モル日記19

この地域は、その昔「製糸」で栄えた。

「野麦峠」が有名だが、こっちにだって、製糸工場はあった。

もう、蚕を飼っている家はなくなってしまたが、チョッと山に入ると

忘れられた「桑畑」があり、大木になった桑の木がある。

夏になれば、桑の実だって取れる。

餓鬼達を連れて、桑の実取りに出かける。

ちょっぴり、すっぱい、小さな実をむさぼる。

他に邪魔する奴もいないから、思う存分食べることができるが、でも、なんだか、淋しい。

「これ、俺が見つけたんだから、取るなよ!」

「何言ってんだ!昨日、俺が取るって決めてたんだ!」

「なにぃ〜!早いもん勝ちだ!」

「うるせぇ〜!やるかぁ〜!」

と他人の畑で、桑の実を争う。

あぁ〜!奴等はどこに行っちまったんだ!

こんなに、あるのに、取りに来いよぅ〜!



「なんだか、ブドウみたいだ。」

「ミニのブドウだ。」

大木に登って、叫んでいる。

「落ちるなよ!」

「へっ!大丈夫さぁ〜!」

頭の上で、返事が踊る。

たらふく食べて、帰ると叱られる。

口の周りも、ベロも変色している。

青紫だ。

当然、シャツなんか、ビッショリだ。

「もう〜!どうするの!これ!」

「だから言ったろ、上手に食べなって・・・」

そっと、逃げようとした、

「こら、そこの、おい!でかい、キミ!」

聴こえない振りをする。

「ご飯、食べたくないんだ!?」

「えっ!何でぇ〜?」

「これ、洗わないと、どうすんの!」

「おれ、汚してないもんねぇ〜!」

「キミは、慣れているから、良いよねぇ〜!」

その通り!胸を張って答えた。

「キミの息子さん達の方はどうするんですか?!」

「・・・」

「全部脱いで、お風呂場で洗う!行って!」

「こら、そこで脱ぐんじゃないの!お風呂場で脱ぐ!」

脱ぎかけたシャツを元に戻し、風呂場のタライに突っ込んだ。

「よし!完了!タライに水入れといたから」

しばし、休憩

「チョッと、みんな!来なさい!」

風呂場で呼んでいる。

「おぉ〜!すっげぇ〜!きれぇ〜!」

タライの水が、青紫になっていた。

「ほぅ〜!こりゃ〜すごい!」

チビのズボンを持った嫁が言う。

「ホント!綺麗だよね!」

「何で、こんなものがポケットに入ってるの?!」

「何だ、ポケットに入れてきたのか?そんなことしたら潰れちゃうの当たり前だ」

「だって、父ちゃんそう言ったジャン!」

むっとして、チビが言う。

「あっ!お前ちゃんと聞いてろよな!」

「子供のころ、ポケットに入れて、途中で食べながら帰った。

帰ると、かぁ〜ちゃんに叱られた。

だから、ポケットに入れるなって言ったよな!」

「えぇ〜?そう〜!」

「そうだよ」

「うそぅ〜!」

「こら!なすりあうんじゃない!もう〜!いいから!あっちへ行ってなさい!」

「おぉ〜!良いこと思いついたぞぅ〜!」

戻りかけて、叫んだ。

「なんだぁ〜?」

「急いで、風呂場に行けぇ〜!」

間に合った。

嫁が、ポケットに手を入れようとしていた。

「待った、待ったぁ〜!」偉そうに、もったいぶって言った。

「なにぃ〜?もぅ〜!じゃましないでよぅ〜!」

「吠えるなよぅ〜!」

ズボンに手を添えて、そっと取り上げた。

「おい!お前もヒョットしたら、入れて来たのか?」

兄の方に聴いた。

バツの悪そうに、うなづいた。

「そうか!でかした!」

えぇ〜!と言うような顔で見上げる。

タライの水は、綺麗なものを水道から入れた。

「チョッと、良い!?」と言いながら、嫁の了解を得ないまま

「おい!台所から、ボール取って来い」

「俺か?」

「どっちでも良い、二人で行け!」

「何するのぅ〜?!」

