鹿友会誌を紐とく
第十四冊(明治45.3)
 
△「米白河東より 花輪 KS生」
 (明治四十四年の祭り)本年は気候も順当にて、農作も先づまず豊年の見込充分なる より、盆は何となく景気付き、盆踊りも回復の兆ありてなかなか盛なりしが、九月十二 日愈々各町申合せ、殆ど十年以来とも云ふ可き盛なる鎮守祭典が挙行せられ候、当日は幸 に晴天にして非常の賑ひなりしず、各町の出し物は谷地田町……本屋台(能代芸奴の芝 居)、腰抜(当地芸者の手踊)、六日町……本屋台(同上)、腰抜(同上)さぎり、大 町……腰抜(大舘連の秋田音頭)、新町……腰抜(扇田連の秋田音頭)、横丁……腰抜 (当地芸者の手踊)、太神楽、一体何の位の入費にてこれだけのお祭りが出来るものに や、後来の参考まで谷地田町の分を左に掲ぐれば、
一、金百七十三円六十五銭也……芸者代宿泊支払共
一、〃八十五円六十銭……幕納費用
一、〃四十五円五十銭……人夫酒肴出代
一、〃三十一円一銭……屋台修繕費
一、〃百三十七円三十三銭九厘……諸雑費
 合計四百七十三円十九銭九厘也
 尚、六日町約三百七十円、大町二百円、新町二百五十円、横丁二百円
 
△「英吉利より日本へ 在英国(シェフヰルドにて) 佐々木彦太郎」
 約九ケ月間いるが、ロンドン滞在とは名のみで、一ケ月居たことはない。  本日十三号受けとった。日本語は寝言ぐらいしか使えず、同輩と日本語を語る時の嬉 しさは例えようがない。
 同じ意味で上京中、帰郷した遊学生が鹿角で意気がって東京弁など使っているのを見 ると、余りいいものではない。
 鹿友会においても、鹿角魂発揮の方法として、鹿角弁を採用されたい。何処において も、納豆(ナット)・ジブシ・味噌大根(ミソデェゴ)の味は忘れない様に。
 当地で日本食に対し侮辱がましき質問を受けたが、多少出鱈目を吹き煙にまいておい た。
 
 ロンドンにおいて婦人賛成(参政?)権運動が起っているが、大変すさまじいものが ある(商店のガラス窓をこわす等)。日本の婦人は、世界一従順なるを知った。
 目下全英国通じて石炭欠乏の為、大工場閉鎖等の不況下にある。大変な国状にあるこ とを報告す。
 
△本会奨学金貸費生 札幌東北大学生山口岩吉(宮川村)毎月五円
 賛成員三十一名、
 地方会員 百二十八名(他郷六十九名)、在京会員四十九名(学生十八名)

△故大里医学士追悼録(別掲)
 正道を踏んで公共のために不抜の精神を発揮する事

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