雄鷹台山(253m)・後山(250.8m)・高山(299.0m) 赤穂市 25000図=「相生」


赤穂市民が親しむ出会いの山 
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千種川の対岸より雄鷹台山(左)・後山(右)を望む

 雄鷹台山は、赤穂市街地からいきなり登れる山である。赤穂を代表する山であり、赤穂市民に愛されている。
 朝、千種川の川面はおだやかに空の青を映していた。対岸に見える雄鷹台山は、その川面に後山へと続く山稜をうっすらと浮かべていた。

 登山口から石段を登ると、御大師堂が建っていた。手を合わせ、壁に張られた「雄鷹台山Map」を見ていると、山を下りてきた人に話しかけられた。
 早朝登山の常連さんで、「誰にも会わない山はさみしい。雄鷹台山は、いつ来ても人に会えるのがいい」と聞いた。

 御大師堂から道は旧道と新道に分かれる。どちらの道にも、「新四国八十八所霊場」の石仏がぐるりと配されている。
 新道の石の階段をゆるく登っていく。登山路に、常緑樹の葉を透かした木漏れ日がやわらかに注ぐ。ヒヨドリの声に混じってヤマガラの声が聞こえてきた。
 「連理木」の札が立っていた。何本かのクスノキが株から分かれて立っているが、その中の二本の木の枝がお互いにつながっていた。 

御大師堂からの登山路 連理木

 「一合目」・・・、登山路には何合目かを示す札がていねいにつけられていた。
 「いっぷく岩」の札が立っていた。そこには、座るのにちょうどいい岩があった。いっぷくするにはちょっと早いが、腰掛けてみた。
 海が見えた。千種川が瀬戸内海に注いでいる。ぼんやりかすむ海に船が浮かび、家島諸島のいちばん西、小松島が見えた。いっぷく岩の背後に重なる岩の間にも石仏がひとつ、ふたつ祀られていた。

 いっぷく岩の先は、道の山側に岩が続いた。岩は、互いに垂直な3つの平面で割れている。溶結凝灰岩に発達した方丈節理である。谷側には手すりがつけられていて、岩と手すりの間を進んだ。
 二合目で、左からの旧道と合流。その上には岩の丘が広がっていた。岩の表面は風化によって白っぽくなっていた。
 岩の丘から展望が広がった。赤穂の市街地が眼下に近い。北に雄鷹台山と後山の頂上が見えた。

二合目の岩の丘

 岩の丘からゆるくなった道を進むと、平らに割れた岩が立っていた。岩棚に二体の石仏が並んでいる。岩の下には「腰掛岩」の札が立ち、ここにも腰掛けるのにちょうどいい岩があった。
 ここに分布しているのは赤穂層の溶結ガラス質凝灰岩。岩を割っても溶結レンズ(火砕流中の軽石が溶結によって押しつぶされレンズ状になったもの)を認めるのは難しい。しかし、溶結レンズは風化が進みやすいことがあって、ここでは風化した面に細長いくぼみとして現われていた。

腰掛岩
 
溶結凝灰岩の風化面に見られる溶結レンズ
(スケールの定規と平行に並んでいる)

 登山道の両側にドウダンツツジが並んでいた。ふくらんだ冬芽はまだ少し硬い。もう少しすると白く小さな花が鈴なりに咲き、秋には紅葉が登山道を真っ赤に彩るだろう。
 チラチラと飛んでいたミヤマセセリが、登山道の岩に止まった。
 石の階段の上の三合目は、岩庭の風情があった。

ミヤマセセリ 三合目へ

 ドウダンツツジの間を進んでいく。
 五合目は、急な坂の途中にあった。登山道の東側に張り出した岩があって、その上から千種川がよく見えた。ずっと昔、子供といっしょにハゼ釣りをしたのはあの辺りだったのだろうか。

