31 植物の世界「花の色のメカニズム」
 
           植物の世界「花の色のメカニズム」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 自然界には極めて多彩な花の色があります。植物にとって花の色は,昆虫を惹き付け,
受粉するのに役立っていると考えられ,高等植物の進化に大きな役割を果たしているも
のと考えられます。
 人間にとっても,様々な花の色は生活に潤いをもたらしてくれます。またこうした要
求を満たすべく,古くから,より美しい色の花を作り出すために品種改良が行われて来
ました。近年においては色素分析の研究を基に,更に新しい品種の育成も行われ,実に
沢山の種類の色の花が見られるようになりました。
 
 花の色が赤や黄色など様々に見えるのは,その植物にいろいろな色素が含まれている
からです。色素の中において代表的なものは,フラボノイド,ベタレイン,カロチノイ
ド,クロロフィルの4種類の色素群です。これらが単独或いは共存して,淡黄から黄,
赤,紫,青,緑へと広い範囲の色を発現しています。これらのうちフラボノイドとベタ
レインは水に溶けやすく,花弁の細胞内の液胞エキホウに溶けて含まれますが,カロチノイ
ドとクロロフィルは水には溶けにくく,細胞内の色素体と呼ばれる小さな粒の中に含ま
れています。
 
〈最も普通な色素群〉
 フラボノイドとは,C6-C3-C6の基本化学構造を持つカルコン,フラボン,フラボノ
ール,オーロン,アントシアニンなどの色素の総称名です。フラボノイドは植物界に広
く存在しており,花のほか根,茎,葉にもあります。種類も非常に多いが,花色の中心
となっているのはアントシアニンです。アントシアニンは橙から赤,紫,青,水色まで
の広い範囲の,目立った色を発現しています。
 
 アントシアニンは配糖体(糖と結び付いて存在する物質)として存在しており,糖の
種類や結合する位置,数などによって多くの種類に分けられますが,糖を遊離させて残
った物質であるアグリコンの種類は限られており,その主なものは6種類と云われてい
ます。このうちペラルゴニジンは橙赤色,シアニジンは赤色,デルフィニジンは赤紫色
で,水酸基が増えるに連れて色調が青味を増します。また水酸基がメチル化しますと赤
味が増します(中略)。
 一方配糖体の型においては,グルコース,ガラクトース,ラムノース,キシロースな
どの糖が,アントシアニンのアグリコンに結合しているものが多いが,結合する種類や
数が異なっても,色自体は殆ど変わりません(中略)。
 またアントシアニンの中には,糖の部分に更にパラ・クマール酸,カフェ酸,フェラル
酸など芳香族の有機酸を結合しているものもありますが,これらは色調には影響しませ
ん。
 
 アントシアニンのほかに花色に関係するフラボノイドとしては,フラボン,フラボノ
ール,カルコン,オーロンなどがあります。
 フラボンやフラボノールはそれ自身は無色から淡黄色で,単独で花色を発現している
例は少ない。白い花の場合,その殆どにフラボンやフラボノールが含まれていますが,
これが白い訳ではなく,花弁の細胞間隙カンゲキに空気が入っているためです。フラボンや
フラボノールは,アルカリ性にしますと黄色になる性質があるので,その存在を確認す
るには,白い花弁をアンモニア水に浸し,黄色に変わって行くかどうかを見ればよい。
 フラボンはキンギョソウのクリーム色の花に含まれ,またフラボノールは,白やクリ
ーム色のバラやアサガオの花に含まれます。フラボンやフラボノールの色は単独では目
立たないため,共存する他の色素の色が出てくることが多い。
 ただしフラボンやフラボノールがアントシアニンと共存しますと,アントシアニンに
対して補助色素として作用し,アントシアニンの色を濃くしたり,色調を青味がかった
ものにする働きがあります。このような働きは自然界に可成り多く見られ,花色におい
てフラボンやフラボノールは,それ自身の色よりも,寧ろ裏方として重要な役割を果た
していることが多い。
 カルコンやオーロンは,フラボンやフラボノールに比べ黄色が強く,黄色から橙赤色
までの色を発現します。ダリア,ベニバナ,カーネーション,ボタンの花の黄色はカル
コン,キンギョソウの黄色はオーロンによるものです。
 
〈ベタレイン系色素の分布〉
 ベタレインは,赤から紫色のベタシアニンと,黄色のベタキサンチンの総称名です。
ベタシアニンはアカザ科のカエンサイの紅紫色の素であるベタニンに代表される色素で,
フラボノイド系色素のアントシアニンによく似た色調を示しますが,化学構造はフラボ
ノイド系色素とは全く異なっています。
 植物界においては,ベタレイン系色素の分布は限られています。それはナデシコ目の
ザクロソウ科,ツルムラサキ科(ツルムラサキなど),スベリヒユ科(マツバボタンな
ど),ヒユ科(ケイトウ,センニチコウなど),アカザ科,サボテン科,オシロイバナ
科(オシロイバナ,ブーゲンビレアなど),ヤマゴボウ科(ヨウシュヤマゴボウなど)
です。
 例えばマツバボタンの花の色は,黄,橙,赤,赤紫といろいろな種類がありますが,
全てベタレインで,アントシアニンは含まれていません。そのほかサボテンの花の黄,
赤,紫色や,オシロイバナ・ブーゲンビレア・ケイトウなどの花,果実,葉の赤から紫
色は,何れもこのベタレインによるものです。
 分類的には遠く離れているアカネ目のヤマトグサ科にもベタレインが含まれており,
ナデシコ目に分布が集中していることなどとも併せて,ベタレインの分布と系統分類の
関係が注目されています。
 
