さてモンゴルと南太平洋です。
方角は違うものの地理的にどちらも日本に比較的近いこの2つの地域、
しかしながらその音楽は全く対照的です。
地理や気候、周囲の状況、歴史的な経緯、みんな違うのだから当然ですけど。
モンゴルは大陸の中でもさらに内陸部で、騎馬民族。
ポリネシアは島々であり、海洋民族。
よって、片やモンゴルは馬の駆けるリズムが原型となり、
日本に例えれば「追分」とか「馬子唄」であります。
片やポリネシアは舟漕ぎ唄から発祥する。
モンゴルでは、広い平原の中、
遠くどこまででも聞こえるような発声の仕方が発達します。
羊を呼び寄せるため、また、キャラバンと通商するために。
声を発する時は、基本的にソロです。ハモりません。
反面、ポリネシアでは、ポリフォニー(合唱)が発達しています。
歌が歌われるのは、
皆で協力して仕事するような場で(つまり作業歌ですね)、
それでなければ歓待の場で、
という場合が主で、そういうわけで今日ポリネシアでは各地でそれぞれ
高度に洗練されたポリフォニーを聴くことができます。
世界の民族音楽。ヴォーカルに着目すると、その発展の仕方に
大きく2つの流れがあることが確認されます。
1つには、歌手個人の技能を発展させていくタイプ。
そしてもう1つは、ポリフォニーを発展させていくタイプ です。
前者は、各地でそれぞれ独自の「こぶし」(メリスマ)を持っています。
代表的な地域、列挙しましょう。
まず、東アジア一帯。
例としては、既に出ている通り、モンゴル。
モンゴルの「オルティン・ドー」と日本の「追分」とは、結構似ています。
他には、チベットとか中国とか。
シベリアなどロシアの東半分とか。
韓国もそうです。
次に、東南アジア。
それから、南アジア(インド、パキスタン、バングラデシュなど)。
そして、特に広域に渡るのが、イスラム各国です。
※ イスラムの国々とは、
あと、イスラムと他宗教とが混在する地域、あるいは、歴史的にイスラムだった地域も見逃せません。
歴史的にイスラムだった地域として代表的な例が
南欧(スペイン、ポルトガル)、
イスラムと他宗教とが混在する地域の代表が
東欧の南半分つまりバルカン半島(ハンガリー、ルーマニア、旧ユーゴスラビア、アルバニア、ブルガリア、ギリシャ)です
(アルバニアとか、面白いですよ)。
これら地域は、イスラムの他に
ジプシー(インド周辺から広がった)、ユダヤ、そしてキリスト教という流れもあるので、
その文化の混合ぶりは、たいそう興味深いものがあります。
民族音楽の楽しみ方は様々ですが、
ヴォーカル技法に注目しつつ聴く、
というのもひとつアリかと思います。
注釈も参照。
「こぶし」というわけでもないのですが、
「歌手個人の技法を発展させていくタイプ」
ということで、前者の「こぶし」系の変種
とする見方はアリと考えます。
モンゴルにあるあの「ホーミー」がそれに当たります。
「ホーミー」系ということで、他にどんなのがあるか見てゆきましょう。
やはり東アジアに、特に厚く分布しているみたいです。
旧ソビエト連邦・トゥヴァ自治共和国
モンゴルの北側・シベリア最南部に位置し、
民族的にも文化的にもモンゴルに近いです。
宗教も、チベットやモンゴルと同じ、ラマ教が強いです。
ただし言語的にはチュルク語系ですけれど。
さて、
「ホーミー」はモンゴルが有名でしたが、
崩壊してみたら旧ソ連側にも、そのようなものがありました。
ここでは、「ホーメイ」と呼びます。
モンゴルと違う点は多々あります。
いちばん重大な点と私が考えるのは、
「ホーメイ」は「ヴォーカル技法」と言っていいのですが、
「ホーミー」は言ってみれば「ヴォイス技法」だということです。
つまるところ「ホーミー」の場合は、「発声」に重点が置かれているのです。
どうも「うた」というカンジじゃないんですね。
倍音が出るということそのこと自体が楽しくて面白くてやっている、
ということです。
「ホーメイ」の場合は、はっきりとメロディを歌いますし、歌詞もあります。
次に、サウンドも違います。
モンゴルと似たサウンドのものもありますが、
ここではずっと多様で、
音程の低いもの、高いもの、
