秋の曲

【解題】

 
古今和歌集の秋の歌から、声調がよく、情景描写に富むものを六首選び、歌詞とした曲。名古屋の二代目吉沢検校は幕末の人で、『千鳥の曲』の作曲者としても知られているが、古今調子という新しい調弦を編み出し、箏曲の雅俗折衷を目指した。また、箏曲の歌物の原点である組歌の復古・復活を目指した。この曲も初め、組歌として作られたが、後に京都の松坂検校によって手事が加えられた。

【解析】


 第一歌

○  |きのふ|こそ|早苗     取り     |しか|      |

 
つい| 昨日 | ! |早苗を苗代から取って田に植え| た |ばかりなのに、

  ┌─────────────────────────────────-┐
○いつ|の間に    稲葉 そよぎて|秋風の吹く|      |    ↓
 
いつ|の間に、もう、稲葉がそよいで|秋風が吹く|季節になった|のだろうか。 (巻第四・172・よみ人しらず)

 第二歌

○久方の|天の川  原の渡し守    君   渡り |      |な|  ば          |
    
|天の川の川原の渡し守よ、あの人が川を渡って|こちらに着い|た|ならば、もう帰れないように、

○  |楫(かぢ) 隠し| て     よ|
 舟の|櫓(ろ) を隠し|てしまってくれよ。  
 (巻第四・174・よみ人しらず)

 
第三歌

○月 見れば ちぢに      |もの|こそ|悲しけれ|     |わが身一つの      |
      《千》                           《一つ》
 
月を見ると、さまざまに限りなく|もの| ! |悲しく |なることだ、私  一人のために訪れた|

○秋|に|は|あら|ね |  ど|
 秋|で|は|  |ない|けれど。(巻第四・193・大江千里)

 
第四歌

○山里は秋 |こそ|ことに|わびし けれ |鹿の鳴く音に|目を覚まし|つつ |
 山里は秋が| ! |ことに|わびしいことだ、鹿のなく声に|     |何度も|
                            |目を覚まし|ては 。
(巻第四・壬生忠岑・214)

 
第五歌

○  |散ら|  |ね |  ども かね て|         |ぞ|惜しき    |もみぢ葉は|
 
まだ|散っ|てい|ない|けれども、前もって|散る時が想像されて|!|惜しく思われる。もみじ葉は、

○今は|  限りの        |   色| と   見| つれ | ば |
 
今は|散る直前の極限まで染まった|美しい色|だと思って見|てしまう|ので。(巻第五・よみ人しらず・264)

 
第六歌

○秋風の   |吹き上げ |  に|立て  る|白菊   は|花|   か     |あらぬ |   か|
 
秋風が海から|吹き上げる|
       |吹き上げ |の浜に|立っている|白菊の群れは、花|だろうか、そうでは|  ない|だろうか、

       | 波の  寄する|       か|
 
それともまた、|白波が打ち寄せる|景色なのだろうか。 (巻第五・菅原道真・272)

【背景】

 第一歌

 季節の移り変わりの速さを詠嘆した歌。稲葉がそよいで静かで爽やかな秋の田を目の前に見ながら、田植えに賑わった春の田を回想している。平安朝貴族は都会生活をし、労働に従事していなかったが、自然は鑑賞すべきものとして間近にあった。


 第二歌

 
七夕の織姫の心になって詠んだ歌。七夕の夜、古代の妻問いの風習によって、彦星(男)が天の川を渡って織姫(女)に逢いに行く。それを、帰したくないというもの。


 楫隠してよ
 「てよ」は完了の助動詞「つ」の命令形。

 第三歌

 秋の悲しさを、客観的には我が身一つに訪れたわけではないが、主観的にはそれにも似た深いものだと述べている。漢詩をうまく翻案した理知的な作風だが、「千」と「一」の対照は作者の独創である。「ちぢに」と「千」は掛詞。「千」と「一」は修辞法としては縁語とも言える。

 
わが身一つの秋にはあらねど

○燕子楼(えんしろう)中霜月(そうげつ)の夜

○秋来たって只(た)だ一人の為に長し
 (白楽天の「燕子楼」)

 第四歌

 山里の秋の季節感を、鹿の鳴く声の哀れさに重ねて、具体的に詠んだ歌。


 第五歌

 目の前の美しい紅葉を見ながら、それが散る時のことを想像し、今から残念に思っている。現実に存在しないものを想像するのは、反実仮想と同じで、極めて理知的なものであり、万葉集にも見られるが、古今集以後盛んになった表現である。


 第六歌

 宇多天皇の御世、宮中で、菊花を題に歌合せが行われた時、内裏の中庭に州浜(板で組み上げた台)を作り、紀州の吹き上げの浜に見立て、その上に菊を並べて展示し鑑賞した。この歌は、その模型を見て詠んだ歌である。模型の情景に実景を想像して重ねた、古今集らしい発想の歌である。作者菅原道真は宇多天皇(寛平1(889)年〜寛平11(897)年)に重用されたが、次代の醍醐天皇の時、大宰府に左遷された。

出典:古今和歌集
作曲:吉沢検校





【語注】



早苗とりしか 苗代から早苗を取って田に苗を植えるのは、梅雨時。「しか」は体験過去の助動詞「き」の已然形で、早苗を取った記憶が、つい昨日のようにはっきり残っている意味を表している。また、「こそ…已然形」の係り結びは、逆接的に次の文節につながって行く。
いつのまに 「いつ」は疑問詞(疑問代名詞)なので、文末に「(だろう)か」を付け加えて訳す。
久方の 天・空・日・月・光など、天空に関するものに掛かる枕詞。
 ここは彦星の事。
 船の方向を決める装置(舵)ではなく、水を漕ぐ装置(楫・梶)の総称。櫓。艪。英語の「オール」にあたる。
ち(千)一つは縁語。


















吹き上げ 和歌山県和歌山市内。和歌の浦の北で、風の強いところとされる。

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