09a 高山植物花旅ガイド2
 
〈白山〉
 2000mを超える山では最も西に位置する白山は,信仰の山として昔からよく知られてい
ます。また,和名にハクサンと付いた植物が多いことからも分かるように,高山植物の
豊富にことでも有名です。別当出合から砂防新道を経て主峰を巡る最もポピュラーなコ
ース周辺でも,豊富な残雪と変化のあるお花畑を満喫できます。
 南竜ガ馬場はお花畑と雪渓の広がる高原です。ハクサンコザクラ,チングルマ,ハク
サンオオバコなど,雪解けを待ち兼ねて咲く花々と出会えます。南竜ガ馬場から室堂へ
の四つのルートの中で,展望新道は遠く北アルプスを望む眺めのよい道です。中程の展
望台付近はヨツバシオガマ,ハクサンフウロ,イブキトラノオなどのお花畑になってい
ます。室堂付近は広大なお花畑で,ミヤマクロユリ,ハクサンイチゲ,ハクサンボウフ
ウなど,雪田の周りに咲く花も多いです。
 室堂からは主峰の御前峰を経て,山頂部の池巡りが楽しいです。火口付近は植物は少
ないですが,血ノ池辺りではイワヒゲ,ツガザクラ,イワツメクサなど,岩場や礫地に
咲く花が見られます。
 下山は観光新道経由とし,尾根筋は展望が効き,左下には別当谷が見えます。馬の鬣
タテガミと呼ばれる辺りには,ハクサンシャジン,タカネナデシコ,タテヤマウツボグサな
ど,乾燥したところに生える植物がお花畑を作っています。このコースに要する日程は
一泊二日です。
 
〈八ガ岳〉
 八ガ岳の高山植物のポイントは横岳です。特徴的な植物であるウルップソウやツクモ
グサを始め,八ガ岳特産のヤツガタケキンポウゲも此処で見られます。花旅のコースを
組む場合には,横岳を中心に考えるとよいでしょう。夏沢峠以北の北八ガ岳は,高山植
物の種類も量も少ないです。一般には,連峰の最高峰である赤岳を中心に,横岳,阿弥
陀岳辺りがベスト3といったところです。
 八ガ岳は降雪量が少ないですので,夏の最盛期には残雪は殆ど見られません。そのた
め,ほかの高山と比べますと花期が少し早いです。また湿生のお花畑がなく,ハクサン
コザクラやイワイチョウのような群落を作る植物が欠けています。更に雪解け跡に大群
落を作るシナノキンバイやハクサンイチゲも分布はしていますが,群落は作りません。
高山植物の種類も多く,特産種もありますが,花の山としての一般的な評価が今一つな
のは,残雪と大群落が欠けているからでしょう。
 花のシーズン中は季節毎に様々な映ろいを見せます。最も華麗なのは6月下旬から7
月中旬にかけて,チョウノスケソウやイワウメ,オヤマノエンドウなどの花が,赤茶け
た岩壁を白や紫に塗り替えてしまいます。この頃は梅雨で,雨に降られることが多いで
すが,花々の競演がその鬱陶ウットウしさを吹き払ってくれるでしょう。
 高山植物の花旅では,登る季節を選ぶのが何よりも大切です。そのためには,自分が
見たい花がいつ頃咲くのか知らなければなりません。八ガ岳は残雪が少ないので,花期
のズレはあまりありません。ツクモグサは6月に咲き,ウルップソウは7月に咲きます。
8月も中旬を過ぎますとトウヤクリンドウばかりが目立つようになり,下界は夏でも山
の上は早や秋を迎えます。
 八ガ岳には大群落と呼べるような規模の植物は少ないですが,高山植物の女王と称え
られるコマクサの群落はあちこちに見られます。硫黄岳の石室付近の登山道には,右に
も左にも咲いています。7月下旬〜8月上旬は,地面がうっすらとピンクに見える程で
す。注意深く見ますと,コマクサの咲く砂礫の中に,小さな黄色の花を付けているヤツ
ガタケキスミレを見ることができます。
 八ガ岳はゴツゴツとした岩山ですが,山腹は針葉樹林に覆われています。昼なお暗い
針葉樹林にも,オサバグサを始め,ゴゼンタチバナ,ヤグルマソウ,コバノイチヤクソ
ウなど種類は多いです。登山口から山頂まで,少し気を付けていますと,花は途切れる
ことなく微笑みかけています。
 
