30 植物の世界「花が実になるまで」
植物の世界「花が実になるまで」
参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
ウメの実とイチョウの「実」の断面をよく比べてみましょう。両者共一番外側に薄く
て丈夫な皮があり,その内側は緑色から黄色に熟す柔らかい「肉」があって,その更に
内側に硬い殻を持っています。殻を割りますと,中から茶色の薄皮を被った「実」のよ
うなものが出て来ます。最近は梅干しの殻を割って「実」を食べる人はあまり見かけま
せんが,アーモンドはウメと同じサクラの仲間で,この薄皮を被った「実」を食べます
し,銀杏ギンナンは,イチョウの「実」の,更に中にあるこの「実」なのです。
このようにウメの実とイチョウの「実」は,構造が全くと云ってよい程似ていますが,
果たして同じものなのでしょうか。
〈イチョウとウメの実は他人の空似〉
植物学においてこのように外見上,同じ形や構造をしているものが同じものなのか(
相同),はたまた他人の空似なのか(相似)は,普通,その出来てくる過程を追い掛け
ますと判明します。ウメもイチョウもまず,花の状態から観てみましょう。
ウメの花はサクラやモモと同じ構造をしています。細長い柄エ(花柄カヘイ)の先に一寸
した膨らみがあって,その先に外側から緑色の萼片ガクヘンが5枚,白い花弁が5枚,その
内側に多数の雄蘂オシベがあって,真ん中に雌蘂メシベが1本あります。雌蘂を見ますと,
細長く真っ直ぐ伸びた花柱カチュウの先端には一寸膨らんだ柱頭チュウトウがあり,その反対側の
根元の方は楕円形に膨らんだ子房シボウになっています。子房の断面を見ますと,中に透
明で瑞々しく輝く小さな楕円形の粒が二つあります。この粒が胚珠ハイシュです。肉眼では
それ以上見えませんが,胚珠の内部は,2枚の薄い膜(外珠皮と内珠皮)が楕円形の珠
心シュシンを包み,胚珠の上の先端は2枚の珠皮に丸い小さな穴(珠孔シュコウ)が開いていま
す。柱頭に付いたウメの花粉は其処で発芽して花粉管を柱頭から子房へと伸ばし,この
珠孔から胚珠に入って,其処で精核(精細胞)を2個放出し,一つは卵細胞と,もう一
つは2個の極核とそれぞれ受精します。その後,成長して受精卵から胚が出来,2枚あ
る珠皮のうち,主として外珠皮が渋皮シブカワとなって胚を包んで種子となります。
一方,胚珠を育んでいた子房の壁もどんどん成長し,一番外側の層は果実の表皮とな
り,内側の層が硬い組織を発達させて殻(核)となり,中間の層が多肉化して果肉とな
ります。
一方,イチョウの「花」はと云いますと,これはウメの花とは比べものにならない位
質素です。実は裸子植物には花はなく,この雌性生殖器は正しくは「胞子嚢穂ノウスイ」と
呼ばれます。今とりあえず「花」と呼んでおきましょう。イチョウは雌雄異株で,雌の
木においては春に葉が出るのと同時に,細長い柄の先に2個の小さな緑色の膨らみを持
った「雌花」を咲かせます。この「花」には花弁や萼片は勿論のこと,鱗片リンペンなど「
花」を飾るものが何もありません。柄の先のこの小さな膨らみをよく見ますと,先端が
やや尖り,その先に小さな穴が開いています。受粉の時期になりますと,この穴から小
さな水滴が分泌され,風に乗って飛んで来た花粉がキャッチされます。その後,水滴は
吸収され,それに伴って花粉も穴の中に取り込まれます。断面で見ますと,先がやや尖
った丸い珠心を1枚の厚めの膜(珠皮)が包んでいて,その先端に開いた(珠孔)から
花粉が取り込まれたことが分かります。珠心には造卵器が形成されますが,受粉のとき
には未だ完成していません。花粉は珠心の先端の窪み(花粉室)において発芽し,珠心
の組織から栄養を吸収しながら発達します。秋の初めになりますと,大きな2個の精子
