30a 植物の世界「花が実になるまで」
〈果実が太るきっかけ〉
花が咲いて実がなるのは当たり前のことですが,花粉が雌蘂の柱頭に付く現象(受粉
)と,精核が卵細胞と合体して胚を形成する現象(受精=種子形成),それに子房が発
達して果実になる現象は,それぞれ別な出来事です。確かに通常はこの順序で進行しま
すので,それぞれその前に起きた現象が次の現象の何らかの引き金にはなっているが,
必ずしも必須条件ではありません。
[蜂屋柿ハチヤガキ]などの果物において,実はなりますが種子は出来ないと云う現象が
ときどき起こります。こうした果物においては,受精の必要はなく,受粉刺激が子房の
発達を促すことが知られています。また,種子なしブドウにおいては,植物ホルモンの
一種であるジベレリンの液に開花前の花序を漬けることにより,実が出来ます。つまり,
一般には,受粉或いは受精が刺激となってオーキシンやジベレリンなどの植物ホルモン
の形成が始まり,その結果,子房が発達して果実となるのです。
〈何処を食べているのか〉
子房が,胚珠を,そして果実となったときには種子を保護しているのは紛れもありま
せんが,出来上がった果実は,その外形,色,組織・構造,子房のどの部分が発達した
のかなど,それぞれについて大変バラエティーに富んでいます。そのバラエティーは実
が果たす最後の役割である種子の散布と密接に関連しています。
種子の散布の仕方は,実に様々なです。実が熟しますと自然に落ちるもの(ドングリ
),実が割れて種子が落ちるもの(トチノキ)から,風によって運ばれるもの(タンポ
ポ),弾き飛ばすもの(ホウセンカ),動物などにくっ付くもの(ヌスビトハギ)など
がありますが,鳥や獣に食べられて種子散布をして貰うものもあります。
この最後のグループは,一般に果実が大きく,赤,紫,黄色などよく目立つ色をして
います。動物はこの果実を食べながら種子を吐き散らしたり,或いは果肉と一緒に種子
を飲み込んでそのまま移動し,別の場所において排泄することによって種子を運搬しま
す。動物に噛られたり,消化管を通ったりしますので,こうした種子は硬い種皮を持っ
ているか,ウメやモモのように種皮は薄くても丈夫な果皮由来の殻(核)を持っていま
す。このような硬い外層がありますと発芽しにくいのが一般的ですが,中には消化管を
通ることにより発芽しやすくなるものもあります。人間も実を「果物」と呼んで,食べ
る動物です。果物の形,色,味は計り知れない多様さを示します。
バラ科においても,熟すと実が開いて種子がこぼれ落ちるシモツケや,花柱が羽毛の
ようになって風によって運ばれるチングルマなどもありますが,多くは食べられる実が
なります。ウメやモモ,サクランボのように石果となって中果皮の美味しくなるもの,
リンゴやナシ,ビワのように花床カショウ(花托カタク)の部分が太って子房を包み込み,花床
組織の内層が美味しくなるもの,オランダイチゴのように花床が大きく膨らんで美味し
くなり,その上に硬い果皮のある痩果ソウカを一杯付けるもの,同じイチゴの名で呼ばれて
いても,びっしり付いた小粒の石果のそれぞれの中果皮が膨らんで美味しくなるキイチ
ゴの仲間,と実に様々なです。
普通果物は,大きく成長した子房の壁の部分が食用になりますが,同じ壁でもいろい
ろな部位を食べていますし,それ以外の思い掛けない部位を食べているものも多い。
ミカンは何処を食べているのでしょうか。ウンシュウミカンの皮を剥きますと,黄色
い皮の内側に黄色い粒々が詰まった袋が放射状に並んでいて,これが一塊ヒトカタマリの組織
のように見えます。ところがクレープフルーツやネーブルオレンジにおいては,皮の内
側には白いスポンジ状の組織があって,房の塊だけを取り出すのは容易ではありません。
いろいろなミカンの仲間を横切りにすると分かりますように,黄色い皮,その内側のス
ポンジ状の組織,房は,連続した果皮であって,それぞれその外層,中層,内層に当た
ります。私共の食べる黄色の粒々は,果皮の内層の内側にびっしりと生えた毛に液体が
溜め込まれたものなのです。ウンシュウミカンのように房の塊が容易に取り出せるのは,
中層の部分が特に柔らかく出来ている特殊な例です。
松笠のような形でリンゴのように美味しいと云うので,その名の付いたパイナップル
は,何処を食べているのか迷います。これは,茎に隙間なく付いていた幾つもの花の子
房がそれぞれ発達し,互いに癒合ユゴウして一つになったものです。「無花果」と書くイ
チジクは,オランダイチゴにおいては大きく膨らんだ花床が,逆に中空の壷状になった
もので,花床とそれに付いた子房を食べています。変わり者の極めつけはザクロと云え
ましょう。大きな丸い果実が割れて赤い粒々が剥き出しになっていますが,この赤い粒
々は何でしょうか。実はこれは種子なのです。種皮の外層が多肉化して美味しくなり,
内層は硬い殻になったもので,いわばイチョウの「実」と同じなのです。
果物の王様と云われるドリアンや,楊貴妃ヨウキヒの好物であったと云われるレイシ(ラ
イチ),火の玉にような赤いランブータンなどの熱帯果実においては,胚珠の付け根の
部分が肥大して種子を被っている種衣シュイ(仮種皮)を食べるものが多くあります。この
ほか,クロウメモドキ科のケンポナシは花柄が棍棒状に膨らんで甘くなります。これも
特異な部分が食べられる例です。
〈種子まで食われる堅果類〉
ドングリやクリなどの堅果類は,種子自体が食べられることにより種子が散布されま
す。このグループにおいては出来た種子が何時も全部食べられてしまう訳ではなく,リ
スやネズミが巣に運んだり,食べ残したものから芽が出て新たに分布が広まるのも事実
で,いわば身の一部を切って他を助ける際どい方法であると云えます。発芽のために種
子に溜め込んだ澱粉などは動物にとっても栄養価が高く,穀類などは私共人類の食糧の
基本をなしています。しかし,種子それ自体が動物の食べ物になってしまう植物は,実
を食べさせて種子を散布させ,自らの分布を広げると云う子孫繁栄の基本的な戦略から,
矢張り外れたものと云えましょう。
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