09 植物の世界「食虫植物の世界」
 
            植物の世界「食虫植物の世界」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
〈食虫植物とは?〉
 現在「食虫植物又は肉食植物」として取り扱う植物は,被子植物に限られています。
 食虫植物と雖も,クロロフィルを持ち,光合成をして独立栄養生活が可能ですが,全
般的に生育地が湿原とか荒地と云った不毛に近い土地であるため,根から吸収できる窒
素,リン,ミネラルなどの栄養分が乏しく,それを捕虫することによって補っている訳
です。従って,食虫植物と云う名称は,栄養補給の特別な手段を獲得した緑色植物の一
群を指す生態学上の呼び名と云うことになります。
 その特別な手段とは,
 @昆虫など獲物を巧みにおびき寄せ,
 Aそれらを捕獲し,
 B溶かして消化し,
 C養分を吸収し,
 D栄養を補って生長と繁殖(種子の生産)に役立てる, 
ことの出来る構造と機能を兼ね備えることです。
 しかし現実には,五つの用件全てを備えた食虫植物は,モウセンゴケ科などでしか見
られません。サラセニア科には,消化液を出す分泌腺すら持たず,消化は専ら微生物任
せで,自分は旨いエキスを横取りするだけのものが多い。
 
〈捕虫の方法と進化の2傾向〉
 捕虫の仕方にも,ハエトリグサなど,素早く動いて葉を閉じ合わせるトラップ(罠ワナ
)式のものから,ウツボカズラ,サラセニアなど,筒状の葉を開いて虫が落ち込むのを
じっと待ち構える落とし穴式のものなど,様々です。
 
     [食虫植物の種類]
 
捕虫方法 属          種数 科
 
粘り付け モウセンゴケ      140 モウセンゴケ
     ドロソフィルム       1 モウセンゴケ
     ビブリス          2 ビブリス
     ロリドゥラ         2 ビブリス
     トリフィオフィルム    1 ディオンコフィルム
     イビケラ         1* ゴマ
     ムシトリスミレ     70 タヌキモ
 
閉じ込め ハエトリグサ        1 モウセンゴケ
     ムジナモ          1 モウセンゴケ
 
吸い込み タヌキモ        213 タヌキモ
 
誘い込み ゲンリセア       20 タヌキモ
 
落とし穴 ウツボカズラ      75 ウツボカズラ
     サラセニア        8 サラセニア
     ダーリングトニア     1 サラセニア
     ヘリアムフォラ      6 サラセニア
     フクロユキノシタ     1 フクロユキノシタ
     ブロッキニア       2* パイナップル
     カトプシス        1* パイナップル
 
注:@ *印は,属の中において食虫植物として認められる種数。
  A 無印は,属内の全ての種が食虫植物であることを示す。
 
 モウセンゴケやムシトリスミレの葉の表面には,沢山の腺毛が生えており,その膨ら
んだ先端から粘液が分泌されます。最初は,不要となった多糖類の分泌物を排出したと
ころ,たまたま其処に虫が粘り付いたのでしょう。更に,虫が逃げようともがき暴れる
ことが葉全体を刺激し,腺毛が折れ曲がって,虫の体を押さえ付けることになりました。
同時に,ペプシンに似た消化液を分泌するまでに進化したのでしょう。
 モウセンゴケの腺毛の先端を覆っていた粘液が剥ぎ取られますと,表面の腺細胞から
消化液が一気に押し出されます。そして,獲物の体の蛋白質を分解し,同じ腺細胞から
分解産物を吸収します。つまり,モウセンゴケの腺毛は,捕獲・消化・吸収を連続して
実行出来ます。
 
 ところが,ムシトリスミレの微小腺毛は粘液を出す機能しかなく,捕獲の役割しか果
たしません。消化液は葉の表面に埋もれた無柄ムヘイの腺から出されます。つまり,消化・
吸収は無柄腺が役割分担しているのです。
 何れにしても,より確実に獲物を捕らえ,自力で消化することが出来る訳ですが,し
かし1枚の葉で捕らえる虫の数量は大したものではありません。ハエトリグサにおいて
は,1匹のハエを確実に捕らえるために,葉の両片を0.1〜0.5秒の速さで動かして閉じ
合わせます。動物のような感覚を持ち,優れた多くの機能を備える点においては進化し
た姿と云えるかも知れません。しかし,ハエを完全に消化して吸収し終えるまで,7日
から10日間も要するのです。
 
 ウツボカズラやサラセニアは,葉の大部分を壷形や筒形の落とし穴の構造に変え,内
壁に蜜腺を付けて虫をおびき寄せます。
 ウツボカズラの捕虫袋の中には一定量の水が溜まり,それより上の内壁に鱗状のクチ
クラが重なっていて,虫が止まろうとしますと簡単に剥がれ落ち,虫は足を滑らせて水
面へ落下します。水液中には表面活性物質などが含まれているため,虫は間もなく沈ん
で水死します。その後は,虫の体に付いていたり水の中に居た微生物が,虫の体を分解
します。底の方の内壁には沢山の吸収腺が並んでいて,分解産物をせっせと横取りして
吸収してしまいます。
 サラセニアの筒状葉の内壁には,下向きの刺が沢山生えていて,虫を奥の方へと追い
込み,餓死させます。忽ち微生物が働いて,消化が進行します。不思議なことに,若い
筒状葉の中に最初の獲物が1匹捕らえられると,次々と獲物がおびき寄せられ,落ち込
んで,中は虫の死骸で満杯となります。
 
 要するに,食虫植物としての機能の進化の傾向として,「獲物を1匹ずつ確実に捕ら
えて食べるモウセンゴケ・ハエトリグサ型」と,「多量の獲物を見境もなく次々と連続
して捕らえ,消化は微生物任せのウツボカズラ・サラセニア型」の2通りの区別が出来
ます。生理機能の面においては,前者が多くの優れた機能を持つと考えられますが,捕
虫のためのエネルギー消費と吸収可能な栄養分との損得勘定においては,寧ろ後者の型
が優れているのかも知れません。
[次へ進んで下さい]