を作り,丁度時を合わせて完成した卵細胞と受精します。
春の受粉刺激によって発達を始めた胚珠は,受精時には一人前の「実」になっていま
す。断面で見る通り,イチョウの「実」の表皮は,1枚しかない珠皮の一番外側の層か
ら出来ていて,内側の硬い殻は珠皮の最内層から出来ています。気触カブれる「果肉」の
部分は,その中間の層に由来し,殻を割ったときに現れる渋皮は珠心の外側の層に由来
します。即ち,イチョウの「実」はこれ全体で種子なのです。私共の食べる銀杏は,種
子の中心部分に過ぎません。
このようにそれぞれ花から実への成長を追って行きますと,イチョウの「実」はウメ
の子房の中にあった胚珠と相同で,子房に相当するものが無いこと(ですからイチョウ
は裸子植物なのです),胚珠の珠皮はそれぞれ1枚と2枚と異なっていて,イチョウの
「実」では3層の構造になるのに対し,ウメの実では殆ど発達しないことなど,断面に
よって見た構造上の類似は,他人の空似であったことが分かります。
〈箱入り娘の被子植物〉
裸子植物と被子植物の構造上の大きな違いは,このように子房の有無にありますが,
何故被子植物は子房を持つようになったのでしょうか。
ワラビやゼンマイなど多くのシダ植物においては,胞子は,直径数十マイクロmの小さな粒
に,親から貰った僅かばかりの栄養分を詰め込んで独立します。地上に落ちた胞子はこ
の栄養分を使って発芽し,光合成をして前葉体を作り,長い時間をかけて徐々に大きく
なって,遂には生殖のための造卵器,造精器を作ります。そして水を媒介として受精を
して次の世代を世に送り出します。
シダ植物においては,このような1種類の胞子を作るもの(同型胞子)から,デンジ
ソウやサンショウモなどのように大小2種類の胞子を作るもの(異型胞子)が生まれて
来ました。大胞子は親から貰う栄養分が多く,雌の生殖器官を専ら作るようになり(小
胞子は雄の生殖器官を作る),親とは栄養的に独立しているものの,親の体の上におい
て発生するものも現れて来ました。そのうち,親の体の一部を間借りして親から栄養を
貰い続けながら発達して造卵器(胚珠)を作り,受精した胚も親から栄養を貰ってある
程度大きくなります。更に独立した後の当座の栄養分も貰ってから,やっと親から離れ
るものが出て来ました。これが種子です。ですから,同型胞子のシダ植物から見ますと,
大胞子のシダでさえ親からたっぷりと独立資金を貰って楽をしているのに,種子植物は
何時までも親の脛スネをかじっている道楽者なのです。
このように成立した種子ですが,それでも子孫を残す上で必須の生殖の儀式である受
精と云う微妙な時期には,胚珠を外界にさらけ出さなければなりません(これが裸子植
物です)。胚珠は瑞々しく,また生理活性が高い分,乾燥に弱く,また傷付きやすい。
そこでこの胚珠を更に親の体の一部で被い,小胞子が発達して作られる花粉の到達場所
を胚珠から離れた処(雌蘂の柱頭)に作り,其処から花粉管を胚珠まで親の体の中を通
りながら導くと云う方法を編み出したものが被子植物です。胚珠を被って保護している
親の体が子房(正確には子房壁)です。雄の生殖器官(花粉)が直接に雌の生殖器官に
到達出来た裸子植物に比べ,被子植物においては花粉は門の外(柱頭)までした来れま
せん。その後,雌の生殖器官(胚珠)に行き着けるかどうかは,雌の親次第と云う訳な
のです。正に被子植物は箱入り娘と云えましょう。
このように被子植物の子房は,胚珠を保護する器官として成立したものですが,それ
が一度成立しますと,当初の目的の保護作用ばかりでなく,成熟して果実となり,効率
よく子孫を散布して繁栄するために,以下に紹介するような様々な形と動きを持つよう
になります。
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