四万十川 2026.5.5〜6

四万十川への「もう一度旅」をどのような旅にするか。しばらくイメージできませんでした。久々にキャンプしたい。できることならカヌーもしたい。いつ行こうか。断片的にしか考えられず、まとまりません。そこで、これまで四万十川へ行った4回のなかで一番楽しかったのはいつだろう?と振り返ってみました。3回はいつもの仲間とツーリング、あと1回は家族と過ごしたファミリーキャンプ。そりゃぁファミーリーキャンプが一番でしょう。

2000年のゴールデンウィーク、家族4人口屋内キャンプ場で2泊。カナディアンカヌーをレンタルし、みんなで乗り込み川下りもした。家族で出かけた場所へ一人で行くのはいささか寂しい気がしますが、ゴールデンウィークの賑わいの中ならば寂しさもまぎれるに違いない。四万十川のカヌー事情を調べてみたところ、あの時利用したシマムタ共遊国は残念ながら廃業していましたが、他にいくつかのカヌー事業者があるようです。それぞれのツーリングメニューを見比べて、「四万十カヌーとキャンプの里 かわらっこ」の半日カヌーツーリングに決め、家族でのカヌーと同じ5月6日午前中を予約しました。前夜は口屋内でキャンプしよう。あの時見たテント村の賑わいが脳裏をよぎりました。

 

1.江川崎

宇和島でカーナビに「くちやない」と入れて検索すると「口屋内キャンプ場」が出て来た。目的地は簡単に定まった。いざ出発だ。
宇和島から国道320号線を進み、一気に山を駆け上がる。上がった山を下ったところで右折し国道441号線。この先は開けた川沿いの道が続く。川は四万十川の支流、広見川。愛媛県内を流れ、県境を越え江川崎で四万十川本流と合流する。途中の「道の駅 虹の森公園まつの」で休憩し、川の様子を覗う。前々日の雨のせいか、泥の色が少し混ざった薄い黄緑色だ。

正午少し前、江川崎の「道の駅 よって西土佐」に到着。駐車場に車を止め、まずは川沿いの道を歩いて遡り、広見川を跨ぐ新川崎橋へ。この橋の上からは、四万十川本流と広見川が合流する様子が良く見える。二つの流れはなかなか混ざり合わず、境目に一筋の線が出来ている。広見川の薄い黄緑色と比較すると、本流の方が濃い色をしている。泥は混ざっていないが、澄んでいるようではない。

道の駅に入り食材を物色する。産直市的なものを期待していたが、お土産品と弁当類ばかり目につく。今夜のキャンプの食材を探すが、なかなか良い品が見つからない。この先買い物のチャンスが無いかもしれず、目を皿のようにして2回3回、売場をぐるぐる。結果、じゃこ天4枚と、5本入りペッパーウインナー、昼食用にぼたもちを購入した。

再出発して間もなく、右手に「スーパー彦一」を発見。よし、改めて買い出しだ。道の駅で買い物をしたことなどすっかり忘れ、豚焼肉用、手羽中、ししゃも、大袋ウインナー、ビール、地元の焼酎「ダバダ火振」、水2リットル。ついつい調子に乗って、量など気にせず買いまくってしまった。それでも「足りないかもしれない」との不安をぬぐえなかった。

 

2.岩間の沈下橋

国道を下流側に進み、岩間沈下橋にさしかかる。橋へは車で直接行くことはできず、少し下流側にある駐車場へ。そこは展望所にもなっていて、沈下橋を見下ろすことができる。晴れ渡る空の下を四万十川が滔々と流れ、そこに沈下橋が架けられ、歩いて渡る人の姿が見える。
「あぁ、四万十川に来たんだ。やっぱりきれいだ」
見ていると胸がいっぱいになり目頭が熱くなってしまった。どうしてしまったのだろう。考えてみれば、この沈下橋を高いところから眺めたことはない。いつもカヌーで下ってきて、橋を潜った下流側に上陸、休憩していたところだ。

