秋篠寺(あきしのでら)
【解題】 奈良県の秋篠寺住職堀内瑞善師の作歌六首に、山田流箏曲家中田博之師が曲を付けたもの。曲調は歌詞の宗教的な内容を生かして、伝統的で幽玄を感じさせるものだが、それに留まらず、西洋音階も巧みに取り入れられ、日本古謡の「桜」の旋律なども活かされている。形式は古い箏組歌の形式を踏襲し、六歌で、一段は64小節に統一されている。 【解析】 序 ○除夜の鐘 ひびきて ゆらぐ蝋(ろう)の灯(ひ)に|技芸天女の裳裾もゆらぐ 除夜の鐘が 響 いて、その波動に揺らぐ蝋燭 の灯 に、技芸天女の裳裾もゆらぐかのように見える。 春 ○山ざくら |今日を限りと 散りしきて|春雨 けむる寺となり|けり 山ざくらが春も|今日 限りとばかりに境内に散り敷いて、春雨のけむる寺となっ|たことだ。 夏 ○ざわざわと 雀ら 帰り 静もりぬ |梅雨 の日 |落つる |杉の梢に| ざわざわと騒がしく雀らが帰り、寺は静かになった。梅雨の晴れ間の日が|落ちる |杉の梢に|帰って。 秋 ○あるかなき までに|澄み たる|閼伽の井 に|かそけくも紅葉 |一葉浮きた る あるかないか分からないほど |澄み切った |閼伽の井戸に、ひっそりと紅葉が|一葉浮いている。 冬 ○冬の日 を享(う)けし|御堂の前にして| 常寂光土 と|しばし やすろう 冬の日差しを受けて温かい|御堂の前にいて、まるで常寂光土にいるようだと|しばらく 休 んでいる。 結 ○人の 世の美しか れと|御仏は地 に|在れ|ます | か|技芸天女 と 人の住むこの世が美しくあれと|御仏は地上に|現れ|なさったの|だろうか、技芸天女のお姿となって。 秋篠寺の技芸天 秋篠寺の本堂 |
作詞:堀内瑞善(秋篠寺住職) 作曲:中田博之 【語注】 秋篠寺 光仁天皇(770〜781)の勅願で建立された奈良朝最後の官寺。平安末期の兵火や明治初期の廃仏毀釈の嵐により、堂宇の大半を失ったが、国宝の本堂などが残っている。本尊は薬師如来で、日光・月光菩薩を従えている。奈良市秋篠町757。交通は、近鉄線大和西大寺駅から、バス「押熊」行き、「秋篠寺」下車。 あきしのの みてらをいでて かへりみる いこまがたけに ひはおちむとす 会津八一 技芸天女 技芸天とも言う。ヒンズー教の最大神の一つである「シヴァ神」の髪際から誕生した天女と言われている。シヴァ神は別名に「舞踊王」と云われ、舞踊の創始者として敬われている。かつて作家堀辰雄が技芸天像の美しさを「東洋のミューズ」と絶賛した。ミューズ(MUSE)はギリシャ神話の女神、ムーサ(MUSA)の英語名・複数形。音楽・舞踏・学術・文芸などを司るとされる。 閼伽の井 仏に供える水を汲むための井戸。 常寂光土 法身仏(永遠不滅の真理そのものを体現した仏)のいる浄土。寂光浄土とも言う。。天台四土(天台宗で言う四種の仏土)のうち、最高の浄土。天台四土とは、常寂光土・凡聖同居(ぼんしようどうご)土・方便有余(ほうべんうよ)土・実報無障礙(じつぽうむしようげ)土の四つのこと。仏土とは、仏のいる浄土のこと。 |