民事訴訟法と実務(3)ADR(裁判外紛争解決手続)

 

裁判所の民事訴訟手続を離れて、裁判外の紛争解決手続(ADR)について、見てみよう。このような裁判外の紛争解決手続をよく知ることによって、裁判所での民事訴訟手続の長所と短所が良く理解できるようになると思う。

 

第1 民事訴訟手続は要件事実を中心に組み立てられている。

 民事訴訟手続は要件事実の在否をめぐって進められている。要件事実以外の事実は、相手がどんなにひどいウソつきであっても、他に重大な犯罪を繰り返していても、例えば貸金返還請求であれば、「金銭授受」とか「返還約束」といった要件事実の有無で勝負が決まることになっており、それ以外の事実は、(間接的にはその事実の存在認定に役立つことはあっても〔間接事実〕)直接そのような事実をもって要件事実を認定することはできない。

 

第2 要件事実だけでは、紛争の全体が十分捉えられないことがある。

 ところが、世の中の紛争は非常に複雑・多様である。要件事実の在否だけでは割り切れないような紛争も沢山ある。とりわけ、これだけ世の中が複雑化してくると紛争・トラブルの内容自体も複雑化してきている。また、本当は(神様から見ると)この要件事実は存在するのだが、証拠が足りなくて認定できないということもある。証拠がない場合には、証明責任の分配によって証明責任を負う者が負けるというのが民事訴訟法のルールである。しかし、証拠がちょっと足りないだけで事実が認定されないということは正義に反する面がある。また、民事訴訟では当事者間のトラブルのほんの少しの部分しか解決しないことも多い。例えば、訴訟は貸金返還請求だけで争われているかもしれないが、本当は、「隣に住む者が、毎日深夜までカラオケを歌っていてうるさい。この騒音自体は、条例の基準内で訴訟は起こせないが、よく思い出すと、昔そいつに金を貸したことがあった。あれを返してもらおう。」と思って訴訟を起こすというようなケースもよく見られる。この場合、訴訟の核心は「毎晩のカラオケの騒音」であって、貸金返還請求ではないのである。しかし、訴訟というのは取り上げることのできる事柄が決まっている。適法なものを違法だと言って訴えることはできない。そこで、本来の紛争が別の形で裁判所という紛争解決機関に委ねられるということになるわけである。

 しかし、考えてみれば、この原告のもっとも言いたいことは「カラオケをやめてくれ。もしくはもう少し小さな音にしてくれ」ということであって、貸金を返してもらうことではないのである。裁判では、原告のこのような要望に正面から応えることはできない。このように、訴訟手続というのは、非常に小回りの効かない大きな電動ノコギリのような道具だといえる。

 

第3 ADRとは?−長所と短所

 そこで、裁判外紛争解決手続(ADR)を利用することが考えられる。ADRとは、裁判外の紛争解決手続一般を指す法律用語である。Alternative dispute resolution、直訳すれば「代替的紛争解決手続」の訳語であるが、裁判外紛争解決手続と訳されることが多いと思う。ADRは極めて多様なものがあるのである。が、多くのADRは適切な紛争解決のために訴訟と比べて柔軟な手続を持っている。その意味で、裁判(訴訟)が大きな電動ノコギリだとすれば、ADRは小気味よい「小刀」のような道具である。

 わが国におけるADRとしては、裁判所による調停手続、また裁判所外では、行政機関、民間団体、弁護士会などの運営主体による仲裁、調停、あっせん、相談など多様な形態が存在する。

 ここでは代表的なADRである裁判所での調停手続を例にとって、説明しよう。

 

1 調停

 裁判所で行われるものであるが、訴訟手続と異なり、あくまで話し合いを行うという点に特色がある。

 簡易裁判所における民事調停と家庭裁判所における家事調停とがある。件数的にいえば、他のADRと比べて圧倒的多数の事件を処理している。

(1)        調停手続の長所

  調停委員には、弁護士もいる。事件の配点の段階でどのような事件であることが分かっている場合には、最初から資格を有している調停委員が事件を担当し、例えば賃料増額の事件であれば、相当賃料について調停委員が「簡易鑑定」という形で、大凡の目安を出す場合もある。当事者にとっては、鑑定費用を要しない点で非情に便宜である。また、建築紛争のような専門的な技術的事項が問題となるケースでは、建築士が調停委員となることによって、ある程度技術的事項についても判断ができるため、その点でも便宜である。調停には「現地調停」といって、現地に実際に行って現地を見分し、その場で調停を行う手続も用意されているので、訴訟手続と比べて極めて柔軟であり、現地を見たということで当事者の納得も得られやすいという側面もある。最近では、特に建築訴訟について訴訟手続が長期化することで問題が多いので、「付調停」と言って、調停に付する手続が良く行われている。

