日本国憲法過去問
1998年前期試験解答例
- I. それぞれについて説明しなさい。
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慣習法
[解答例]
人々の生活習慣上の慣習的行動のうち法的効力を認められるにいたったもの。
判例2条では,公序良俗に反しない限りは,
法律の規定で認められたものあるいは法律の基底に無いものいずれも同一の効力を有するとされている。
法律で認められたものとしては,民法263条・294条で規定された入会権などがある。
一般に,慣習法にどの程度の法的効力が認められるかは,各法分野によって異なっており,
商法1条では商慣習法が民法に優越するとされ,国際慣習法は条約と並ぶ重要な法源とされる。
また,法律行為について,事実たる慣習は当事者がこれに従う意思を有する場合には任意の法律に優越するという民法92条の規定もある。
その一方で,刑法の領域では罪刑法定主義の原則により慣習刑法は禁止されている。
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「疑わしきは被告人の利益に」
[解答例]
刑事事件において,有罪判決を出すためには,被告人が当該事件の犯人であることについて,
裁判官が,合理的な疑いを越える核心に至ることが必要で,
この核心に達しない場合は,無罪としなければいけないという原則。
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プライバシーの権利
[解答例]
いわゆる「一人ぼっちで放っておいてもらう権利」としてアメリカで発達してきた新しい人権で,
最近の情報化社会においては,情報プライバシー権・自己情報コントロール権などとして捉えられ,
公権力にプライバシー保護を請求していく差異にも強調されている。
憲法上の明文規定は無く,元来は,民法上の不法行為を構成する概念の一つとされてきたが,
最近では,憲法13条の包括的基本権を基盤として,
「宴のあと」事件や京都府学連デモ事件,前科紹介事件などで認められてきている。
- II. 次の問題の中から1題を選びそれについて論じなさい。
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公務員の人権
[解答例]
公務員の人権の問題は,労働基本権の制限とのかかわりで議論されている。
これについて,最高裁は,「政令201号」違反事件において,
マッカーサー書簡に基づき公務員の争議権・団体交渉権を制限・禁止した政令201号について,
憲法15条2項の「公務員は全体の奉仕者」であるという理由を用いる,
いわゆる「なで切り論法」によって合憲とし,
公共事業体等労働関係法17条についても合憲との判決を下した。
しかし,その後,勤務時間帯職場集会への参加を呼びかけ,
郵便物の取り扱いをさせなかった全逓東京中郵便事件判決において,
公務員の労働基本権の制限は合理性の認められる必要最小限のもので無ければならないとして,
公共企業体等労働関係法の蒸気判例を変更した。
さらに,地方公務員法の基底が問題となった都教祖事件でも,
公務員の労働基本権も原則として尊重されるべきとする判決を踏襲した。
しかし,その後,警察官職務失効法の改正に反対す統一行動の一環として,
正午出勤と職場集会への参加を呼びかけた全農林労働組合の役員の行為が国家公務員法110条の規程違反か否かが争われた全農林警職法事件で,
最高裁は再び判例を変更し,公務員の地位の特殊性と職務の公共性を考えれば,
公務員の労働基本権に対し,必要やむをえない制限を加えることは十分合理的な理由があるとし,
非現業国家公務員に対する争議行為を一律禁止を合憲とする判決を下した。
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こどもの人権
[解答例]
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生命に関する自己決定権
[解答例]
最近憲法13条の包括的基本権の一部として,
自己に関わる私的な事柄について根権力による干渉を受けず自ら決定し行動しうる権利,
すなわち自己決定権が認められるようになる中で,
特に式を早める安楽死や「人間らしい品位ある死に方」(尊厳死)を選び取る自由を一定の条件下で許容すべきかどうかという問題と「リヴィング・ウィル」のかかわりで,
生命に関する自己決定権が議論されている。
