鹿友会誌(抄)
「第十四冊追悼録」
 
△主義一貫の人   静堂 内田平三郎
 私は御承知の如く、昨年の県会議員選挙の際に止むを得ざる騎虎の勢から、故学士と 並べて中原の鹿を争ひましたが、元々学士は学生時代から兄事し、社会に出てからも先 輩として始終敬意を払って居りました方故、引くに引かれぬ場合とは申しながら、当時 は実に心苦しく思ひました。まして突然訃音に接した今日、実に感慨無量なるものが御 座います。生憎葬儀の際も例の船川問題で上京中なりし為め、参列も出来ず残念に存じ ました。
 そこで吊詞代りに、私の学士観と云ふ様なものを少し申述べますれば、学士は実に主 義一貫の方、飽くまで大里式を発揮して一生を過ごされた所に、常人の及び難い点があ ったと思ひます。学士は、医師で居られながら随分種々の事に手を出して、公共の為め に尽されました。之れは一方から云へば大分非難のあった事でもあり、処世上にも寧ろ 不利益であったらしいですが、学士は信ずる所によって少しも動かず、方針を変へるな どゝ云ふ事は、生涯なかったのです。又医師としても不愛想だとか、頭が高いとか云ふ 批評もあり、忠告を試みた人もありましたが、之れも別に改むる必要がないと云うて、 始終態度を変へらるゝと云ふ様の事がありませんでした。総べて人の言に動かされず、 衆口に惑はされず、信ずる所を行って、少しも批評や利害関係などに頓着しなかった所 に、学士の強い高い人格が明かに現れて居ると思ひます。
 
 私は、昨年競争場裡に立つに 当って、出来得るならば、学士との競争を避け度いと思ひまして、実は一夕学士を訪 問し、赤心を披瀝して一考を求めました。其の中には、貴方が医師で居ながら政界に乗 り出すと云ふ事は、無論悪くはないが、勢ひ本職の方が疎かになって、医師の本分に背く 事になりはしないか、元来あなたが何んでも御座れの、いろいろな公共事業に肩を入れ らるゝは、世の中の為め難有い事ではあるが、医師の本分と云ふものから云ったら、何 んなものであろう、などゝ思ひ切て無遠慮に切り込みました。すると学士は相変らず、 盃を手にして、ニコニコされながら『夫れは全く御説の如くである、併かし私は医者と してより、先に一個の人間として此の世の中に飛び出したのであるから、医者として世 の中に尽す外にも、一個の人間として社会の役に立つことなら何んでもやり度いと思ふ 、今度の選挙の如き、私は強ち出度いと云ふのではないが、私でなければならないと云 ふ人があって、投票さるゝ場合は、私の主義から御断りをする理由を持たない云々』と 云はれました。私も其の説の条理正しきに感服して、妥協は思ひ止まりて、引き取りま したが、之れによって見ても、学士の見識が俗流を抜いて居ったことが分ります。要す るに、学士は医師として専門の業に没頭す可く、余りに人格が大きく血があり過ぎまし た。
 
 も一つ学士の為めに特筆し度いと思ふ事は、甚だ利慾の念に薄かったと云ふことであり ます。学士の人望盛なりしは、其の人格より来て居るは勿論ですけれども、此の点も与 って力あったことと思ひます。社会万般のことが益々紛雑して来て、益々適当の指導者 を要する場合に、確乎たる一個の見識を備へ、社会に対して熱烈なる誠意を持って居っ た学士を失うた事は、実に取り返しの付かない我が郷党の大損害であります。噫

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