 また、話し合いが上手くつかなかったときに、裁判との連携を上手くとるような諸手続が用意されている。例えば、調停が成立しなかった場合(不調)に、2週間以内に訴訟を起こした場合、調停申立時に貼った印紙を訴状貼付の印紙に流用できる制度の存在や、民事調停について民法第151条を類推適用して、1ヶ月以内に訴訟を起こした場合には時効が中断されるとする最高裁判所の判例により、訴訟手続の連帯が図られている。また、当事者双方があと一歩のところで話をまとめられない場合に、裁判所が「調停に代わる決定」をして、双方から2週間以内に異議が出されなければ判決と同一の効力を持つ(異議が出されれば効力を失う)、という手続もある。これなどは、「最後の少しの溝が埋まらない」という調停における当事者の心理を巧みに利用した、裁判手続との連動を視野に入れた手続である。

 

(2)        調停手続の問題点

 調停については、近時事件が増加し、なかなか期日が入らないという批判が良く為されている。「裁判を1か月に1回しか開かない」というのは、日本の裁判の悪しき慣行であるが、調停手続はもっと短期間の間隔で開催してもよい筈である。しかし、通常は1か月に1回となっており、裁判官の転勤時期やちょっと事件が立て込んでくる等の事情があると、すぐに期日が2ヶ月あくということも稀ではない。裁判所の物的施設の不足(要するに「調停室が足りない」ということ)、人的設備の不足(要するに「裁判官や調停委員、裁判所書記官の数が足りない」ということ)と上記のような悪しき慣行を打ち破る精神の不足が一番の問題である。

 調停委員には法律家もいるが、必ずしも法律の専門家ではない人も多く調停委員に選ばれているため、弁護士の間では、よく「調停委員の当たり外れ」ということがいわれる。調停委員に人を得た場合には実に合理的な当事者双方が納得の行く解決が為されるが、「双方の言い分を聞いているだけでメッセンジャーをしているだけの調停委員」「声の大きい方が勝つ調停手続」「足して2で割った解決案」といった「調停委員に紛争解決のリーダーシップが足りない」という観点からの批判や、逆に「調停委員の一方的な思い込みで不利な解決案を押し付けられた」「こちらの言い分を全く聞いてくれない」と言った観点からの批判が聞かれる場合もある。

 

2 その他のADR

 上記以外にも極めてたくさんのADRがある。ここでは、そのすべてを紹介することができないが、代表的なものを掲げてみた。

 (代表的なADR)

 1 弁護士会の仲裁センター:各弁護士会が設立。第2東京弁護士会が平成2年に設立したのを皮切りに、全国の多くの弁護士会で設立が進められている。

 2 日弁連交通事故紛争処理センター:交通事故を専門に取り扱う。日弁連が設立。

 3 財団法人交通事故紛争処理センター:上記同様交通事故のADRだが、保険会社が設立。

 4 建築紛争審査会:建築業法に基づいて設置されたADR。建築紛争を取り扱う。各都道府県庁内に事務局がある。

 5 住宅紛争審査会:住宅の品質の確保に関する法律(品確法)に基づいて設置されたADR。建築物のうち、品確法に基づく認定を受けた「住宅」についての紛争のみを取り扱う。各単位弁護士会内に事務局がある。

 6 地方労働委員会:労働事件を取り扱う。各都道府県庁内に事務局がある。

 7 日本商品先物取引協会:商品先物取引についての苦情受付。あっせん・調停などを行う。協会の構成員自体は、業者(商品取引員)自体であるから、本来的には公正らしさに難点があるが、近時は、消費者側の弁護士からも本協会でのあっせん・調停による被害者救済を行った事例等が積極的に紹介されており、注目される。

 8 筆界特定制度:今般の不動産登記法の改正(平成17年法律第29号)によって今般設けられた筆界特定制度(不動産登記法第6章第123条以下)も、このようなADRの一つである。

 

 訴訟手続との関係では、筆界特定訴訟の判決が確定した時には、当該筆界確定は、当該判決と抵触する範囲において、その効力を失うものとされており、訴訟が優先する旨が規定されているが(同法第148条:筆界確定判決の優先性)、当該筆界確定訴訟の手続内において、裁判所が、登記官に対し、筆界特定手続記録の送付の嘱託をすることができると規定されている(同法第147条。釈明処分の特則)点が注目される。筆界確定訴訟と筆界特定手続との連携が期待されているのである。

