民事訴訟法(基礎講座)

 

民事訴訟手続の概観〜民事訴訟は何のためにあるか?

1 権利実現の手続〜保全・執行手続との関係
 (権利実現の手続き) 

@民事保全  →  A民事訴訟  →  B民事執行

   ↑          ↑        ↑

 民事保全法     民事訴訟法     民事執行

 

(1)民事訴訟(A)

 中心となる民事訴訟(A)の位置付け
 例 「貸した金が返ってこない」という紛争(トラブル)

金を請求する側 「金銭消費貸借契約(民法第587条)に基づく貸金返還請権がある」と主張してゆく
相手方 「金を受け取ったことはない」「もう、その金は返した」「時効によって消滅した」といって争ってくる。 紛争(トラブル)が生じる。このような「権利」(貸金返還請求権)が本当に存在するか、ということは不明である。
金を本当に貸主に渡したのに証拠(領収証など)がないために立証できないということがあり得る。このような「権利の在否」を判断するのが民事訴訟(A)である。
民事訴訟法は、その手続を定めた法律である。

 

(2)民事執行(B)

勝訴判決をもらっても、相手がお金を本当に払ってくれなければ何の意味もない。
勝訴判決を獲得しても、権利(貸金返還請求権)が実現しないというのでは、判決書は「紙切れ」になってしまう。 民事訴訟法は、確定判決に強制執行することのできる力(執行力)を与えた。(民事執行法第22条1号)

民事執行(B=強制執行)の手続に進むことができる。
民事執行手続に入ると、裁判所という国家権力が、相手方に有無を言わせず(「強制」たる所以)、相手方の財産(不動産・動産・債権)を差し押さえて(差押)、売り払って金に換え(換価)、債権者に分配(配当)させて権利を実現してゆくことができる。
民事訴訟(A)で判決を獲得した大きな効用の一つである。

 

(3)民事保全(@)

 強制執行(B)は、あくまで「債権者(相手方)本人の財産」に対してしか行うことができない。(民事執行法第23条1項)民事訴訟(A)手続の中では、裁判を実際に行った者(当事者本人)にだけそのような権利の在否を争う機会(手続保障)が与えられていた。紛争解決のためには裁判をした者(当事者本人)に判決の効力を及ぼせば十分なはずである。
世の中には悪い人がいて、「裁判に負けそうだな」「形勢不利」と考えて、たとえば不動産を妻などの他人名義に変えてしまうというイジワルを考える。
妻であっても法律的には他人であるから、夫に対する勝訴判決では、妻名義の財産には強制執行をすることができない。このような執行妨害行為は刑法上の犯罪であるから(刑法第96条の2、強制執行妨害罪として2年以下の懲役等に処せられる。)
民事的な対処として、民事訴訟(A)における裁判が確定する前に、暫定的に権利を「保全」するのが民事保全(@)の手続である。金銭消費貸借の例であれば、訴訟を提起する前に(又は訴訟提起後でも良いが判決確定前に)、不動産の仮差押命令を得ておく(民事保全法第20条)。裁判所は、不動産仮差押命令の申立があると極めて速やか(2〜3日)仮差押命令を発する。相手の言い分は聞かない。その代わりに申立をする債権者に担保を立てさせる。そして暫定的に(「仮」差押)、権利を「保全」して、本当に権利があるかどうかは、民事訴訟(A=民事裁判 保全に対して、「本案」(本来の案件))で決める。

 

2 民事訴訟手続の概観(民事訴訟手続)

@    訴訟提起 → A主張整理 → B証拠調 → C判決

 

(1)訴訟提起

訴訟を提起する者を原告、その相手方を被告という。
原告は、裁判所に訴状を提出する。(民訴法第133条1項)これで訴訟が始まる。
裁判所は、訴状を被告に送達する。(民訴法第138条)
金銭返還請求訴訟の場合、訴訟を提起することは消滅時効の中断事由であるが(民法第147条)、この時効中断所効力が生じるのは、訴状を裁判所に提出した時点である(民訴法第147条)。訴状が被告に届いた時点ではない。

 

(2)主張整理

被告は、「答弁書」を提出する。これに対する反論として原告が「準備書面」を出し、それに対する反論を被告が「準備書面として提出する。(裁判所で口頭で弁論する内容を準備するので準備書面と呼ばれる。民訴法第161条)裁判所は「争点」がどこかを絞り込んでゆく。この「争点」について判断するために必要な証拠の有無を判断する「証拠調手続」を行ってゆく。

 

(3)証拠調

証拠調には、証拠を取り調べたり、鑑定・検証・証人訊問・当事者尋問などの手続があるが,実務上は証人訊問や当事者尋問に非常に大きな時間がかけられ、これらの手続を行うことが中心になっている。裁判の帰趨を決するという点では、「書証」が極めて重要な意義を有している。