安楽死に関しては,山内事件の名古屋高裁判決において,
安楽死させるという行為の違法性が阻却されるための6要件が示された。
(1) 不治の病 (2) 苦痛 (3) 死苦の緩和が目的 (4) 本人の真摯な嘱託または承諾
(5) 医師の手によること (6) 倫理的妥当性 という6要件がそれである。
本件においては,(5) および (6) の要件が欠けているとして,
被告人は嘱託殺人罪とされ,弁護人の「安楽死」による無罪の主張を退けた。
その後,東海大学付属病院事件の横浜地裁判決が,安楽死に関する4要件を示した。
(1) 耐えがたい肉体的苦痛 (2) 死の不可避性と切迫性 (3) 代替手段の不在
(4) 患者の意思表示(間接的安楽死の場合は患者の推定意志でもよいが積極的安楽死の場合は明示の意志が必要)という4要件である。
また,尊厳死に関しても横浜地裁は2要件を示した。
すなわち (1) 治療不能で回復の見込みが無く末期状態にあること
(2) 治療の中止を求める患者の意思表示があること(存在しない場合は,リヴィング・ウィルまたは家族による本人の意志推定も許される)という2要件である。
本件の場合,安楽死要件の苦痛および本人の意思に疑問があり,
尊厳死要件についても患者の苦痛に対する家族の理解や家族と医師の間の意思疎通が不十分であり,
本人の意思を推定できないとされた。
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部分社会論
[解答例]
一般に裁判所は,裁判所法3条の規定により,
治外法権・国際法・衆参両院の自立権のような特別の定めがある場合を除いて,
一切の法律上の訴訟を裁判するものとされているが,
自立的な法規範をもつ社会あるいは団体内部での,一般社会に影響を与えない範囲での問題について,
裁判所は関知すべきでないとする議論で,この議論に基づき,裁判所が司法判断を行わない場合がある。
ただ,多様な団体等を一括して部分社会と規定することには批判もある。具体的な判例を挙げる。
まず,村議会における出席停止処分の是非が争われた村議会出席停止事件で,
最高裁は,この部分社会論を,村議会に対して用いることで,
出席停止のような議員の権利行使の一時的制限に過ぎない懲罰規定は内部規律の問題として自治的措置に任せるとした。
また,正当に対しても高度な自主性や自立性を認め,
党規約に則った除名は有効であるとした共産党袴田事件や日本新党繰上げ当選無効訴訟などがある。
さらに,大学も一種の部分社会であるとし,
単位認定等は一般社会に影響のない大学内部の問題であるとした富山大学単位不認定等違法確認訴訟などがある。
1998年度後期
- 次の1,2,3を説明せよ。
- 1:間接適用法 2:代用監獄 3:抽象的違憲制
- 【間接適用法】
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民法90条の公序良俗規定のような私法の一般条項を媒介にして適用される憲法の人権規定のこと。
憲法は本来,私人と公権力の関係を規律するものであるため,
私人間にこれを直接的に適用することは国家の過度の介入により市民社会の基本原則である私的自治の原則を脅かす恐れがある。
そこで,直接的な私法的効力を持つ人権規定を除き,
その他の人権については私法の一般条項(民法90条・709条)
に憲法の趣旨目的を取り込んで解釈・適用することで,
間接的に私人の行為を規律するべきである(三菱樹脂事件判決と同旨)。
もっとも,これによると人権保障の程度が相対化せざるを得ないので,
私人間の緻密な利益衡量が必要となる。
- 【代用監獄】
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逮捕・送検後の勾留期間(最長20日)は本来,法務省管轄の拘置所に勾留されるものだが,
監獄法で警察の留置所をそれに代えることが認められている。
そのため,最長23日にもわたって警察の留置所に留め置かれることになり,
自白の強要などによる冤罪や誤判の温床になっていると批判されている。
- 【抽象的違憲審査制】
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特別に設けられた憲法裁判所が,具体的な争訟と関係なく,抽象的に違憲審査を行う方法。
主として,立法権を中心に権力分立を考えてきたヨーロッパ大陸諸国で採用される。
- 【付随的違憲審査制】