喉から出すもの、腹から出すもの、鼻に響かせるもの、
といった具合に幾種類かの違うサウンドのホーメイがあります。
その他、モンゴルでは成人男子しかホーミーしません。
女性がホーミーするのは無理とも言われていたくらいですが、
トゥヴァでは女性どころか幼児でもやっていました。
びっくりです。
5歳くらいに見えるかわいい子供が、
地獄の釜が煮え立つような野太く低い声を出す映像を見た時には、
ホントウに肝を潰しました。
チベット
音楽と申してよいやら、しかし音楽のようにも聴ける、
チベットの声明(しょうみょう/お経の詠み上げ)。
「ギュトー」と申します。
地の底のように低い声で一斉に唱えます。
このサウンドが、前に挙げたトゥヴァの
「低い音程の方の」「ホーメイ」
に結構似ているのですが、
関連し合っているのやらどうだか。
地理的には ちょーと 離れていすぎるんですよね。
両者の間には、モンゴル人民共和国だけでなく、
中国・新疆(しんちゃん)ウイグル自治区
が挟まっています。この地域には似た発声が見当たりません。
うーん、謎です。
日本の浪曲、義太夫節などなど。
「ホーミー」を知ってから、
日本の数々の伝統芸能を聴きますと、
改めてその発声の仕方に注意が向いてしまいます。
なるほど「倍音」だわ。
ただ最初から「倍音」するぞー、と意図的に始めたのかどうか。
歌っているうちに自然と、
結果として こういう発声に落ち着いた、と見るのが適切かとは思います。
さて、ほかにも世界各地に「倍音」は見つかります。
特に意識なしに歌を歌っていて たまたま倍音が出ている、
というケースはいくらでもあり、そういうのを含めてしまうと、
全部になってしまいます。
※
わたくしふと数年前に、
フラメンコ(スペイン)の歌声で、すごい倍音が出ているCDを見つけました。
あ、日本人が歌っていました。
「堀越千秋」。
あれ、画家じゃなかったのか、彼は。いつの間に。
イヌイットの喉唄
北極圏(カナダ・グリーンランド・ロシア北部)に暮らすイヌイットは、
エスキモーと呼ばれることもあります。
カナダ・ケベック州北部に、
とりわけ紹介しておきたいヴォーカル技法(というよりヴォイス技法)があります。
「カタジャック」(katajjaq)というものです。
二人一組で間近に向かい合って、互いの口腔に響かせ合う、というもの。
知る中でいちばん珍妙な例として挙げたい。
ソロではなくデュオという点が他と違いますが、
何よりそのサウンドがあまりにも不思議。
映像付でないと、人間の声だとも判別できません。
カナダの一部族がやっている映像を見たことがあるのみで、
私はその一例しか知りません。
イヌイットだからといって必ずこれをやるというわけでもないようですが、一体
どのくらいローカルな技法なのでしょうか。
以上、「発声の仕方そのものを特異に変えちゃった例」を一覧しましたが、
こうして改めて眺めてみましても、
トゥヴァの「ホーメイ」の例が際立って特徴的
との印象を、私は、持ちます。
どこがでしょう。
この稿では、二つの言葉、「ヴォイス」と「ヴォーカル」とを意識して使い分けていることに 気付いていただけているでしょうか。
そうです。
「発声」自体を変えちゃっているのですから、「ヴォイス」技法であることは確実です。
で、それだけにとどまっているか、という点なのです。
そりゃどこの地域でも、ちょっとは「うた」でもあります。
しかし「ヴォイス」技法を ばりばり に 残したまま、ばりばり の 「うた」でもある、
という例は、そうそうないです。
モンゴルの場合、「ホーミー」で ちょっとは「うた」っぽい ことも しますけれど、
本格的に「うた」をやる場合には、既に記述しました通り、
こぶし系の歌唱「オルティン・ドー」ということになります。
補講・ホーミー的な楽器
アボリジニ(オーストラリアの先住民族)の代表的・特徴的な楽器で、
「ディジュリドゥ」というものがあります。
音への嗜好の表れとしてすこぶる興味深いものです。
楽器なのですが、倍音ばりばりで「ホーミー」的。
人間の発声の代替
として考えていいものと考えています。
この楽器を知らない人が始めて聞いた場合には、
何の音だか、どうやって音が出ているやら、