 

(4)判決

証拠調べの結果、裁判をするに熟したと判断すると、裁判官は判決を下す(民訴法第243条)。
不服があれば、控訴・上告等の不服申立て手続をとることができる(民訴法第281条・311条など)。

 

(5)和解

以上の手続の中で、裁判所はいつでも和解を試みることができる(民訴法第89条)。
訴訟手続の中でも和解は非常に重要で、地方裁判所第一審手続の33.4%の事件が和解で解決されている。平成8年改正民事訴訟法は、和解を成立しやすくするため、@書面による受諾和解(民訴法第264条。裁判所に当事者が出頭しなくても和解を成立させることができる。)、A裁判所等が定める和解条項の制度(民訴法第265条。裁判所が定める和解条項案に双方が同意すれば成立する。
当事者が共同で裁判所に和解条項を定めることを求める手続。)などが新設された。
裁判官の中には、「裁判が本来的な紛争解決であり、和解は亜流である」という考え方もあったが、和解の方が紛争全体を早期に柔軟に解決できることも多いことから、最近は和解の意義が強調されている。

 

民事訴訟目的論

1 諸学説の概要

(1)権利保護説
「民事訴訟の目的は権利の保護にある」とする。非常に端的で分かりやすい考え方である。
「貸金返還請求権」が存在するとしても、自力救済によって権利を実現することは法律秩序を揺るがすものであるので、法(国家)はこれを禁止した(自力救済の禁止)。その代償として、国家は、民事訴訟制度によって権利を保護し、実現することとした。よって権利の保護・実現こそが民事訴訟の目的であるとする。(2)の私法秩序維持説の立場から「民事訴訟は国家制度なのであるから、個人の利益の現実をもって制度目的と考えることは妥当ではない」という批判がある。

 

(2)私法秩序維持説
「民事訴訟の目的は、『法適用による紛争の解決を通じて私法法規の実効性を維持すること』にある」とする。権利保護説(1)との違いは、権利保護説が権利を実現する個人の立場 から民事訴訟制度を眺めているのに対し、私法秩序維持説は、国家的制度として民事訴訟制度を観察している点にある。
この説に対して、(3)の紛争解決説の立場から、「@民事裁判は司法の未発達な時代にも存在したことが説明できない。
Aむしろ歴史的にはローマ法以来、訴訟がまずあってその結果から権利や私法が整備されていったという沿革がある」と批判された。

 

(3)紛争解決説
「民事訴訟の目的は、『紛争を解決することによって、@私人の利益を図ることとA社会の秩序を保持すること』にあるとする。
「紛争解決」を目的の中核に掲げるため、紛争解決説という。ある意味で、(1)権利保護説の私利現実的な側面と
(2)私法秩序維持説の公益的な側面の双方に目配りされた説といえる。
この説に対しては、「この立場によると、『紛争が解決さえすればよく、必ずしも法による解決であることは必要でない』ということになりかねない」とする批判がある。この批判に答えて、近時では「ここでいう『紛争解決』とは、裁判所による公権的な法的判断による紛争解決をいう」という見解(法的紛争解決説)も唱えられている。

 

(4)手続保障説
この見解は、上記の見解とは全く異なる観点から民事訴訟を捉え直すものである。すなわち、「民事訴訟の目的は、『訴訟前の交渉等が行き詰ったときに活路を切り開き、対論の機会(手続)を提供(保障)すること』こそが民事訴訟制度の目的である」とする。これは非常に画期的な考え方で、この説を唱える論者は、「手続保障の『第三の波』学派」と呼ばれている。第一の波は山本克己教授の「当事者権」の理論。
第二の波は新堂幸司「民事訴訟法理論はだれのためにあるか」にはじまる手続保障論。
第三の波はそれに続く波であるとされている。

 

(5)棚上げ説
ある意味で議論の放棄なのであるが、民事訴訟の目的論について態度決定しなくても、民事訴訟の講義や研究は可能なので、目的論は棚上げしてしまおうという考え方である。

 

(6)多元説

この説は、「複雑・巨大な民事訴訟制度の目的を1つにくくることは不可能である」から「民事訴訟の目的については多元的に考えるべきである」とする考え方である。この考えによれば、(1)〜(4)のような様々な考え方は、それ自体それぞれに重要な意味を持つことになる。そして、これらの諸価値は、時には緊張関係に立つこともあるけれども、個別問題ごとにどの程度重視すべきかという選択が、民事訴訟法の解釈・立法にあたっての重要な指針になる、と主張されている。

トップへ