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通常の裁判所が,具体的争訟事件を裁判する際に,その前提として事件解決に必要な限度で,
適用条文の違憲審査を行う方法。アメリカや日本で採用される。
- 【公務員の人権】
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公務員も「勤労者」であるから,原則的には公務員も労働基本権(28条)を有する。
では,国と公務員との間には
- 法律の根拠なく私人を包括的に支配でき
- 法律の根拠なく私人の人権を制限でき
- 当該関係内部における公権力の行為は司法審査に服さない
という意味での特別権力関係が妥当するか。
思うに,憲法は基本的人権の尊重(11・97条)のために法の支配の原理を採用していることから,
(2) 法律の根拠なき人権制限,
(3) 司法審査権の排除は認められず,
また,国会を唯一の立法機関としていることから,
(1) 法律の根拠なき包括的支配を私人に及ぼすことは認められず,
特別の権力関係は否定すべきである。
そこで,それぞれの特別の法律関係において,いかなる人権が,いかなる根拠から,
どの程度制約されるかを具体的に明らかにするべきである。
公務員の人権制約が問題となるのは,特に政治活動の自由と労働基本権の制約の場面である。
国家公務員法は,公務員の政治活動を制限しているが,この制約の憲法上の根拠が問題となる。
思うに,憲法は公務員関係の存在とその自律性を憲法秩序の構成要素として認めている(15条・74条4項)。
そして,行政の中立性が保たれて始めて行政に対する民主的コントロールが確保され,
行政の継続性・安定性が維持される。
よって,行政の中立性維持のための必要最低限の制約は許容されると解する。
それでは,必要最低限度の制約だといえるためにはいかなる要件が必要だろうか。
この点,猿払事件判決(S49.11.6 百選I 14)は制約の根拠を職務の中立性とそれに対する国民の信頼だとした上で,
- 目的の正当性
- 目的と手段の合理的関連性
- 利益衡量による判断をして
公務員の政治活動を全面一律に禁止して刑事罰を科すことを合憲としている。
しかし,公務員の地位,職務の内容・性質の相違,
その他諸般の事情(勤務時間の内外・施設の利用の有無・政治活動の内容など)を考慮したうえで,
具体的・個別的に審査すべきである。そして,そのための審査基準としては,
21条1項で保障された政治活動の自由の重要性に鑑み,
「より制限的でない他の選びうる手段」の基準を用いるべきである。
警察職員・消防職員・自衛隊員・海上保安庁,または監獄に勤労する職員は,
労働三権がすべて制限されている。また,非現業の一般公務員は,
団体交渉権と争議権が制限されている。そして,郵便などの現業公務員は,争議権が制限されている。
公務員も「労働者」(28条)であるから,公務員の労働基本権も保障されるのが原則であるが,
このような特別制約は許されるのだろうか。
思うに,憲法は公務員関係の存在とその自律性を憲法秩序の構成要素として認めている(15条・74条4項)。
そして,公務員の職務の公共性から,その職務の停滞が国民生活に重大な影響を及ぼすため,
労働基本権の制約が許容される場合があると解すべきである。
しかしながら,公務員の職務の性質は多様であり,
基本権の制約はその職務の性質・違いなどを勘案して,
必要最低限の制約の範囲にとどまらなければならない。
では,必要最低限度の制約だといえるためにはいかなる要件が必要か。
この点,全農林警職法事件判決は,公務員の地位の特殊性と職務の公共性を強調して国民全体の公共利益への影響を重視し,
- 勤労条件法定主義の見地から政府に対する争議行為は的外れであること
- 公務員の争議行為に市場抑制力がないこと
- 人事院をはじめ,制度上整備された代償措置が講じられていることを理由に
公務員の一律かつ全面的な争議行為の禁止を合憲としている。
しかしながら,かかる公務員の一律かつ全面的な争議行為の禁止は,
労働基本権の制約として広範であり,必要最低限の制約とはいえず妥当ではない。
必要最低限度の制約についての審査基準としては,労働基本権の重要性に鑑み,
「より制限的でないほかの選びうる手段(LRA)」の基準を用いるべきである。
- 【外国人の人権】
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外国人にも憲法上の人権の保障が及ぶか。
