09 高山植物花旅ガイド2
 
               高山植物花旅ガイド2
 
                    参考:山と渓谷社発行「日本の高山植物」
 
〈尾瀬〉
 尾瀬は日本を代表する高山植物の宝庫です。一般的な高山植物に加え,高層湿原に生
える湿ったところを好む植物や,至仏山周辺の超塩基性岩地の植物も見られ,多彩な植
物相を誇っています。山のできた年代が比較的新しい燧ヶ岳は,植物の魅力には乏しい
ですので,尾瀬の花旅としては燧ヶ岳を省略して,尾瀬沼,尾瀬ガ原,至仏山を巡るの
がよいでしょう。最低二泊は必要です。また,春の雪解けから秋の紅葉まで,花の途切
れることはありませんので,春,夏,秋と季節を替えて歩いてみたいです。
 尾瀬の春はゴールデン・ウィークの小屋開けに始まります。年によって違いますが,
尾瀬ガ原の雪は未だ1m近くも残っています。陽射しが日増しに強くなり,やがて木道が
一本の線となって姿を現しますと,春は驚く程早く進み出します。茶色の尾瀬ガ原にま
ずミズバショウ,リュウキンカが顔を出します。拠水林では冬枯れの樹間にヤナギの花
が光り,ギョウジャニンニクやバイケイソウの若芽が一斉に萌え始めます。紫色のエゾ
エンゴサクや白いキクザキイチゲがところどころで小さな花を咲かせ,流れの縁にはザ
ゼンソウの黒い花が見えます。
 5月下旬,黒々と静まり返っていた木々が弾けるように芽吹き,鮮やかな新緑が蘇り
ます。目に染みるるようなブナの間ではムラサキヤシオツツジやムシカリが花を付け,
新緑と映え合って美しいです。雪が解け始めたばかりの沢筋に入ってもますと,トガク
シソウの薄いピンクの花が首を持ち上げてきています。この頃になりますと,尾瀬ガ原
のリュウキンカはもう満開で,タテヤマリンドウの濃いブルーの星形の花も目立つよう
になります。
 6月になりますと,ヤマドリゼンマイが尾瀬ガ原のあちこちで明るい緑の葉を広げま
す。まるで尾瀬ガ原を覆い尽くさんばかりの勢いです。地塘ではミツガシワの白い花が
咲き始めます。
 シラカバ林の新緑の中にレンゲツツジの赤い花が見え隠れする頃,梅雨の最盛期を迎
えます。7月初旬,単調であった湿原に急に花の種類が増えます。トキソウ,アサヒラ
ン,ヒオウギアヤメ,カキツバタ,ヒメシャクナゲなどが湿原に,そして地塘にはオゼ
コウホネやヒツジグサの初花が咲きます。
 梅雨の晴れ間を狙って至仏山へ登りますと,ホソバヒナウスユキソウが花を開き始め
ています。山頂付近の岩場には,ユキワリソウ
の可憐なピンクの花が見つかります。チシマアマナ,ハクサンコザクラ,キバナノコマ
ノツメ,タカネバラ,タカネシオガマ,蛇紋岩植物のカトウハコベやジョウシュウアズ
マギク,オゼソウも見られます。
 尾瀬ガ原にニッコウキスゲの花が点々と目立つようになり,キンコウカの花が咲き始
めますと,ようやく長かった梅雨も明けます。夏雲の下に広がるニッコウキスゲの黄色
はぐんぐん密度を増します。夏山シーズンの到来です。地塘のヒツジグサは水面を埋め
尽くすかのように葉を広げ,白い花を浮かべています。木道の脇ではモウセンゴケの白
い小さな花が風に揺れています。
 8月に入り,ニッコウキスゲの盛りが過ぎますと,尾瀬ガ原の短い夏は終わりを告げ
ます。ミズギク,コバノギボウシ,コオニユリなどの比較的背の高い花が咲き始め,朝
夕の気温も下がって,秋の気配が感じられるようになります。拠水林の中ではハンゴン
ソウ,クガイソウ,ソバナが咲き,気の早いムシカリの実が色付き始めています。
 9月上旬,サワギキョウが寂しげな残り花を付けるだけとなりますと,替わってゴマ
ナやキオンが真っ盛りを迎え,拠水林のヤマウルシが赤く色付き始めます。尾瀬ガ原は
黄色からやがて金色に染まり,エゾリンドウの紫色の花だけが目立ちます。紅葉も終わ
る頃,朝夕の冷え込みはぐんと厳しくなります。やがて至仏山,燧ヶ岳の山頂が初雪に
覆われ,尾瀬は長い冬へ入ります。
 