「邪魔なんだよね!」

「へ、へぇ〜!」

「気持ちわるぅ〜!」

「父ちゃん!これで良いか!?」

「おおぉ〜!上等だ」

無事でいてくれよ、祈りつつポケットに手を入れた。

僅かに、残っていた。

ポケットから、残っている、無事な桑の実を、ボールに移した。

ジィ〜っと視ている3人の目線を感じる。

それでも、2人のズボンから、ボールに3分の1ほど移した。

「これ、視てみな!」

「ウェ〜!きったねぇ〜!」

確かに、汚い、ゼリーを半潰しにしなようなものだもの

「何言ってんだ!これが、良いものになるんだよぅ〜!」

「どうでも良いから、早くどきなさい!」

「ほぅ〜い!」 風呂場を出た。

洗う手間が省けた。

ボールに手を入れて、上からギュ〜ウゥ〜と押し付ける。

「きったねぇ〜、なんだそれ!?」

おっ!忘れていた。でも、ついて来ていた。

「これか!?ジュースだ。桑の実のジュースだよ」

「えぇ〜!飲めんのかぁ〜?」

「当たり前だ!」

「きたねぇ〜ぞ!」

「なに言ってんだ、りんごジュースだって、トマトジュースだって、こうやって作るんだぞ!」

「ウソだぁ〜!」

「ホントだって!かぁ〜ちゃんに聞いて来いよ!」

ドドッと走って行った。雷が落ちた! しぃ〜らない!

ムス〜として帰って来た。

指を、尖らせている口に押し込んだ。

にぃ〜っとした顔になった。

「どうだ?!」

「ウッ、うめぇ〜!!」

「俺にも、俺にも」

「まっ、待て」

コップにほんの少しずつしか取れなかった。

「良いかぁ〜!大切に、味わって飲めよ」

「ひゃ〜!うめぇ〜!」

こんなに感激するとは予想しなかった。

新鮮な、味わいだったのかな?

風呂場の嫁さんにもおすそ分けに持って行った。

「なにぃ〜!」 雷の余韻が残っている。

「これ、チョッと舐めてみなよ」

「なに?これ?」

差し出したコップを目の前に掲げて言った。

「桑の実のジュースだよ」

「ヒョットして、さっきの奴?」

「そうだよ?何で?」

「そんな、汚いもの、飲めるかぁ〜!」

「汚くなんかないよ!ちゃんと洗ったもの!」

「キミ!どこで洗ったんですか!」

「ここで」

「いつ!?」

「さっき、キミが・ ・ ・」

「あのぅ〜ねぇ〜!」

「まっ、良いから、舐めてごらんよ」

「で、なんなのぅ〜!」 コップをつき返してきた。

こりゃ、効かなかった。

「もう〜!いいから!あっちへ行ってなさい!」

「父ちゃん!うめぇ〜ぞ!」 チビ達が言う

「だろぅ〜!良かったよ、お前達だけでもそう言ってくれて!」

「今度、袋持っていけば良いジャン!」

「にぃ〜ちゃん、あったま良い!」 

「腹減った〜!飯まだかぁ〜!」と叫ぶ

昼飯の時間は過ぎている。

今日の雰囲気では、そんなことしたら・ ・ ・

餓鬼達も、テレビを見て大人しい。

「キィ〜ンコンカァ〜コン、カンキィ〜カンコゥ〜ン〜」

お昼の合図は、随分前に鳴ったような気がした。

風呂場から、脱水曹の回っている音がする。

「もうすぐ、お昼になるからなっ!」

「・ ・ ・」

ガタガタ、ゴトゴトと音がする。トントントンと包丁の音。

カタン、カタン、ガチャガチャ

ジーッと伺っていた、チビが「来いよ!」と手招きをした。

遅いお昼を、黙って食べた。

「俺、遊びに行って来る。」

「俺も!」

二人とも行ってしまった。

ゴロンとテレビを眺めていた。

「キミは、遊びに行かないの!」

「ウゥ〜ン!予定もないし、いない方が良い!?」

掃除機を廻し始めた嫁に聞いたが、返事がない。

いない方が良いようだ。

「本でも探しにいって来るよ!」

「本屋に行って来る。」 

掃除機に向かって叫んだ。