて、 錦 を| 飾る |諸人の、 柳と桜の色を|織り混ぜて、春の錦を | 飾ったような美しい都で、 柳と桜の美を|兼備した | 錦の衣装を|着飾った |公達が|蹴鞠に興じた時の、 ○ |華やかなる や| 小簾(こす)の隙(ひま) 、 光源氏の邸宅、六条院の|華やかであったことよ、その御簾 の隙間 を、 ○もれ くる風の 匂ひ 来て、 |手飼の虎の引き綱も、 洩れて来る風が香の匂いを運んで来て、女三宮の| 飼い猫の引き綱も| ○ |長き| |思ひ に| 楢 の葉の、 |長く|延びて、御簾を引き開け、柏木は女三宮の姿を垣間見た。 それから|長く| |柏木は|恋に悩むことに|なる | | 楢 の葉の| ○その柏木も 及びなき、恋路は|よしなし や 。 その柏木も手が届かない、恋路は|どうにもならないことだ。 ○ |是は 老ひたる|柳 |の色の、狩衣も風折(かざをり)も、風に漂ふ足元の|たよたよとして、 かく言う|私は年老いた |柳の精で、 |柳 |の色の|狩衣も風折烏帽子 も|風に漂い、 |風に漂う足元が|よたよたとして、 ○なよやかに、立ち舞ふ|振(ふり)の|面白 や。 げ に|夢 人を|現(うつつ)にぞ見る 。 なよやかに、立ち舞う|所作 の|風情あることよ。本当に|夢幻の中の人を|現実 に 見ることだ。 ○実に夢人を現にぞ見る。 【背景】 柳桜をこきまぜて ○見渡せば|柳 桜 を|こき混ぜ て|都ぞ 春の錦 なり|ける 見渡すと、柳の緑と桜の薄紅を| 混ぜこぜにして、都は今、春の錦となっている|ことよ。 (素性法師・古今集・巻一・春上・56) |
作詞:観世信光 作曲:石川勾当 箏手付:八重崎検校 【語注】 大宮人 おほみやびと。宮廷に仕える貴族たち。 四本の木蔭 蹴鞠の庭の四隅には、南東に柳、東北に桜、西南に楓、西北に松が植えられる。 柳桜をこきまぜて⇒背景 小簾 「こ」は接頭語。簾(すだれ)の事。 手飼の虎 飼い猫を詩的に言った言葉。 楢の葉の 柏木を呼び出すための序詞。 柏木 衛門・兵衛の異称。 狩衣 公家の常用略服。 風折 風折烏帽子のこと。上の部分を折り曲げた烏帽子。 見渡せば 別出『西行桜』 春の錦 紅葉は秋の錦と言い古されているが、それを踏まえ、柳と桜の入り混じった都の景色に、春の錦を発見している。 |