気持ちを落ち着け沈下橋へと向かう.。駐車場からの階段を降りた先は遊歩道になっており、橋の真横に出た。ゆっくり歩いて向こうへと進む。対岸に広がる川原では、カナディアンカヌーのグループが休憩している。何やらゴージャスな雰囲気だ。橋のすぐ下流側には、ダッキーが3艇置いてある。こちらはカヌー体験だろうか。やっぱりここはカヌーイストのメッカ四万十川。今度は満面笑顔。視線を落とすと、足下を流れる水量の多さに圧倒されてしまう。こんなに流れる四万十川は初めてだ。橋を渡り切ったところに座る警備の男性に聞いてみると、
「一昨日たくさん雨が降ったんで増水しています。それまでは少なかったんだけどね」と教えてくれた。
橋から続く坂道を上がり、カヌーツーリング時に利用したことがあるトイレへ。横には「岩間キャンプ場」との表示がある。なるほど、トイレと水場があるので、川原にテントは張れるし、堂々たるキャンプ場だ。「どれどれ」と見渡してみたが、テントは一張りもない。
「岩間は人気がないんだね」この時点では、この後に起こる展開を、何ら想像することはできなかった。

 

3.口屋内キャンプ場

午後2時、口屋内沈下橋の途中にある待避所のようなエリアに停車。口屋内沈下橋は全長241.3メートルで、四万十川の沈下橋では2番目に長い。待避所は中州につながっていて、そのまま歩いて川原へと下りることができる。歩いて下りた川原一帯が口屋内キャンプ場だ。
待避所には、先に2台の車が止めてあり、別に1台、川原の中に軽貨物車が止まっている。混雑していて車を止めれないことも想定していたので拍子抜け。テント村どころか、誰もいない川原が広がるばかり。川原の沈下橋寄りのところで、一人の男性と女性二人が話をしている。どちらもキャンプするような感じではない。用事が済んだのか、男性は川原の軽貨物車に乗っていなくなってしまった。女性達は駐車中の軽自動車の持ち主だろうか。
上流から二人が乗ったインフレータブルカヌーが下ってきて、沈下橋の手前に巧みに漕ぎ寄せた。二人はカヌーを川原に引き上げ、止めてあるもう一台の車へ。残りの1台は彼らの車だったようで、ここが彼らのゴール。片付けが済めば行ってしまうだろう。
「やばい。こりゃぁ一人キャンプだ。まだ時間も早いし別のところへ行くか。でも岩間へ行ってもきっと一人だ。」
ゴールデンウィークの賑わいに身を置こうとやって来たのに、岩間をあざ笑った罰が当たったのか。あの頃はブームの真っ只中だったのか。四半世紀経ち、アウトドアのスタイルもすっかり変わってしまったのだろうか。

動揺はしたが、慌てて結論を出す必要もないので、ひとまず辺りを見て回ることに。橋を歩いて渡り左岸の集落へ。「民宿せんば」は営業しているが、その向かいの売店はもうやっていない。買い物は済ませているので問題はないが、どうしてもネガティブな気持ちが増してくる。少し上流側にあった「旅人の宿」のような施設もなくなっている。続いて沈下橋を渡り右岸へ。トイレがあった場所にはゴミ集積場があるが、閉鎖されていてトイレはなくなっている。
「やば過ぎる。岩間にはトイレがあるから、同じ一人キャンプならあっちの方がましかも。明日カヌーをする『かわらっこ』まで行ってもいいけど、一人で転がり込むような場所じゃないな」など考えを巡らせた。