〈カロチノイドとクロロフィル〉
 カロチノイドは黄色から橙色,赤色の範囲の色を示す色素で,カロチン類とキサント
フィル類に大別されます。カロチン類は炭化水素,キサントフィル類は酸素を含むカロ
チン誘導体で,代表的なものに,前者においてはα-カロチンや健康飲料にも含まれるβ
-カロチン,後者においてはルテインやゼアキサンチンがあります。
 黄色の花にはカロチノイドだけでなく,フラボノイド系の色素であるフラボンやフラ
ボノールが共存していることがありますが,その発色源はカロチノイドの方であること
が多い。例えばマンサクやレンギョウの黄色の花にはフラボノールが含まれていますが,
カロチノイドも多く含まれており,主にカロチノイドによって発現しています。キンセ
ンカ,バラの園芸品種の黄から橙赤色,パンジー,カボチャ,シュンギクの黄色なども
カロチノイドによるものです。
 
 またカロチノイドは,フラボノイド系色素のアントシアニンと共存して含まれている
こともあります。この場合には,カロチノイドとアントシアニンの量の比率やアントシ
アニンの種類が,花色に微妙な変化をもたらします。バラの鮮やかな朱赤色の花の品種
は,カロチノイドとアントシアニンの混合によって発現していますが,これはカロチノ
イド系の色素を持つバラと,アントシアニン系の色素を持つバラとの間の交雑によって
作り出されたものです。
 
 クロロフィルは葉緑素とも呼ばれ,緑色を発現し,葉や茎には普通に含まれています
が,多くの花も蕾ツボミの時期にクロロフィルが含まれています。花が開く頃になります
と,フラボノイド系のアントシアニンやカロチノイド系色素などが急速に合成されてく
る一方で,クロロフィルは消失して行くため,緑色から赤や黄色に染まって行くのです。
例えばアジサイやチューリップなどの花の咲く様子を観察しますと,この変化がよく分
かります。しかし花の中には,咲いてもクロロフィルがそのまま残って変色せず,緑色
のままの花もあります。
 
〈アントシアニンによる花色の発現〉
 自然界の花の色の殆どは,これまで述べました4種類の色素群によって発現している
と云ってよい。これらの中においてフラボノイド系のアントシアニン以外の色素の場合,
花色の発現は比較的単純で,クロロフィルなら緑色,カロチノイドやフラボノイド系の
カルコンなら黄色と云うように,含まれる色素そのものの色がそのまま花の色に現れて
来ます。
 一方,アントシアニンの場合は,いろいろな要因によって同じ色素でも花の色が変異
することもあります。勿論アントシアニンの種類や濃度,複数のアントシアニンが含ま
れる場合には,それらの混合比率などによって,色調は多少異なっています。
 しかしそれだけでは説明出来ない大きな変異が見られることもあります。例えばアジ
サイの花においては,含まれているアントシアニンは全く同じでも,赤くなったり,青
くなったりします。このようにアントシアニンの場合は,発現する色が単純ではなく,
橙から赤,紫,青,水色に至るまで著しい変異を示すのです。
 
 その要因を巡っては多くの研究がなされて来ました。今までに幾つかの説が出されて
いますが,その一つは1913年に発表されたドイツのミュンヘン大学有機化学者ヴィルシ
ュテッター(1872〜1942)によるpHペーハー説です。これはアントシアニンを含んでいる
溶液のpHによって,その色が赤(酸性),紫(中性),青(アルカリ性)と変わるこ
とから,花の色の変異はアントシアニンを含んでいる細胞液のpHによって変化すると
云うものです。
 しかし東京大学の植物生理学柴田桂太教授(1877〜1949)は,アルカリ性の溶液に含
まれるアントシアニンの青色は極めて不安定で,色素を含む花の細胞液のpHはアルカ
リ性ではなく,寧ろ中性乃至弱酸性であることが分かり,青色の発現についてはヴィル
シュテッターのpH説に疑問を持ちました。柴田教授は,フラボノールを酢酸とマグネ
シウムによって還元してアントシアニンを得る実験をしていたとき,青緑色の色素を得
たことを基に,1919年,青色の発現は溶液のpHによるものではなく,アントシアニン
と金属元素との錯サク化合物によると云う金属錯体サクタイ説を発表しました。
 一方,イギリスのオックスフォード大学有機化学者ロビンソン(1886〜1975)は,
1931年にコピグメント説を提唱しました。この説は,アントシアニンがフラボン,フラ
ボノール,タンニン,多糖類などコピグメントと共存しますと,青味を帯びた色調を示
すことから考えられたものです。この現象はコピグメンテーションと呼ばれています。
[次へ進んで下さい]