見当もつかないのではないでしょうか。
※
他に、楽器だけれども「ホーミー」的と思うものに、
アフリカ起源のブラジルの楽弓「ビリンバウ」というものもあります。
さて、次には、世界のポリフォニーをざっと一覧してみましょう。
まず、南太平洋(ポリネシア)です。
トンガ・サモア・フィジー・ニュージーランド(マオリ族など)、
どこも大変美しく素晴らしく、大好きです。
もしもハワイに観光に行くことがあるなら、
ポリネシア文化センター(Polynesian Cultural Center)には必ず行きましょう。
ポリネシアの各地域の芸能をまとめて押さえることができます。
派手にショーアップされてもいるので、そこはひとつ、正しくノセられましょう。
ブルガリア。
説明不要なくらいに有名なこの地域のポリフォニーは、
「ブルガリアン・ヴォイス」と呼ばれています。
通常の西洋音楽では不協和音とされるハモらせ方が、
民族音楽にしてなおかつ近代的なサウンドとなり、
現代人の耳には心地いい。
歌い方も、クラシックのヴェルカント唱法みたいなのとは違います。
こぶしで装飾されることも多いとはいえ、
基調は、地声・ノンヴィブラートです。
旧ソビエト連邦のキリスト教系の各共和国(バルト三国・グルジア・アルメニアなど)。
旧ソビエト連邦の各共和国でも、イスラム教圏は「こぶし」側に分類されるあたり、
興味深いものがあります。
さて、
ブルガリアン・ヴォイスの女声合唱に飽きてしまった、
また、
それよりもう一息マニアックに洒落込みたい、
そんな方は是非、グルジアの男声合唱を聴いてみてください。
なかなかイケますよ。
また、筆者はラトヴィアの女声合唱を、ある video tape で見たことがあります。
天から降ってくるようなその軽やかなサウンドにうっとりでした。
ブルガリアやグルジアは「大地の歌」という感じで どっしりしたイメージですが、
ラトヴィアには重力をあまり感じません。そういう歌声のものが総じて多いような印象です。
アルメニアは実のところ合唱より斉唱やソロが多いのですが、
「系」としてはグレゴリオ聖歌に似ていたりするので、
こちらの方に分類しました。
ただ、器楽になるとメロディが随分トルコっぽいです。
境界例の地域ですね。
※
グルジア・アルメニアは地図上、トルコのすぐ隣です。
ピグミー。
赤道アフリカ。そこは、
成人の平均身長が世界一低いことで知られる民族、ピグミーが生活している地域です。
彼らの繰り広げる、密林のポリフォニー、それは驚嘆の極致です。
その驚きの歌声の秘密とは、
メロディのアンサンブルというだけでなく、
”リズムの”アンサンブルでもある、という点です。
複数の人が同時に違う音程で歌ってハモる、これは普通のポリフォニーです。
彼らは、「譜割り」(リズムパターン)も 変えてくるのです。
そのため、片方が休符の時に片方は休符ではなかったり、
片方が歌っている所に倍くらい細かいリズム音型で乗っかってみたり、
3拍子と4拍子とを同時にやる、など、
ことによると拍子まで違ったりします。
4分の5拍子、8分の7拍子など、
複合拍子や変拍子も珍しくありません。
抜群のリズム感覚の上にポリフォニー、
しかもそれが即興だったりしますので、
彼らの才能には脱帽の限りです。
さらに発声は、
裏声と地声とを両方使う「ヨーデル」
なので、「こぶし」系でもあるのです。
民族音楽というものにまだ触れたことがない、という方には、
まず何を聴かせるのがよいでしょう。
また、民族音楽を聴いたことがある人に 民族音楽のさらなるスゴさ・面白さ
を再認識させるためには何が利くでしょう。
いろいろ意見も分かれると思いますが、私は、ピグミーを最有力候補に推します。
民族音楽を聴いたことのない人にも、ある程度聴いている人に対しても、オススメ。
ピグミーを聴いたことがないなら、是非とも一度聴いておけ。
(ここだけいきなり命令口調。すみません。)
以下にCDを紹介しておきます。
OCORA / Radio France
GABON ---
Musique des Pygme'es Bibayak
Chantres de l'e'pope'e.
