鹿友会誌を紐とく
第二十九冊(昭和元.12)
 
△「兎月園の会 小田島信一郎」
 月居忠悌氏曰く「鹿友会は近頃どうも陰性を帯びてきたように思う。今にして陽性に 転換させなければ、終には破滅を招くばかりである」。東北に関わる人の話を聞こう。
 今年の忘年会として「キリタンポ会」をやろうという計画。
 
 他郷人の見た鹿角、平uS穗画伯と語る。「私が鹿角の土を踏んだのが前後三回、最初は 明治四十年頃、大町桂月翁と十和田、二回目は大湯から十和田へ、第三回目は花輪に一寸行 っただけ、余り印象にのこっていないが、猿賀神社辺りは、高原の蒼茫たる光景が今も ハッキリ記憶にある」
 
△奨学金 貸費生二十二名(卒業十七名・修学中五名)
 
△鹿友会々員名簿 賛成員三十八名、
 正員 東京附近百十四名・地方百十九名(内朝鮮他海外十八名)・郷里百二十五名

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