沈下橋の待避エリアに戻った時には軽自動車はなくなっており、女性たちの姿も見られない。カヌーの男性二人は、せっせと撤収作業を進め、車への積み込みも始まっている。間もなくここで一人になる。どうするかそろそろ決めなければならない。
見ると、一人のおばさまが橋を歩いて渡って来る。地元の方に違いない。すがるように近づき、
「こんにちは。以前ここでキャンプしたことがあり来てみたんですけど、最近はキャンプする人もいないみたいですね」と声を掛けると、
「そうですね。前のようではないです。今年はこれまで水も少なかったので、川原の草も増えていてキャンプできる場所も狭くなってますね」
「以前、あそこにあったトイレもなくなってしまったんですね」と言う私に、おばさまは、
「トイレだったら、上の学校のところを開放しているから使えますよ」と、教えてくれた。これは有力な情報だ。おばさまが行ってしまってから学校へ確認に行くと、体育館の正面に「トイレ」の張り紙があった。中は管理が行き届いていて快適。これなら大丈夫。ようやく腹が据わった。
車に戻り、積んであるテントや椅子などを川原に持ち出す。
「ここでキャンプ。明日の朝まで車は運転しない。」
缶を押し開け、覚悟のビールを喉に流し込んだ。午後2時半のこと。

  

時間はたっぷりある。川に向かって椅子に腰かけ、ぼたもちを食べながらビールをまた一口。とっても気持ちいい。下流から水面ギリギリに白い鳥が飛んできた。ヤマセミだ。
「どこかに止まってくれ」と、祈るように見つめるが、見えなくなるまで一度も止まることなく上流へと飛び去ってしまった。
よし、ここからしばらくは野鳥タイム。望遠レンズをセットしてファインダーを覗き、川原を歩き回る。すぐ近くでホオジロがしゃべるように歌う。アオサギ、イソシギ。上空を舞うのはミサゴだろうか。上流側の砂地にはダイサギがいる。ファインダーを覗いていると、ダイサギの後ろにカヌー船団が現れた。岩間にいたカナディアンのグループだ。ここまで下って来ないかなと期待したが、ダイサギがいる砂地に上陸してしまった。

キャンプサイトに戻りテントを張り終え、そろそろ夕食の準備に掛かろうと車に食材を取りに行くと、橋の下流側に一艇のカヌーが着岸しており、女性が一人立っていた。目が合うなり、
「キャンプですか。いいですね。うらやましいです」と、声を掛けられた。
「いえいえ、一人で寂しいもんですよ。下って来たんですか」
「はい。黒尊です。雨が降り増水してたので、今しかないと思いやってきました。普段は浅く、底を擦ってカヌーは難しんです」
「黒尊川は、きれいだって名高いですよね」
「はい、とってもきれいです。上流には親公園道もあり川に近づけるので、是非行ってみてください。」
よし、明日は黒尊川に行ってみよう。

木炭に火を起こし食事の支度をしていると、待避所に軽トラが止まった。先ほどのおばさまだ。
「車がなくなってるから、キャンプしないのかと思ったけど、あなた一人なのね」と言い、豆ごはん、タケノコの煮つけ、鶏の揚げ物を差し入れてくれた。ありがたい。たっぷり、腹いっぱいになる量だ。ひょっとして、これ3人分。カヌーの二人も同じグループだと思われてたみたいだ。

 

コンロの金網にカボチャとシイタケを並べ焼きはじめる。頃合いを見て豚肉と手羽中を投入。早々に夕食スタート。まず一気に食べ、その後はゆっくり時間をかけ食べ尽くす作戦だ。食材は食べきれないほどあるのだ。1台車がやって来た。先ほど黒尊川を下ってきた女性がカヌーの撤収に来たようだ。私は構わず食事を続ける。女性は作業を終え、軽くクラクションを鳴らし右手を上げ去っていった。

 