Hommage `a Pierre Salle'e
※
キングレコードから日本盤も出ているはずです。
「ガボン ピグミーのビバヤク族の音楽、バプヌ族とファン族の叙事詩」。
「ヨーデル」の練習の模様を実況しているくだりがあります。
1声、2声と増えていって最終的に8声にまでなります。
ここの部分の記録は、
ピグミーのポリフォニー・ポリリズムの組み立てについての
分かりやすい解説となっています。
もちろん、本番というか本題である、圧倒的なポリフォニーの大合唱も収録されています。
どうだ まいったか、の必殺の一枚。
※
なお、ピグミーの中には他にも、アカ族とか、います。
民族によって 微妙に 芸の様子が違います。
また、ピグミーは国名で言うと
ガボンの他にも中央アフリカとかカメルーンとか、
広域に各地に散らばっています。
以上、「こぶし」系の地域と「ポリフォニー」系の地域とを見てきました。
さてそこで、このどちらの路線も発展した地域はあるでしょうか。
その例を見てみましょう。
もう何回も出ていますが、ブルガリア
「こぶし」側の地域に「ブルガリア」が挙がっていることに対して
奇妙に思った方は少なくないでしょう。
ブルガリアと言ったら「ブルガリアン・ヴォイス」があまりにも有名ですね。
ひところ流行りましたね。なので「ポリフォニーが発達した地域」の側に入るのは納得です。
でもその上で、改めて思い返してみてください。
そう、バルカン半島は、民族のモザイクなのですよ。
長らくトルコの勢力下にあった地域でもあります。
ですので、「こぶし」系の歌もやはりあるのです。
しかも。
中村 とうよう氏などはこう主張しています。
「モンゴルのオルティン・ドー以上に、日本の追分に似ている」。
旧ソビエト連邦の各共和国の話の際にも言いました。
イスラム圏では「こぶし」系でキリスト教圏では「ポリフォニー」だと。
また、ブルガリアの話の際にも、バルカンは民族のモザイクなので、どちらもあるのだと。
同じことです。旧ユーゴスラビアでもキリスト教圏、たとえば
クロアチア
などは、その音楽にポリフォニーの要素を多分に含みます。
台湾
昔 日本では、台湾現住民族のことを高砂族と呼んでいました。
今では、「高山族」と呼ぶのが大勢です。
ところが、彼らの中の各部族はそれぞれにすこぶる独自に文化・芸能を持っているので、「部族」と言わずにそれぞれを「民族」と呼んだ方が妥当だと私は思います。
私以外に誰も言っている人を知らないのですが、
台湾現住民族には、おそらく2つの系譜があります。
中国・雲南地方やヴェトナムなどとつながる文化の流れ、それと、
マライ・ポリネシア系の流れです。
前者は、「こぶし」系に属します。
後者は、ニューギニアとかその辺とも関連がありそうなのですが、
してみると ひょっとして・・・・。
調べてみたら、あ、やっぱり。
台湾にもその昔には「食人」の風習がありました。
ポリフォニーの場合ですが、「ピグミー」タイプが多いです。
つまり、
違うリズムパターンで絡んだり、
ヨーデル的発声をしたり、この点でピグミーと同じ。
アミ族とか、その他もろもろの民族がこれです。
この時、
高い声を専門に出す人、低い声を専門に出す人、
というふうに、役割(パート)は決まっています。
ブヌン族のやり方はまた特徴的です。
ハモりながら基音をだんだんに上げて行くのです。
ポルタメントしながらの合唱は、世界の中でも相当に珍しい例です。
これとは違いますが基音の音程が変わっていく例としては
ポリネシアにおいてはこうです。
ソリストが勝手な音程で歌い始める。
群衆が提示された音程に合わせて合唱で答える。
ソリストがまた新たに全然違う音程で歌う。
群衆はまたそれに音程を合わせて合唱で答える。
これは、コール&レスポンス方式です。
ブヌン族の場合は、特にリードする人がいません。
みんなで せーの で ちょっとずつ上げてゆくのです。
上げるタイミングは完全にシンクロしているわけではなく
ばらばらです。そのため、
時々刻々とサウンドは表情を変えてゆきます。
それがとてもいいのです。
以上、「こぶし」系の地域、「ポリフォニー」系の地域、と見てきました。
その二つの類型にはまらないケースについて、
地域は例えばどこか、
またその地域がそうなったわけは、
そのようなことを
さらっとまとめてみます。
器楽の発展の方に行っちゃったケース
この稿では、民族音楽の要素の中で、ヴォーカルに着目して分類してきました。
しかしながらそもそも声楽よりも
器楽のアンサンブルを発達させる方に興味の重点が行っちゃっている場合は、
「こぶし」も「ポリフォニー」も発達しないことは考えられます。
高度に器楽合奏が発達している例としては、例えば
インドネシアのバリ島やジャワ島のガムランです。
楽器自体がまず、非常に洗練されてします。
素材は主に青銅器ですが、
青銅器という段階ですでに高度です。