〈白馬連峰〉
 標高3000mを超える山々が南北に長く連なる北アルプスの北部に位置する白馬連峰は,
フォッサ・マグナによって東側はスパッと切れ落ち,典型的な非対称の山並みをしてい
ます。冬は強い季節風が吹き,多量の雪は東側の急傾斜の斜面に降り積もり,日本三大
雪渓の一つ白馬大雪渓となって,夏の登山者を楽しませてくれます。豊富な残雪と様々
な地形,また石灰岩や蛇紋岩の露出地もあり,日本有数の高山植物の宝庫となっていま
す。国の特別天然記念物でもあります。この山域はどのコースを歩いても高山植物を堪
能できますが,此処では特に種類が多く,群落の目立つ大雪渓〜白馬岳〜鑓温泉の周遊
コースを紹介してみましょう。
 猿倉でバスを降り,1時間程歩きますと白馬尻へ出ます。この辺りでは,雪解けと同
時に咲く花を6月下旬から8月までの長い間楽しめます。中でも雪渓の両側に広がるキ
ヌガサソウ,シラネアオイの群落が見事です。よく探しますとオオサクラソウの深紅の
花もほかの若芽の中に見つかります。
 大雪渓を3時間程登りますと葱平ネブカッピラに出ます。急登の疲れを癒してくれるかの
ように,オオカサモチ,オタカラコウなど大型の花が迎えてくれます。葱平という名の
元になった葱坊主のようなシロウマアサツキも多いです。8月上旬にはハクサンフウロ,
クルマユリ,トリカブトの仲間も加わって,お花畑は一層華やかな彩りを見せます。 
 稜線に出ますと黒部側から冷たい風が吹き上げ,植物相もガラリと変わります。黒部
側の緩斜面はハイマツ林が発達し,砂礫地にはウルップソウ,ミヤマシオガマなどの群
落が見られます。コマクサの大群落が広がるのも黒部側です。山頂付近の東側斜面は,
ほぼ垂直に近い岩壁で,覗き込みますとイワオウギ,シコタンソウなどが,貼り付くよ
うに咲いています。比較的緩やかな斜面では,ヨツバシオガマ,タカネヤハズハハコ,
ミヤマアズマギクなどが加わって賑やかなお花畑を作っています。丸山周辺の東側斜面
には湿生のお花畑が広がっていて,花の種類も多いです。シナノキンバイ,ミヤマキン
ポウゲ,ハクサンフウロが多く,注意深く探しますとミヤマクロユリやテガタチドリな
ども見つけることができます。
 縦走コースから少し外れますが,清水ショウズ岳方面へ10分程下がりますと,ハクサンコ
ザクラを中心にした雪田群落があります。稜線の賑わいが嘘のように静かで,広い雪田
の周りを歩きますと,イワイチョウやハクサンオオバコの群落にも出合えます。
 岩礫を積み上げたような杓子岳の山腹をトラバースして,鑓ガ岳の登りに差し掛かる
辺りには石灰岩が露出しています。シロウマリンドウ,ハイツメクサ,タカネキンポウ
ゲ,クモマキンポウゲ,ウメハタザオなど珍しい種類が生えています。また,夏山シー
ズンには一寸早いですが,7月上旬に東側岩壁に咲くチョウノスケソウの白い花は一見
に値します。稜線から鑓温泉へ下る途中の大出原オイデッパラは,スケールの大きなお花畑
です。ハクサンイチゲ,ミヤマキンポウゲ,クルマユリの大群落は白馬花巡りの仕上げ
に相応しいです。
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