〈北岳〉
 北岳の高さは富士山に次いで2番目ですが,植物の種類の多さでは,富士山は北岳の
足元にも及びません。白馬岳と並んで高山植物のメッカと呼ぶに相応しい山です。
 6月の中頃には花の季節が始まります。深い谷は未だ残雪に埋まっていますが,雪が
解けた斜面では,真っ先にキタダケソウが白い清楚な花を開きます。天候が崩れれば,
雪が舞うことも珍しくない季節です。キタダケソウは北岳の山頂付近だけに生える貴重
な植物ですが,その数は極めて多く,白一色のお花畑を作ります。雪の解け具合にもよ
りますが,例年ですと6月下旬が花盛りです。
 キタダケソウを追うように,キバナシャクナゲ,ウラシマツツジ,チシマアマナ,ミ
ヤマキンバイなどが次々に花を開き,遅れてにならじとばかりにオヤマノエンドウが咲
きます。キタダケソウのお花畑の中にハクサンイチゲの白い花が混じり,遠目にはどち
らか分からない6月の下旬ともなれば,一足早いお花畑の出現です。この季節,花を訪
ねる登山者は皆無といってもよく,静かな花の山旅がじっくり楽しめます。
 7月に入りますと花の種類は更に増え,シナノキンバイやミヤマクロユリなどの大き
な群落があちこちに現れます。加速度が付いたように増え続けた花の種類は,梅雨が明
ける頃ピークを迎えます。もうこれ以上は無理といえそうな華やかなお花畑です。周り
を見回しますだけで20〜30種類は確認できます。この見事なお花畑は8月中旬まで続き
ます。花の多い季節は登山者も矢張り多く,山小屋は飽和状態に達します。1枚の布団
に3人,などという事態を避けるには,土曜と日曜を外すことです。夏山の最盛期は混
雑するものの,花の種類が最も多く,天候も比較的安定していますので,上手に日程を
組んで花旅を楽しみたいものです。
 どのコースから入っても花は豊富に見られますが,八本歯のコル,北岳山荘,北岳山
頂の3点を結んだ三角地帯に北岳の素晴らしさが凝縮されています。この斜面に咲く花
を見て歩くことは,とりもなおさず南アルプスの花の真髄に触れることなのです。
 
〈木曽駒ガ岳・宝剣岳〉
 中央アルプスの木曽駒ガ岳や宝剣岳は,ロープウェイを利用しますと,誰でもお花畑
に立つことができます。駅舎を一歩出ますと其処はもう宝剣岳を背にした千畳敷カール
です。コバイケイソウ,シナノキンバイ,コイワカガミといった高山植物が咲いていま
す。手っ取り早く高山植物を見てみたい人にはピッタリです。
 しかし,本格的な花の山旅をしたいのでしたら,この一帯は人も多くて不向きです。
矢張り,極楽平から宝剣岳に登り,木曽駒ガ岳までは是非とも足を延ばしたいものです。
中央アルプスは花崗岩の山で,日が差しますキラキラと光って眩しいです。その花崗岩
の中で,白さを競うかのようにハハコヨモギやヒメウスユキソウが咲いています。白い
岩の割れ目で,大きな花を持て余し気味に咲かせているのはチシマギキョウです。鎖を
頼りに慎重に登る岩場には,イワベンケイやミヤマダイコンソウが咲いています。風が
バタバタとヤッケを鳴らす風衝地では,目を射るかのようにミヤマシオガマが鮮やかな
紅い花穂を林立させています。
 木曽駒ガ岳特産のコケコゴメグサは,頂上から馬ノ背にかけての稜線に多いです。名
前のように非常に小さいので,地面に這い蹲って探しませんと,見つからないかも知れ
ません。濃ガ池や駒飼ノ池などの水辺は,また一段と花の多いところです。クルマユリ,
ヨツバシオガマ,ミヤマリンドウ,ミヤマクロユリ,モミジカラマツといった千両役者
たちが,雪が消えると瞬く間に池を縁取って,見事なお花畑を作り出します。

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