楽器製作技術も並ではなく、
金属相手に確かな音程と思い通りの音色とを引き出します。
金属なので、充分な音量が得られるのもまた保証済みです。
こうして、持つ楽器も凄ければ、
その上で彼らの叩き出す音楽が何より凄い。
音楽構成は、ポリフォニーかつポリリズム、これらの
完璧な組み立てによるものです。
最高峰の音楽形態と言っていいでしょう。
かように器楽アンサンブルが完成されているならば
この上に声楽まで手を回さなくても、
という感じです。
ところで。
バリにはガムランの他に、メジャーな民族音楽、ありますね。
そう、ケチャです。
ケチャがあるではないですか。
声楽、あるではないですか。
ケチャは「ポリフォニー」系にカテゴライズできないのでしょうか。
特異なジャンル、ケチャ。
ケチャは2つの点で、余所の民族音楽と違います。
声楽のアンサンブルであるのは間違いないのですが、
「ポリフォニー」というほどには はっきりとした音程で発声されているわけではありません。
インド叙事詩をもとにした芝居仕立てではありますが歌詞はなく、
「うた」とは申せません。
ヴォーカルのアンサンブルではなく、
ヴォイス・アンサンブルです。
楽器、それも打楽器のアンサンブルを代わりに声でやっている、それがケチャです。
「ノン・ポリフォニー」であって かつ「ポリリズム」
という、たいへん特異なケースです。
特異と言えば、この点も。すなわち、
「歌詞」がない、
「うた」ではない、
それなのに間違いなく
「オペラ」であります
(「ストーリー」はあるのですから)。
次に大事な点は、
ケチャは近代になってからの創作だということです。
それ以前に基となる芸能はありましたけど。
竹のガムランとも呼ばれる「ジェゴグ」というものもバリ島にありますが、
ケチャも言ってみれば「ヴォイス」によるガムランであり、
器楽を声楽に置き換えたもの、すなわち
構造的にはガムランの流用と言えます。
無伴奏系でなく、伴奏楽器と共に発展しているケース
例えばラオスに、「モーラム」と呼ばれる音楽があります。
個人的にもわたくし、愛好しておりまして、皆様にもぜひ聞いてみていただきたいもののひとつですが、
そんなに「こぶし」はキツくありません。
また、男女の掛け合いで進むので、ソロというわけでもありませんが、一緒にも歌いません。
というわけで「ポリフォニー」でもありません。
代わりに、伴奏が実にいい。伴奏を超えていい。もちろんヴォーカルもいい。
「こぶし」技法なんてなくたって、実に気持ちの良い節回し。軽妙な即興の歌詞。
ヴォーカルと伴奏との濃密な関係がいい。
これは、声同士または楽器同士のアンサンブルではなく、
声と楽器とのアンサンブルです。
歌と演奏でここまで楽しませてくれるなら、これ以上何を付け足す必要がありましょう。
そもそも音楽という意識がないケース
やっている本人は「音楽」と認識していないんじゃないか、
と疑わしく思えるケースは、
民族音楽の場合、特に顕著に見受けられます。
その地域の人にとってみれば、
ただ祈祷しているだけ、
でも我々には音楽のように聴こえる、
ただ祭事を進行しているだけ、
でも我々には様式美をそこに見たり芸術を感じたりする、
ただ家畜を追っているだけ、
でも我々はそれに民族のソウルを感じてしまう、
いくらでもそのような例はあります。
※
私などは、自分でも異常だと思うのですが、
外国語ってだけですでに音楽として聴いてしまいかねず、
まして演説、例えばキング牧師など、完全に音楽なのですよ。
音楽という意識がなければ、
「こぶし」も「ハーモニー」も付かなくて不思議はありません。
しかし最初のうちはそうでも、やがて自然と、こぶしがついてきたりします。
既に出たアザーンとかコーランの朗読とか、例ですね。
ポリフォニーの地域とて、最初は何気ない遊びが手遊び唄となり、
それをみんなでやっているうちにハーモニーが付き、という、
おおむね そんなところでしょう。
ではそういった音楽的な展開が始まらなかった地域の場合は、
どういうわけで始まらなかったのでしょう。
アンサンブルが見られない地域。
まず共通しているのが、そこの点です。
なるほど、一緒にやる人が誰もいないとしたら、
音楽という意識にはなりづらいでしょう。
そういう地域は、楽器も打楽器くらいしかなかったりして。
あるいは(純粋に楽器に分類していいやら)口琴とか。
さらにキツいのが、
聴き手がいない、という場合です。
なるほどこれでは、たまたま一個人が何か編み出しても、伝承されませんから。
このケースにあてはまる地域はどこでしょう。
もう答えを言っているも同然ですけれど。
歴史上ずっと 人口密度が少なかった地域、これが答えです。
「技法」自体に興味がなかった場合
技法みたいなものよりも、
コトバの持つ魔力や、
「声」自体の持つ力、
肝心なのはそこだ、ハートだ、
そう思う方は大半かもしれません。
