おとぎ話の元
春先に、耕す前の田んぼに、牛の堆肥(うんち)を肥料として攪拌します。
その前に、分散させやすいように、いくつかに分け、山積にしておきます。
それを平らにしてから、耕運機で、攪拌するのですが、
高齢化が進み、この作業も請け負った人が順番にやります。
堆肥を積んでから、順番が来るのが遅い人は、1月以上待つ状態です。

老人曰く、
いや、誰がやってくれたかしらねぇが、田の堆肥をならしてくれた。
いつまでも、かまんでおくから(ほったらかして置くから)やってくらったんだなぁ〜な
(やってくれたんだなぁ)ありがてこんだ(ありがたいことだ)。
そうかい、おめさんちも(あんたのところも)かね。
おらちも、やってくらったでぇ〜(やってもらったよ)
わけ頃なら(若いときなら)あんなもんわけねぇ〜けんど
今はなぎだ(大変だ)。

こんなことが、1件や2件ではなく、その集落の多くが経験した。
最初は、堆肥を積んでから日数が経たないと、平らになっていなかったが、
そのうち、前の日に積んだものが翌日には平らになっていた。
そうなると、どうしても気になる。

「アンちゃん!見てくれやっ!」とTELが入った。
現場に行ってから、「土地家屋調査士」はそのような調査はしないことを説明した。
「なに言ってんだ、調査って書いてあんめぇ〜(書いてあるだろ!)、何でもやるって言ったろうが!」
爺さん達にこう言われ、調査しました。
こうなったら、何でも調査します。シロアリだって調査しますよ!

田んぼの周りを見て歩いたが、良く分からない。
山よりの田んぼに、親切な人がよく現れるようだった。
道路沿いにある田んぼには、まだ野積の堆肥があった。

夕方帰るときに、野積状態だったものが、朝、平らになっている。
じゃ、夜にやって来て、明かりのないところで作業するのか?
だいたい1日1枚程度だという。
それ程の人数でやっているものではない。
作業時間は、だいたい1時間くらいだ。
それ程の負担でもない。
耕運機を搬送するのであれば、山際よりも、道路沿いの方が楽だ。
隣の集落の田んぼにこれから堆肥を入れるところがあるから、
行って来いと、老人に言われて、確認に行った。
作業している人に、この話しをしたところ、話は聞いているという。
今時奇特な人がいるものだと感心していた。
その人を探してどうするんだと言われたが、どうするのか?さぁ〜?
そうだ、どうするんだろう? 
この調査の報酬はどうなるんだろう?
一番大事な話をしていない。
これから、徐々にこの集落の田んぼに堆肥を入れて行くと言う。
翌日、電話で呼び出した爺さんのところへ報酬額の見積りをもって行った。
「なんだい、おめさん!金とるんかい?!」
商売だもの当然です。慈善事業ではないのです。
そんなら良い、頼まない!と言って欲しかった。(本当に)
「みんなに聴いてからだな!」
その結果により、調査を継続するか中止するかになるので、今日は帰ると言うと、
「ばかこけ!(馬鹿なことを言うな)」という。
昨日入れた堆肥が平らになっているから、見て来い、という。
ついでに、その人を見つけたらどうするのかを聞いてみた。
その件もみんなで話してみることになった。
結局、等の本人達もどうするかということが決まっていなかったのだ。

現場を確認してもどういうこともないので、引上げた。

午後になり、電話がきた。
報酬は支払う。
その人を見つけたら、どこの誰かを報告すること
皆で、手みやげをもってお礼に行くということで話がついたとのことだった。

現場に行って状態を確認した。
野積の堆肥がまだあった。
どうせ、暗くなってから作業するのだから、そのころ来れば直ぐに分かることだ。
19時ごろから見回ることにした。
1時間ごとに23時すぎまで見回ったが、それらしき姿はなかった。

翌日、現場へ行った。
平らになっている。
えぇ〜?!いつ、仕事をしたんだ?!
爺さん達も集まっていた。
「おめさん!なにやってたんだい!?」
昨夜の状況を説明した。
「泊まるだな!」という。
こちらもそのつもりだと思っていた。
こうなったら、夜警だ。

帰宅し、夜食を準備して欲しいと嫁に言うと、何がどうしたというので、説明した。
午後になってから、寝た。
昨日は、23時まで何事もなかった。
20時に起こしてもらい、スキーウエアーで武装し、出かけた。
携帯、カメラ、手袋、手ぬぐい、懐中電灯をディパックに入れて担いだ。

現場には、堆肥が積みしてあった。まだ来ていない。
23時を過ぎても何事も起こらない。
24時に夜食をとる。
1時、2時、3時と過ぎた。
いい加減、疲れた。

ウゴ、ウゴという音がした。
石垣のところに寄りかかっていた。
他に何も聞こえない。
未だ暗い。

何か動いている。
堆肥の山の所で何か動いていた。
堆肥の山が崩れた。
ウゴ、ウゴとそれは堆肥を押しのけていた。
人ではない。
なんだろう?

カメラを確認した。フラッシュよし
もう何でもよかった。
とにかく証拠写真を撮ってしまえば、後は何とかなると思った。
「おい!」と声をかけ
フラッシュをたいた。
連続撮影にセットしてあったので、パシャ、パシャ、パシャとシャッターが切れるたびに
フラッシュが点滅する。

なんだ!黒い塊だ。フラッシュの光の中に黒い塊が見えた。
光に驚いたのか、ドドドと音を残し山の方に走った。
なんだったんだ。
こっちの方がビックリした。
足がカクカクする。

未だ暗かった。
鳥のさえずりが聴こえる。
どうしようか、
何をしていたのかと思った。
崩していた堆肥の所へ行って見た。何もない。
何で堆肥を崩していたんだろう?

現場を離れ、帰宅した。
うっすら明るくなってきた。
嫁は起きていない。
飯が焚けていた。
卵をかけて朝食をとり、寝た。

起きろと言われ、ぼんやり目を開けた。
爺さん達が来ているという。
事務所に3人いた。

今朝行ったら、堆肥が平らになっているところと、そうでないところがあった。
どうなったんだ、何かあったのかと質問する。
昨夜のことを話した。

「イノシシ」だと一人の爺さんが言った。
何で「イノシシ」がそんな事するのかと別の爺さんがいう。
堆肥の中の「めめず(ミミズ)」をくってたんだ、という。
そんな事があるものか、いやそうだ、と争いだした。
写真を撮ってあるから、それを確認した方が良いのではないかと提案し、
その結果を皆さんに伝えるということで、一旦解散してもらった。

30分スピード現像の店にもって行った。
1時間半待てという。
30分と書いてあるのに、なぜその3倍の時間を待たねばならないのかと抗議した。
とにかく1時間30分後に来いという。

写真を見た。
ピンボケしているが、「イノシシ」だった。

へェ〜!と嫁がいう。

報告書を必要とするかと爺さんに確認したら、そんな物いるか!写真だけで良いと言う。

イノシシが、堆肥の中にいるミミズを食べて、堆肥をかき回す。
かき回すというより、押し出してミミズを探していたのだ。
人間が勝手に解釈しただけなのだ。

きっと、昔は、こんなことがいたるところであったんだろうな。
だから、ごん狐、ウサギと狸みたいな話があるんだろうと思った。
おとぎ話を見ているような、そんな気持ちになった。
人間が物事を善意で見ることのできる「いい時代」にしか
おとぎ話は生まれないのだろうと思った。