第三章の表題が「国民の権利および義務」となっていることから問題となる。
思うに,人権は人たるがゆえに認められる前国家的・前憲法的性質を有するものである(11・97条)。
また,憲法は国際協調主義を採用している(前文・98条2項)。
よって,外国人にも権利の性質上適用可能な人権規定はすべて及ぶと解する(マクリーン事件判決に同旨)。
それでは,どのような人権が外国人に保障されるといえるのか個別に検討していきたい。
国政選挙権については,国民主権原理から,外国人には保障されないとされている(通説・判例)。
公務就任権については,公権力を行使する役職への就任は認められない。
入国の自由については,慣習国際法上,外国人の入国規制は国家の裁量であるとされている。
社会権については,後国家的権利であり,外国人にまで社会権を保障することは憲法上の要請ではない。
政治活動の自由については,参政権の行使にかかわる問題であるから,
わが国の政治問題に対する不当な干渉にならない範囲で認められると考えられる。
現在,議論が集中しているのは,外国人に地方参政権を付与するべきか否かという問題である。
地方参政権は,国政選挙権と同じく憲法上保証されているとはいえない。
では,法律によってそれを認めることは憲法上許されるのだろうか。
憲法第8章は地方自治の重要性に鑑み,住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は,
その地方の住民の意志に基づきその区域の地方公共団体が処理することを保障したものであると解し,
定住外国人など,その居住する区域の地方公共団体と緊密な関係を持つにいたった外国人について,
その意思を地方公共団体の公共事務の処理に反映させるべく,
法律により地方選挙権を付与することは憲法上禁止されるものではないと解すべきであり,
定住外国人に限り,法律により地方参政権を付与することも許される,とする説がある。
しかし,このような解釈は妥当ではない。憲法が前文及び1条で国民主権の原理を定め,
第10条において「国民たる要件は法律でこれを定める」と規定し,
さらに第15条1項で「公務員を選定し,およびこれを罷免することは,国民固有の権利である」と定めていることからすれば,
定住外国人に選挙権を認めるべき理由は無い。
条文の位置からしても,憲法15条第1項は,国会議員の選挙のみならず,
地方公共団体における選挙権・被選挙権にも妥当する規定である。
従って,憲法93条(地方公共団体の長の直接選挙)および95条(特別法の住民投票)は,
第15条と無関係ではありえない。地方公共団体における選挙権を定住外国人に認めるという説は,
このことを無視あるいは軽視する見解と言わざるを得ない。
仮に,地方公共団体における選挙権を定住外国人に認めようとするのであれば,
憲法に特別の規定をおく必要があると考えられる。
地方自治といえども国政の一環であることを忘れてはならない。
さらに,定住外国人に参政権を認めるべきであるという説を採る論者の間でも,
被選挙権について肯定する説はほとんど無い。
それならば,選挙権と被選挙権の性質の違いを明らかにしなければならないはずである。
選挙権のみを認めて被選挙権を認めないというのは,狭義の参政権の理解として合理性を欠く。
何故に選挙権のみを認め,被選挙権を認めないのか,その理由が明らかにされているとは言えない。
以上2点より,外国人の地方参政権については従来の通説通り,
現行憲法下では認められないと解釈する。
- 【プライバシーの権利】
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憲法13条は従来,14条以下の個別的人権を総称したもので具体的権利性を有するものではないとされていた。
しかし,社会状況の変化や科学技術の進歩などによって,
憲法制定当初には想定されていなかったような形での人権侵害が発生した。
そこで,それらの人権侵害の救済を行うために13条の幸福追求権の内容が見直され,
13条は裁判での救済を受けることができる具体的権利を保障するものであるという解釈がなされるようになった。
この「新しい人権」のなかにプライバシーの権利が含まれる。
では,プライバシー権の内容をいかに解すべきか。
従来,プライバシー権は個人の私的領域に他者を無断で立ち入らせないという自由権的・消極的なものとして捉えられてきた(宴のあと事件判決)。
しかし,個人の情報が行政機関によって集中的に管理される現代社会においては,