 ゆるく丸い小ピークの東を過ぎて下ると七合目の鉄塔下に出た。東屋があって、その下で4、5人が憩っている。その中の一人が私の腰のハンマーを見て、岩でも調べているのかと声をかけてくれた。
 雄鷹台山の常連さん。ビシャゴ岩など、周辺の山の話をする。ただ山を歩くよりは、何かを調べながら歩く方が楽しいと言っていた。
 鉄塔下は少し広いコルで、「満天星広場」と名づけられている。「満天星」は、ドウダンツツジの中国での表記。白い花が咲きほころぶようすを満天の星にたとえている。ドウダンツツジの満開の花を、ここから見上げたらどんなだろ。

 ここからも道の両側にドウダンツツジが並んでいた。ホオジロがさかんにさえずった。
 地面をおおったササの枯葉の間にシハイスミレの花が顔を出していた。

シハイスミレ

 八合目、九合目と進んでいくと道がしだいにゆるやかになって、雄鷹台山の山頂に達した。

 山頂は公園のように開けていた。一番高いところに赤穂小学校の登山記念碑。その手前にはあずま屋が建っている。山頂の広場には、小学校の運動場にあるようにタイヤが埋められていたり、鉄棒があったりした。

雄鷹台山山頂

 山頂広場の先端あたりから、南の展望が開けた。眼下に赤穂の街並みが広がり、その先に播磨灘が一望できた。
 空は青く澄んでいたが、海の上には白く霞がかかり海と空が溶け合っていた。
 赤穂海浜公園の端に標高19m、唐船山の小さな高まりが見える。千種川の河口を隔てて反対側に、取揚島が小さく浮かんでいる。その向こうの小豆島は、白くぼやけた二層の雲の上にうすく輪郭だけを現わしていた。
 海から風がゆるく吹き上がってきた。また空を見上げると、何本かの飛行機雲が交差していた。

山頂から千種川河口を見る

 東屋のベンチで休んでいると、ヒオドシチョウが飛んできて地面に止まった。しばらくじっと止まっていたが、そこへミヤマセセリが飛んできて二匹がもつれあって飛んでいった。

 ここで採集した岩石の写真を撮っていると誰かが近づいてきた。顔を上げてみると、なんとS氏だった。
 S氏は大学時代からの友人で私の鳥の師匠。今晩赤穂のホテルで二人飲み会をする予定だったが、ここで会うとは思わなかった。

ヒオドシチョウ

 S氏といっしょに後山へ向かった。雄鷹台山から後山へ続く尾根には防火帯がつくられている。
 ここを歩いたのは17年前。防火帯両側のスダジイは、そのときよりずいぶん大きくなった。樹皮は縦に深く裂け、枝ぶりにも貫禄がでてきた。

 イワツバメの群れが現れた。S氏は声だけで即座に鳥の種類がわかる。
 話をしながら歩いていると、上空からピー、ピー、ピー、ピーと連続した声・・・。S氏が双眼鏡を上空に向ける。「ミサゴじゃ!」
 羽をたたんでは急降下し、また舞い上っていく。ミサゴはそんな飛び方をくり返した。
 ディスプレイフライト・・・トビやサシバも近くに現れたが、それらから縄張りを守るための誇示飛行だと教えてもらった。

スダジイ並木の防火帯 上空を舞うミサゴ

 防火帯の間から帯状に見える空に現れては消えるイワツバメやミサゴを見ながら歩いた。
 ゆるくアップダウンをくり返し、防火帯の分岐を東に登ると後山の山頂に達した。
 
 三角点の横に立つ送電線鉄塔の下から東がよく見えた。真下に砂子の集落、千種川をはさんで坂越の集落が広がる。山の切れ間に坂越湾がのぞき、そこに生島のひょうたん型が見えた。
 また、イワツバメが飛んだ。ここより下を飛んだときに腰の白が見えるとS氏。しかし、私は見逃してしまった。