 立法担当官も、「境界確定訴訟が提起される前に筆界特定がされている場合はもちろん、境界確定訴訟に係る訴えが提起された後に筆界特定がされたときも、裁判所は、筆界特定の結果を利用し、争点の整理に活用することができる。したがって、運用上、筆界特定手続が筆界特定訴訟の前置制度的なものとして機能させることは可能である」とされている。

 

3 ADRが注目されている理由(ADRの長所)

 ADRの一般的特質としては、次のような点が多く挙げられている。

(ア)手続が簡易であること(informalization

(イ)法律以外の基準による解決の方法が可能であること(delegalization

(ウ)専門家以外の者が関わる途を開いていること(deprofessionalizatino

(エ)公的機関以外(民間)が行う途が開かれていること(privatizatino

 上記の特質のうち、(イ)〜(エ)の特質は「そのような性質を有することも許される」というものであり、「ADRたるもの必ずそのような性質を有している」とはいえない。例えば、法律を基準にした紛争解決を行うADRは多数存在するし、法律の専門家が手続の主宰者となっているADRも多数存在する(例えば弁護士会仲裁センターや交通事故紛争処理センターなど)。日本で一番大きな事件数を取り扱っているのは、公的機関(国)である裁判所が行っている「調停」である。その意味で、ADRの中には上記(イ)〜(エ)の特質を有しないものもあるが、大切な点は、「そのような性質を有するADRも設置することができる」という多様性であり、そのような多様な紛争解決機関が併存して競い合うことこそが、利用者にとってより使いやすいADRが充実していくための条件であるともいえる。

 したがって、日本におけるADRも、現状の機関数や活用状況で満足するのではなく、利用者である我々自身が常に提言や注文を出し、より利用しやすいものへと変革を続けてゆく必要がある。

 

4 ADRに対する批判(ADRの短所)

 ADRには多数の批判も寄せられている。一は、ラフジャスティス、二流の正義ではないか、といい批判がなされることもある。また、基本的にADRは相手方ので出頭を強制したり、当事者の意思に反する解決を強制することができないので、最終的には強権的に解決を図ることはできない、といった限界がある。

 

5 訴訟とADRの得失について

 訴訟は、最後の手段であり、例えば相手方が出頭しない場合でも欠席判決という形で相手方を拘束するし(民事訴訟法第159条参照)、相手方が判決に従わない場合には、強制執行という国家による強制力を発動することもできるほど強力なものである。ただし、そのような強大な力を有するからこそ、訴訟手続は厳格であり、手続の開始にも一定の様式があってこれに反するものは拒絶されるし、例えば、建築や医療のように判断に専門的な知識を要する場合には、鑑定人の知識を鑑定という厳格な手続を経て利用する必要がある。

 これに対しADRは、手続が非常に柔軟であり、専門家を手続に引き入れて専門的な知見を手続に反映することも容易であるが、他方、相手方が出頭しない場合に強制力を持たせることが困難であり、判断に基づいて強制執行を行うのも容易ではない(仲裁判断については別途執行判決を得る必要がある。)また、時効の中断効がない(ただし、仲裁法第29条参照)ことや、個々のADRによって各々異なる手続き上の問題点もある。

 

6 今後の展望

 平成13年6月12日「司法制度改革審議会意見書−21世紀の日本を支える司法制度」の中の「U 国民の期待に応える司法制度 8.裁判外の紛争解決手段(ADR)の拡充・活性化」では、わが国におけるADRについて「現状においては、一部の機関を除いて、必ずしも十分に機能しているとはいえない」とした上で、「諸外国においては、競争的環境の下で民間ビジネス型のADRが発展するなど新たな動向を示しており、わが国としても早急な取組が求められている」としている。

 このようなし司法審意見書を踏まえ、ADRの手続に大きな影響を与える仲裁法が平成15年に成立し、今後も調停・仲裁などのADRが積極的に利用されること、裁判所との適切な役割分担・競争的共存が行われることが期待されている。

 我われ法律家としても、昔は何でも「さあ、裁判をしましょう」という話ですんだかもしれないが、これからは、日々新たなADRの手続について情報を収集し、「民事訴訟法に基づいた手続きを行う民事訴訟(民事裁判)と、必ずしも民事訴訟手続には縛られないADRとのどちらを利用するのが良いのか」ということを適切に選択することが求められる時代になったものといえるであろう。