自由権的側面だけでは不十分であり,
プライバシーの保護を公権力に対して積極的に求めていくという請求権的側面をも重視すべきである。
そこで,プライバシー権とは自己に関する情報をコントロールする権利であると解する。
プライバシー権から派生する権利として,肖像権が挙げられる。
京都府学連事件(昭44)において最高裁は,
容貌などを許諾なしにみだりに撮影されない自由が13条で保障されるとしている。
また,指紋押捺事件(平7)において最高裁は,指紋もプライバシーに含まれることを認めたが,
その制約も公共の福祉の範囲内でなら許され,指紋押捺の強制は一定の範囲で許容されるとした。
プライバシー権の侵害が争われた場合の違憲審査基準としては,
プライバシーが個人の人格に直結する非常に重要な権利であることを鑑みて,
厳格な審査基準によるべきであると考えられる。
- 【統治行為論】
-
いわゆる統治行為を認めることができるか。明文規定がないため問題となる。
統治行為とは,法律上の争訟として裁判所による法的判断が可能であるのに,
直接国家統治の基本にかかわる高度の政治性のために,
司法審査の対象とされない国家行為のことを言う。
この点,「法の支配」の原則の下では,かかる行為も司法権の範囲内にある以上,
司法審査の対象とすべきで統治行為は認められないとする見解がある。
しかし,憲法は国民主権原理を採用(前文・1条)し,
国政に関する判断は国民の厳粛な信託を受けた政治部門の判断にゆだねられるべきであって,
裁判所はかかる民主性の過程を尊重すべき立場にある。
とすれば,高度の政治性を有する統治行為については,
民主性の過程による判断を尊重すべきものといえる(内在的制約)。
よって,統治行為自体は原則として認められると言える。
ただし,統治行為は明文がなく内容も不明確な概念であるから,範囲は限定的に解するべきである。
とすれば,政治部門の裁量行為・自律権で説明できるものは排除すべきである。
また,基本的人権,とりわけ精神的自由の侵害については,民主制の過程そのものの瑕疵であり,
民主性の過程における回復は困難であるため統治行為を認める前提を欠くので統治行為論を用いるべきではない。
よって,この限りでは法の支配を貫徹し,人権保障を図るべきであると考える。
- 【慣習法】
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不文法であり,人々の社会生活上の慣習的行動のうち,
法的確信が認められるにいたったものをいう。
法令2条によると,公序良俗に反しない慣習法は
「法令ノ規定ニ依リテ認メラレタルモノ,及ビ規定ナキ事項ニ関スルモノニ限リ,法律ト同様ノ効力ヲ有ス」とされている。
例えば,民法263・294条の「入会権」に関する慣習法の優越が有名である。
また,商慣習法は民法に優越する効力が認められている(商法1条)。
しかし,刑法の領域では,罪刑法定主義の立場から,慣習法刑は禁止されている。
- 【合憲限定解釈】
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憲法判断そのものは回避しないが,法令の解釈として複数の可能性がある場合,
憲法の規定や精神に合致するような解釈のほうをとる方法。
実質的には法令の違憲判断がなされるが,
その際なるべく法令を救済するような仕方で行う方法である。
例えば,ある法令についてAの解釈をとると違憲であるが,Bの解釈をとると合憲である場合には,
Bの解釈を採用し,Aの解釈の下で行われた国家行為について法令違反の問題として対処する。
合憲限定解釈は,人権救済と同時に,
立法府への干渉を最低限にとどめうる手法として固有の意義を有するが,
立法府のもともとの意思を超えた解釈を施すことになり,新たな立法になりかねないとか,
法令の意味を不明確にするという批判がある。
ex.)都教祖事件・全農林警職法事件・税関検査事件・福岡県青少年保護育成条例事件
- 【沈黙の自由】
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憲法19条は思想・良心の自由を保障する。
思想・良心の自由の一内容として,沈黙の自由が保障される。
国民がいかなる思想を抱いているかについて,
国家権力が露見を強制することは許されないとするものである。
ただし,沈黙の自由と入っても,
思想とはまったく関係のない単なる事実の知・不知という点には必ずしも絶対的な保障が及ぶわけではない。