後山から坂越方面を眺める

 後山を下った分岐で、S氏と夕方までしばしの別れ。
 ここから高山へ向かった。ずっと防火帯が続いた。防火帯の幅はこれまでよりも広くて8m前後。両側は植林されていなくて、そのままの自然林。
 ヒサカキが白や淡ピンクの小さな花を枝いっぱいにつけていた。ウグイスのさえずりが近い。テングチョウがチラチラと私の前を飛んだり、地面に止まったりする。
 羽に青をもつチョウが目の前をさっと横切った。

高山へ

 ゆるく登った小さなピークに「271.6m」の札。ここを越すと、S字に曲がった尾根の向こうにアンテナを載せた高山が見えた。まだ遠い。
 「岩屋寺跡」の標柱が立っていた。標柱の説明によると、周辺より平安時代頃の須恵器椀が出土している。ふもとの加里屋新町にあった長安寺の前身だったという。
 スダジイの低く広がる枝の下をくぐり、標柱のうしろに分け入ってみた。土塁の中に平地があって、そこにいくつかの礎石が埋まっていた。

 ここまでイノシシのぬた場がいくつかあった。イノシシも、この防火帯を利用して歩いている。送電線手前のコルには、3つ4つの穴がくっついた巨大なヌタ場があった。

 防火帯は遊歩道につながっていた。バラスの敷かれた道をひたすら歩く。道の両側には、コシダが繁茂している。コナラの木ははまだ葉を出していない。コバノミツバツツジがちらほら咲いていた。

 高山の三角点は、NTTドコモのアンテナに向かう石段の上に埋まっていた。三角点の周囲は、ソヨゴ、ヒサカキ、ウバメガシ、アカマツ、イヌツゲの林。ネズミサシは白い粉をまぶしたような緑の実、サルトリイバラはオレンジ色~茶色の実をつけていた。

高山山頂

 石段の上に座って休んだ。 ふもとから学校のチャイムの音が上がってきた。時計を見るとちょうど2時。
 上空には巻雲が現われていた。反対側には波状雲が帯状に延びている。明日には天気がくずれるという。
 雲の上には、上弦前の月がうすく浮かんでいた。

高山上空の巻雲と飛行機雲 高山上空の波状雲

 高山の山頂から細い山道を東にたどってもとの遊歩道に戻った。そこから、朝自転車を置いた地点へと下った。

山行日:2026年3月24日

登山口~雄鷹台山~後山~高山~自転車デポ地 map 
 JR播州赤穂駅から5分のところに雄鷹台山の登山口がある。登山口には、車5、6台止められる駐車場がある。
 登山口から雄鷹台山までの登山路はよく整備されている。雄鷹台山から後山までは防火帯を歩く。後山からも防火帯を進み、途中から遊歩道に出て高山山頂に達した。
 高山から赤穂高山墓園上の舗装が始まったところまで歩く。ここから、朝デポしておいた自転車に乗って山を下った。

山頂の岩石 後期白亜紀 赤穂層 溶結ガラス質凝灰岩
溶結ガラス質凝灰岩(雄鷹台山山頂)
Q:石英 Pl:斜長石 Kf:カリ長石 L:石質岩片
 雄鷹台山から後山、高山には後期白亜紀の赤穂層が分布している。赤穂層は、赤穂カルデラを埋積した火砕流堆積物と考えられている。
 ここで見られたのは、流紋岩質の溶結ガラス質凝灰岩、あるいは溶結ガラス質火山礫凝灰岩である。 色は灰色のことが多いが、風化や変質によって灰褐色、灰緑色、灰青色などを示す。風化の進んでいる岩の表面は、白ぽっくなっていることが多い。火山礫は、雄鷹台山山頂付近で多くふくまれていた。
 写真は、雄鷹台山山頂の岩石である。強く溶結していて、硬く緻密である。灰色ガラス質の基質に、石英・斜長石・カリ長石の結晶がふくまれている。石英は破片状のものや融食形を示すものが多い。溶結レンズは、破断面では認めにくい。

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