4.民宿せんば にて

そろそろ暗くなるという夕刻、金網に並んだ食材を平らげ、おばさまからいただいた豆ごはんを食べている時、またしても車がやってきて待避所に止まった。中から男性二人が下りてきて、「こっち来い」と手招きしている。何か怒られるのかなと身構えながら傍によると、
「酒飲んでいるの?そこで民宿やってんだけど、来て一緒に飲まない?もちろんお金なんていらないよ」と、矢継ぎ早に言われ、何のことやらと戸惑っていると、
「そういうのって嫌いかな?珍しい貝も茹でてあるよ」と畳みこまれたので、
「嫌いじゃないです。突然でびっくりしたもんで。折角なので伺います」と応じた。
この車で一緒に行こうとも言われたが、さすがに食材出しっ放しはまずいので、片づけてから歩いて行くことにした。既にお腹いっぱいだが、差し入れにしようとウインナーとシシャモをレジ袋に詰め、焼酎の瓶を持ち民宿せんばへと向かった。

民宿せんばに入ると、先ほどの二人ともう一人男性がいた。壁に設置されたモニターにテレビ番組が映し出されていて、それについて三人でガヤガヤやっている。話についていけない私にも気を配ってくれ、お刺身、茹でたカメノテともう一種類の貝(名前を覚えていない)、ビールに焼酎を出していただいたうえ、持ってきたウインナーとシシャモも焼いていただいた。大変なおもてなしに感謝感激。ただ、既にお腹いっぱいだったため、たくさん残すこととなり申し訳なかったです。

ご主人は、川原でキャンプしている人をナンパしてきて、よくここで一緒に酒を飲んでいるそうだ。私はナンパされたのだ。
「もう一人、カヌーツーリングしている者ががそこに上陸し、ここに来ると思うけど、遅いな」と仰るので、先刻手前の砂地に上陸したのがその人達のグループではないかと伝えた。
調子に乗って、グループとは別に、黒尊川を下ってきた女性がいたと続けると、
「その娘はどうした。なぜここにいないんだ」と迫られ、
「いるはずがありません。ふぁんっとクラクション鳴らして帰りましたよ」
「なにやってんだ。ナンパしなきゃ!」
「え、どういうことですか。『肉を買い過ぎて食べきれないので、一緒に食べてもらえませんか』って声を掛けろってんですか」
「そのとおり」
なるほど勉強になる。

民宿せんばは、野田知佑さんの著書に度々登場する場所。野田さんに憧れてカヌーを始めた私にとっては、楽園に漕ぎ寄せたようなもの。野田さんの本を読み感化され、四万十川も何度か下ったことがあるとお伝えすると、野田さんやお仲間達との裏話をたくさん聞かせてくれた。まさに至福の時間だった。
口屋内キャンプ場では25年ほど前に家族でキャンプし、その時は50張りぐらいのテントがあったという私に、
「あの頃はすごかったな。カヌーが多すぎて渋滞し、交通整理して順番に上陸させたりしてたよ。カヌーメーカーのイベントなんかあると大混乱だった」と、ご主人も懐かしそうに語ってくれた。

楽しい夜は瞬く間に更け行く。ご主人から、
「外は寒いからここに泊まっていけ」と熱心にお勧めいただいたが、どうしてもテントで寝たいと午後11時過ぎに民宿せんばを後にした。

 

5.キャンプの朝

テントの中で目が覚めた。まだ暗い。聞こえてくるのは蛙の声だけだ。その後しばらく眠ってたのだろうか、ホトトギスの声が聞こえた。そそそろ明るくなるんだ。外は寒そうなので、しばらく寝袋に入ったままで過ごす。明るくなって来るとホオジロが歌いだした。テントのすぐ近くにいるようだ。夜明けも近い。そろそろ起きよう。
5時を過ぎた頃、テントから這い出した。寒さをしのぐため、寝袋の上に掛けていた毛布を羽織る。西の山の上に光る月は急速に明るさを失い、東の空が明るさを増す。川原で迎える夜明け。しばらくの間ぼんやりと過ごす。
すっかり明るくなり、コンロに火をつけコーヒーを煎れる。沈下橋に出て、鳥の声が聞こえてくる方を眺めていると、昨日のおばさまが歩いて来た。
「おはよう、早いのね。寒かったでしょう、寝れた」と言い、はつらつと橋を渡っていった。おばさまは早くからお仕事かな。昨日からずっと気遣ってくれて、本当にありがとうございました。