「言霊/ことたま」とか、何かそういうスピリチュアルなものに魅かれて、
技法 云々 など 思いも及ばない、ということはあるでしょう。
アメリカインディアンとか、そういうカンジなんですけどね、私のイメージとしては。
アイヌとかもその例だと思います。
※
さて、この章の終わりに、ちょっとひとこと。
この稿では、あくまで、
類型を捉えて述べているに過ぎません。
音楽や文化自体の水準がどうのといった価値判断を発言しているわけではありません。
保険のために申しておきました。
さて、
今回はヴォーカルに着眼して分類しつつお話ししましたが、
他にも、分類のためのネタは考えられます。
最後に予告編代わりに、
他にどんな分け方がありうるか、
みたいなことを簡単に並べ立てて、
終わりたいと思います。
例えば、ヴォーカルでなく楽器で、カテゴライズできます。
楽器の伝播・分布を追いながら、というのも、面白そうです。
たとえば弦楽器ですが、ペルシャのウードが
西に伝播してギターとなり、
東に伝播して日本の琵琶となりました。
世界各地のチャルメラ系の楽器については、
私は特に個人的に、追ってみたいテーマです。
また
口琴のように、世界のどこにでもあるのに、
どういうわけだか日本の本州にだけはない、
なんて話もあります。
目的別にカテゴライズ、という手もあります。
どういう用途で音楽しているか、ということで分けるのです。
例えば、
祈祷や宗教との関わりとか。
例えば、
音楽の発生起源として、
家畜などを呼び寄せる遠吠えのようなものから始まったに違いない
という地域とか、また他では他の起源も考えられますね、とか。
あるいは、
ダンスが発達している地域と
そんなにダンス系ではない地域と、
いう具合に
(そのダンスも、
跳躍を含むいわゆる「ダンス」と
跳躍を含まない「舞」の場合とでは
音楽の様子が違うようです)。
その辺の詳しいことはまた、次に機会に。
ああ民族音楽がまた聴きたくなりました。
この後わたしはCD三昧の夜長を過ごすとしましょう。
ではまた、お元気で。
発声の時に、倍音をワザと出すのです。
声を出しているのは一人なのに、低い声と高い声、同時に聞こえるのです。
モンゴルの最も代表的な楽器が、弓で弾く弦楽器(フレットなし)、というところに、
ああやっぱりモンゴルだな、と思うのです。
人間の「声」にいちばん近いんですよね、こういう楽器が。
例えば半音と半音の間の音程も出せるのも声と同じ。
また、ポルタメント(鳴らしている最中に弦を押さえている方の指を動かすこと)すれば
弾き直すことなしに違う音程に移行できる。これも声と同じですね。
こすって音を出すのですから、その音色はやっぱり「雑音」の成分が多いです。
そこがまたいいんだなあ。(つまり倍音を多く含んでいる、ということです。)
「モノマネ」も得意ですよ。馬のいななき、パッカパッカ駆ける音。
名人は、物語を弾いて聞かせます。羊の赤ちゃんがお母さんに甘えて声をだす、
それを聞いたお母さんが赤ちゃんのところに来ましたよ、
なんてこの程度のことなら簡単に表現してしまいます。
あ、見た目の説明、していませんでしたね。
大体はその名の通り、ネックの部分に馬の頭がかたどられています。
最近ではチェロのようにf字孔がついている邪道な?ものもあります。
モンゴルには、
ゆったりと歌う「オルティン・ドー」と、
軽快にうたう「ボグン・ドー」と
があります。
韓国では歌心は、「恨(ハン)」の一字で表現されます。
これは、日本での漢字の意味である「恨み」とは違ったものです。
そうなんですが、韓国のある地域、ある種の民謡は、結構コワいです。
日本でも、関西人、博多っ子、みちのく、など地域が違えば人間も文化も違います。
なので、「日本」とか「日本人」とか十把一絡げに論じられない部分がありますね。
韓国にも「全羅道」「京畿道」「南道」とか地域があってですね、
随分、唄い方が変わります。国が違うんじゃないか、というくらいに。
そういうのを体系的にまとめて、簡便に聴き比べできるような企画CDを
どこか出してくれないものですかね。
ところでモンゴルが日本に似ているということは既に申しましたが、
韓国のような所は、より地理的に近い分、より似ているかと思いきや、
妙なことに、そうでもないのです。
ペルシャ(イランなど)は、世界でいちばんヴォーカルが超絶技巧と言われる地域です。
なぜなら「タハリール」という「こぶし」のようなものがあるからです。
ちなみに以下は筆者のボケ体験。
ある日、ペルシャの音楽を聴いていたときのことです。
「今日のタハリールは実によく(こぶしが)回るなあ」と思ってしばらく聴いていたのですが、
よほどその時は ぼおっとしていたようです。
聴いていたのはCDであって、「今日のタハリール」も何もあるはずが・・・・。
針飛びしていたのであった。たまたまデッキが故障してたのよん。
て、ヨタ話はさておき。
