清宮 幸太郎(きよみや こうたろう)
東京・早稲田実業高から17年ドラフト1位で北海道日本ハムファイターズに入団。高校時代は1年夏の甲子園でいきなり2本塁打の鮮烈デビューを飾るなど、通算111本塁打。ドラフトでは野手として史上最多タイとなる7球団からの1位指名を受けた。
入団1年目は5月に一軍デビューすると初打席で二塁打。通算24打席目には初本塁打も記録した。この年は7本塁打に終わったが、平成以降の高卒ルーキーでは93年松井秀喜(巨人)の11本に次ぐ数字だった。ファームでは45試合の出場ながら、リーグ2位タイの17本塁打と長打力を発揮した。飛躍が期待された翌19年も7本塁打に打率.204と、思うようには数字が伸びずに1年目と変わり映えのしない成績に留まった。
3年目の20年は3年連続の7本塁打に、打率は2割を切る.190と低迷。続く21年はファームで経験を積むことを主眼に一軍出場はゼロ。その代わりにイースタンではリーグ最多の106試合、450打席を積み重ねた。結果は19本で本塁打王、60打点もリーグ2位とこの2部門では結果を残した。しかし打率は.199と確実性の低さは解消されず、課題も残った。
22年は一軍の舞台に戻り129試合に出場。初めて規定打席を満たし、打率は.219と相変わらず低かったが18本塁打・55打点と自己最多を更新した。またプラスワン投票で選出されたオールスターの第1戦ではサヨナラ本塁打を放ちMVPに選ばれた。
23年は打率.244と少し向上。規定打席には届かず、10本塁打・41打点と前年を下回った。24年はシーズン1号が7月と出遅れたが、閉幕まで15本塁打に打率も.300と後半戦は打ちまくった。さらなる覚醒が期待された25年だったが、リーグ2位の143安打を放ったものの打席数の大幅増にも本塁打は12本止まり。それでも2度目の規定打席到達で、前回22年を大きく上回る打率.272でリーグ9位となった。
オールスター出場2度(22、25)、22年第1戦と25年第2戦でMVP受賞。プレミア12出場1度(24)。1999年5月25日生まれ。右投げ左打ち。
| 試合 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 塁打 | 打点 | 盗塁 | 犠打 | 犠飛 | 四死球 | 三振 | 打率(順位) | ||
| 18 | 日本ハム | 53 | 160 | 17 | 32 | 4 | 2 | 7 | 61 | 18 | 0 | 0 | 1 | 19 | 60 | .200 |
| 19 | 日本ハム | 81 | 250 | 26 | 51 | 11 | 1 | 7 | 85 | 33 | 0 | 0 | 4 | 24 | 75 | .204 |
| 20 | 日本ハム | 96 | 226 | 23 | 43 | 9 | 0 | 7 | 73 | 22 | 2 | 0 | 1 | 36 | 59 | .190 |
| 21 | 日本ハム | 一軍出場なし | . | |||||||||||||
| 22 | 日本ハム | 129 | 406 | 52 | 89 | 25 | 3 | 18 | 174 | 55 | 4 | 2 | 2 | 51 | 113 | .219(18位) |
| 23 | 日本ハム | 99 | 356 | 41 | 87 | 20 | 1 | 10 | 139 | 41 | 2 | 0 | 4 | 56 | 69 | .244 |
| 24 | 日本ハム | 89 | 290 | 43 | 87 | 18 | 1 | 15 | 152 | 51 | 1 | 0 | 3 | 36 | 62 | .300 |
| 25 | 日本ハム | 138 | 525 | 63 | 143 | 25 | 1 | 12 | 206 | 65 | 8 | 0 | 5 | 47 | 85 | .272(9位) |
| 計 | 8年 | 685 | 2213 | 265 | 532 | 112 | 9 | 76 | 890 | 285 | 17 | 2 | 20 | 269 | 523 | .240 |