田山花袋「蒲団」より
時雄は雪の深い十五里の山道と雪に埋もれた山中の田舎町とを思いやった。別れた後そのままにして置いた二階に上った。懐かしさ、恋しさの余り、微かに残ったその人の面影をしのぼうと思ったのである。武蔵野の寒い風の盛んに吹く日で、裏の古樹には潮の鳴るような音がすさまじく聞こえた。別れた日のように東の雨戸を一枚明けると、光線は流れるように射し込んだ。机、本箱、びん、紅皿、依然として元のままで、恋しい人はいつものように学校に行っているのではないかと思われる。時雄は机の
性欲と悲哀と絶望とがたちまち時雄の胸を襲った。時雄はその蒲団を敷き、夜着をかけ、冷たい汚れたビロードの襟に顔を埋めて泣いた。
薄暗い一室、