「タハリール」の資料を収集しようと思っても、
CDなど音だけのものならばまだいいのですが、
映像となると、これがなかなか見当たりません。
というか、そもそも市販で映像は出ているのでしょうか。
イスラムの世界では、神以外のものに心奪われるなんて、とんでもないことです。
なので、あまり音楽というものは よく思われてなかったりします。
そういう事情もあるので、音楽や映像を収集するのはちょっと困難です。
ヒンズーの多いバリ島は除くとして、インドネシア全域がイスラムです。
インドネシアはムスリム(イスラム教徒)の人口が世界一です。
※ 人口の90%近く、1億8000万人以上がムスリムです。
※ 北スマトラのバタック族には、キリスト教徒も多いです。イスラム以外に何があるかと問われたら、バリ島のヒンズーを答えに思い浮かべる方は多いでしょう。
しかし実は、人口でいうと残りはほとんどキリスト教です。
ハンガリーの「ハン」は「フン族」から来ています。
あの、世界史に出て来る、ゲルマン民族移動で有名な。
あの、漢民族をほとほと悩ませた「匈奴」と同一民族と目される。
そんなわけでハンガリー人はアジア系の人種です。
ウラル・アルタイ語族です。
自分たちではマジャールと称しております。
回りのヨーロッパ人種とは、征服したりされたりの戦いの歴史があります。
そのためヨーロッパ人からは恐怖の念を抱かれたりしました。
フランスでは昔、
言うことを聞かない子にお母さんが
「ハンガリー人が来るよっ」
と脅すこともあったとか。
国名は「ローマ」から来ています。つまりラテン民族です。
スラブやらマジャールやらに囲まれた中に
ぽっかりと島のようにラテン。
15~16世紀にかけてトルコに征服され、
その後5世紀に渡り、支配されました。
2002年5月現在、ユーゴスラビアはセルビアとモンテネグロと から なりますが、
ソビエト連邦の崩壊の煽りを受ける前は、6つの共和国 から なっていました。
その当時のユーゴスラビアについて よく言われていた説明が、あんまり面白いので、以下に転載します。
以上の様に、
ユーゴスラビアという国は確かにあるのですが、
ユーゴスラビア人という人種はなく、
ユーゴスラビア語という国語もありません。
まさにバルカン半島はモザイクであり、
ユーゴスラビアは
いろんな民族の寄り合い世帯であったのです。
歴史的にも北の3国が4世紀に渡りオーストリアないしオーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあり、
南の3国が5世紀に渡ってトルコの支配下にありました。
スラブ系の種族
という点では同じでも、
風俗習慣から性格・気質などにまで違いが出てしまっています。
よく一つの国としてまとまっているものだな、と思っていたものですが、
やはり分裂しましたね。
文章だけでいくら説明されても仕様がないでしょう。
実際に聴いてみなければ始まりませんね。
簡易にその辺のところ全般を押さえる方法はないものでしょうか。
あります あります。こちらです。
各地の「こぶし」(メリスマ)を聴き比べるというコンセプトで編集されたCD。
↓
「世界こぶしめぐり」
(MELISMATA-A Great Circle Of Grace Notes)
選曲:中村 とうよう
1995年
有限会社オーディブック
定価:税込み\2,800
AB126
ただ現在も発売中かどうかは未確認です。
その代わり、CDをレンタルする、という手もあります。
東京近郊の方は、御茶ノ水の
「Janis」(http://www.janis-cd.com/)
というレンタルCD屋で借りられますので、
出向いてみてはいかが。
アザーン聴き比べ、なんて企画CDもあるといいな。
ここで、筆者(わたくし)から逆に読者の皆様へ、WANTED ! です。
videoでもCDでもよいのですが、市販で、
世界各地のアザーンばっかりを集めた資料は出てないでしょうか。
アザーンとは
イスラームでは、毎日欠かさず5回、礼拝するのが義務であります。
時刻になると、礼拝を呼び掛ける声が塔の上から、街中に流れます。
アッラーは偉大なり。
アッラーの他に神はない。
モホメットはアッラーの預言者。
祈りに来たれ。
救いに来たれ。
アッラーは偉大なり。
アッラーの他に神はない。
現在では多くの寺院が近代化されているため、そのような所では、
人間はマイクを持って下にいて、
スピーカーだけが塔の上に登ることになります。
町中では、たくさんの寺院がそれぞれ一斉に行うため、
重なり合い響き合い混ざり合い、その音風景は非常に印象的です。
アザーンは、礼拝への呼び声であり、歌というわけではないです。
でも我々日本人にとっては、充分に音楽的に聞こえます。
節回し、としか言いようのないその呼び声に、その土地土地の「こぶし」音楽のルーツを感じます。