 

 

6.カヌーツーリング

9時から「かわらっこ」でのカヌーツーリング。勝間沈下橋からかわらっこ前の川原まで、数キロを下ります。メンバーはかわらっこのガイドさん以下、4人家族が母と娘・父と息子に分かれて2艇、ワンちゃん2匹を連れたご夫婦で1艇、私が1艇、合計5艇・8人と2匹です。陸上でパドルの操作方法を習った後、それぞれ漕ぎ出し実戦練習。橋の下流側は流れが緩い瀞場となっており、反時計回りの円を描き、ぐるぐると何度も回り練習を重ねます。みなさん見る見る上達していく。母-娘ペアの息の合ったパドリングは、端から見て美しい。

いったん上陸し休憩。ファミリーチームの姉弟はとても仲が良く、上陸するなり小石を拾い、川に向かって投げ始める。25年ほど前は、我が家の姉弟も同じように石を投げていたなと、見入ってしまう。

休憩の後は、いよいよツーリング。
「途中に一か所瀬があるので、できるだけ左側を通ってください。右によると早い流れに吸い込まれてしまいます。私は右の方にいるので、くれぐれも私に近づかないように進んでください」というガイドさんからの注意しっかりたたみこみ、いざスタート。

スタート直後は力を入れてせっせと漕いだが、すぐに力を緩めグループの後方へ。急いで進むと早く終わるだけだ。四万十川は滔々と流れている。過去、四万十川では経験したことがない流量で、何もしなくてもすいすい進む。わざと時間がかかるよう、右へ行ったり左に寄せたりしながらゆっくり進む。

やがて瀬に差し掛かる。強く流れているのは右側。確かに左の端を進むのが正解だ。皆さん次々にクリアしていく。先行艇と同じルートを進んでいると、底の石をゴリゴリと擦り何だか物足りなくなった。ガイド艇がいる場所までは、まだかなり余裕があるので、少しだけカヌーを右に寄せ流れの端っこに乗って思いっきりパドリング。かつての感覚が甦った。すいすいすい。とっても気持ちいい。

ゴール後の総括で、
「みなさん、瀬も安全にクリアできましたね。一人だけ流れに引き込まれかけてましたけど」とガイドさんに言われ、流れに乗せてはいけなかったんだと反省しきりです。

  

 

7.佐田沈下橋

佐田沈下橋は四万十川で最も長い沈下橋で、全長291.6メートル。橋の上に立つと、流量が多いため足下の流れに圧倒されてしまう。橋は所々で広くなり、車が来ても歩行者は待避できるようになっているが、狭い部分にいる時も車が渡って来る。とても恐ろしいので、すぐに引き返すことにした。前回来たときは水量は少なく、手前側には小石の転がる川原があり、橋の真下で子供たちが石投げをしていたが、今は川幅いっぱいに水が流れている。すっかり様変わりしている。

橋を後に駐車場へ戻ろうと歩いていると、一段高いところにある「平成17年9月6日台風14号による洪水水位」の標識が目に止まった。駐車場を取り囲む堤防から突き出すように立てられていて、今立っているところからも5メートルくらい高い。最長沈下橋の架かる広い川幅いっぱいに泥水が埋め尽くす様子を想像すると背筋がぞっとする。そういえば昨夜過ごした口屋内の民宿せんばの室内、床から1メートルぐらいに「2005年(平成17年)台風14号でここまで浸水」と書かれたテープが張られていた。1階はたっぷり水に浸かったので、2階に避難していたそうだ。