それとも逆に、音楽文化の影響で、あの呼び声になるのか。
ともあれ、アザーンにその地域の音楽の特徴が出ています。その地域を知る鍵のひとつです。
いかがですか。アザーン。そればっかりのCD、あったらいいと思うでしょ。
どこか企画していただけないものですかね。
コーランの朗誦
アザーンと関連する話ですが、
コーラン(クルアーン)の朗読もまた、
「こぶし」効いていて、
歌というわけではないでしょうに、すぐれて、音楽として鑑賞できます。
イスラムの言語が本来そうしたものなのですかね。
CDはそれなりに何通りか出ています。
イスラム教徒でもないのにわたくし、ぜひとも欲しくて、買っちゃいました。
やはり、世界各地の朗読を聴き比べてみたいのですが、
一枚の中にちょっとずつ紹介しているような便利なCDは出ないものですかね。
音程を変化させる「ビブラート」
音量を変化させる「トレモロ」
音色を変化させる「????」
この穴埋めクイズの正解が分かった方は、編集部まで電子メールを。
十年くらい前でしたか、ふと少年ジャンプを立ち読みしていましたら、
「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(秋本 治)に、このようなくだりがあった。
下町の交番を取材ということでTVカメラが来る。
その収録中の、主人公の両さん(両津巡査)とTVスタッフとのやりとり。
TVスタッフ:「それではここでお巡りさん。下町情緒あふれる姿で登場。」
両さん:「こらこら。なんで羅宇屋(らおや)の格好なんだ。なめとんのか。煙管(きせる)使ってるじいさんしか知らんぞ、こんな商売。」
TVスタッフ:「それがまたイナセなんです。」
羅宇(らお)とは、煙管(きせる)の火皿と吸口との間の細い筒の部分のことです。
羅宇屋(らおや)はその羅宇を売る人で、羅宇替(らおかえ)とも言います。
羅宇に使う竹は、羅宇竹(らおだけ)と言います。
ラオスは「ラオ」とも言います。つまり羅宇竹とは、ラオスの竹です。
ところで、ラオスを代表する楽器が、羅宇竹を束ねて作った、モーケーンと呼ばれる
ケーンの一種です。別名、ラオス笙(しょう)。音を出す仕組みとしては、ハーモニカに近い。
羅宇竹にはそれぞれ、穴とそれから内部にリードを持つ。
吹き口はひとつで、吹く際に穴を押さえた分だけ音が出る。
笙と言ったら、
ぷあーん、と、ゆるーいテンポで展開する日本の雅楽を思い浮かべる人も多いでしょう。
しかし、意外に思う方もいらっしゃるかもしれませんがラオスでは、
小刻みに演奏します。16ビートです。その伴奏に乗せて、怪しく両腕を踊られながら、
仏教説話をソロで歌ったり、男女が恋愛を掛け合いで歌ったりします。
寺の行事のような場でも歌われますし、
最近はポップ・モーラムというジャンルもあって、ディスコで歌われたりもします。
面白いことこの上なし。是非一度、聴いてみてください。
機会があれば映像付きだとなお楽しめるでしょう。
ロマンツアー音楽世界めぐり
15冊組/33回転SP付
千趣会
1969/07/01 発行
\390 * 15
銃・病原菌・鉄
Guns, Germs, and Steel
/ 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎
Diamond,Jared:著
倉骨 彰:訳
上下巻
草思社
世界の民族と生活 / volken en Stammen(全12巻)
キーリッヒ,ヴォルフ etc.
米山 俊直・野口 武徳・山下 諭一:訳編 / 石毛 直道 : 解説
Spectrum(Hollande) / ぎょうせい/㈱ / 1981
世界の民族(全20巻)
平凡社
中国の少数民族をたずねて
市川 捷護 / 市橋 雄二
白水社/1998
下記、LPの解説書
民族音楽集大成
50枚組
KING record / KSCC5131
下記、CD の 解説書
世界民族音楽大集成
100枚組
KING
下記、映像資料の解説書
世界民族音楽体系/音と映像による
日本Victor / 平凡社
新・世界民族音楽体系/音と映像による
日本Victor / 平凡社
天地楽舞/中国55少数民族 民間伝統芸能体系
40巻
日本Victor / 平凡社
ちなみに以下は、並みの専門書より遥かに役立った。
地図帳 (高校の教材)
地球儀
当 記事 も 載っています。
サブカル・ポップマガジン
[まぐま] Vol. 13
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kk-cross/index1.htm
[音楽のジオグラフィティ]
発行 : STUDIO ZERO / 蒼天社
発売 : 文藝書房
ISBN 4-89477-179-9 C0070
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