2005年の台風14号による洪水では、四万十川では死傷者こそありませんでしたが、建物被害746戸、浸水面積250ヘクタール。四万十川では戦後第二位の洪水規模であった。この台風、昨年訪れた錦川では、錦帯橋の2基の橋杭が流出するなど、全国に爪痕を残している。

  

 

6.黒尊川

午後、黒尊川に沿った道を遡った。昨日カヌーの女性に教えてもらった親水公園を目指すのだが、よく話を聞いていなかったのでどこまで行けばよいのか分からない。ちらちらと川に目をやりながらの運転が続く。大きな橋、1号橋に差し掛かると視界が開け、川がよく見える。橋を渡ったところで車を止め、歩いて橋の真ん中へ。上流側は比較的浅い流れが続き、水を透かし見える川底の小石に陽が差し込み、とてもきれいだ。下流側は、少し先で瀬となっており、こちらも見応えがある。親水公園への期待が高まってくる。

 

流れを左に見ながら上り坂をしばらく進むと、カーブの先に「遊歩道」と書かれた小さな看板が目に入った。この瞬間、目指す場所が親水公園から遊歩道に置き換わる。どこかで車を止めて引き返そうと思いながら進む。左側に橋が架かり、分かれ道となる場所で車を止めた。黒尊川の支流である小黒川との分岐、架かるのは小黒橋だ。ここの景観も素晴らしい。小黒川は垂直に黒尊川へと流れ込む。瀬を下るホワイトウォーターの中に濡れた石が点在、その上にモミジの若葉が覆いかぶさっている。本当にきれいだ。


小黒川の流れ込み

引き返して、先ほど目にした遊歩道の立て札へ。横には広場があり、玖木公民館が建てられている。立て札の脇から木立を抜けて川原へ。5メートル位の幅を、透き通った水が瀬となり勢いよく流れ下る。見ていると、その美しさにとっても幸せな気持ちになる。
下流へと戻る車から、また遊歩道の立て札が目に止まった。もちろんそこにも立ち寄る。大きな岩の下が淵となっており、かなり深さはがありそうだ。底まではっきりと見える。黒尊川は本当にきれいな流れだ。

   

 

8.津賀ダム

今回最後に目指すのは、支流の梼原川にある津賀ダムだ。本流にダムのない四万十川と言われるのは、支流にはダムがあるため。水利権の更新問題で時々ニュースになったりするダムなので、かねてより一度見てみたいと思っていた。戦時中の1944年に完成した堤高45.5メートル、四国電力が管理する発電用ダムだ。ダムに至る道は昔からのままで、路上には上から落ちてきた小石や小枝が散乱している。ダム自体もとても古い感じだ。ダムカードを希望する人は、ダムが映るように自撮りしてメールを送信するようにとの張り紙がある。やむなくダムをバックにスマホのシャッターを押した。

蛇足であるが、後日届いた津賀ダムのカードには、「河川名:渡川水系梼原川」と書かれている。四万十川の河川法上の正式名称は渡川だった。1994年7月25日に河川名は四万十川に変更されたが、水系としては渡川水系のまま。何とも妙な感じだ。

賑わいに身を置こうと、ゴールデンウィークに四万十川にやってきたものの、思いがけず一人でのキャンプ。一人ではありながら、地元の方々に温かくおもてなしいただき、そしてしっかりと見守られ、寂しいと思うことはありませんでした。
四万十川に沿った道路は広く立派な箇所が増え、今も工事が進んでいます。便利さは増しましたが、四半世紀前より透明度はかなり落ちているという印象です。たまたま出掛けた時の状況で、軽々しく断定的に言ってはいけないと認識してはいますが、やはりとっても気になるところです。ともあれ、山々を縫って滔々と流れる四万十川の姿はとても美しく、大切な財産だと強く感じました。四万十川が未来永劫、心の支えとして流れ続けることを願います。

 


四万十川ファミリーツーリング


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