事実の沈黙というのは,消極的表現の自由として21条で保障されるが,
公共の福祉による一定の制約を受ける。
- 【自己決定権】
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憲法13条の幸福追求権から自己決定権が導かれる。
自己決定権とは,個人の人格的生存にかかわる重要な私的事項を,
公権力の介入なしに,各自が自律的に決定できる自由のことを言う。
例えば,避妊や妊娠中絶,尊厳死などの医療拒否,身仕舞いなどの自由が挙げられる。
また,校則による丸刈りの強制については,
重要な教育的目的と規制との間に合理的関連性があるかどうかによって自己決定権の制約が認められるかどうかを判断すべきである。
自己決定権は,情報プライバシー権と並んで,広義のプライバシー権を構成すると考えられる。
- 【尊属殺重罰規定の合憲性】
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憲法14条は法の下の平等を保障し,社会的身分による差別を禁止している。
この点,大改正前の刑法200条は,尊属殺について死刑または無期懲役(有期懲役なし)という非常に重い刑罰を定めていた。
199条の普通殺の刑罰は,死刑または無期〜3年以上の懲役であり,
この扱いの違いが14条で禁止された社会的身分による差別にあたるかどうかが問題となる。
最高裁は,尊属に対する尊重・報恩という道義を保護するという立法目的は合理的であるが,
刑の加重が極端であり,目的達成のための手段としては不合理であるとして違憲判決を下した(手段違憲)。
しかし,同じ違憲という判断でも,尊属を特別扱いすること自体が個人の尊厳と人格の平等を基本とする民主主義の理念に反し,
不合理な差別に当たるとする説も有力である(目的違憲)。
なお,平成7年の法改正によって尊属重罰規定はすべて削除されているため,
現在では本論点は問題とならない。
- 【政教分離原則】
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政教分離とは,国家の非宗教性あるいは宗教への中立性を意味する。
思うに,国家と特定の宗教が結びつくことによって行われる宗教弾圧から,
少数者の信教の自由(20条1項前段)を保障する必要がある(自由主義的意義)。
また,価値相対主義を前提とする民主主義の発展・確立のためには,
国家の宗教的中立性が必要不可欠である(民主主義的意義)。
日本の場合には,神道が国家とうちのための道具として用いられた苦い経験を持つ(歴史的沿革)。
そこで,憲法は20条1項前段で信教の自由を保障する一方,同条3項で政教分離原則を制度的に保障し,
89条後段で政教分離原則を財政的に裏付けているものと解する。
現代福祉国家(25条以下)では,国家と宗教との関わりを一切排除することは不可能である。
例えば,宗教的施設の文化財としての保護や,宗教団体が経営する大学への補助金,
公立学校での盆休みやクリスマスパーティーなどが挙げられる。
そこで,どの程度までの関わり合いなら許容されるのかが問題となる。
思うに,国家と宗教との関わり合いを最低限にとどめ,政教分離原則を厳格に適用するために,
- 行為が世俗的な目的を持つかどうか
- 行為の主要な目的が宗教を促進または抑制するものかどうか
- 行為が宗教との過度の関わり合いを促すものかどうか
という三用件を個別に検討することによって判断すべきである(レモンテスト理論)。
この点,津地鎮祭事件判決は,
- 当該行為の目的が宗教的意義を持ち,
- かつ,その効果が宗教に対する援助・助長・促進または圧迫・干渉になる
場合に違憲とする目的・効果基準を用い
,諸般の事情を考慮して社会通念にしたがって客観的に判断すべきであるとする。
しかし,これでは基準が曖昧であり,
国家と宗教の緩やかな分離を是認することになるため妥当ではない。
- 【警察予備隊】
-
1945年の敗戦後,日本軍は解体され,その後も日本は警察力を超える組織を有していなかった。
しかし,1950年に朝鮮戦争が勃発し,
アメリカ軍が朝鮮半島に渡ったことをきっかけに警察予備隊が組織された。
9条の「戦力」に当たるかどうかで問題となるが,
政府は,近代戦争を遂行する能力がないため「戦力」当たらないと説明した。
その後,1952年には保安隊に,1954年には自衛隊へと名称を変え,現在に至る。
- 【目的効果基準】
-
国家や公共団体の行為が,憲法21条後段,3項,及び89条に規定されている政教分離原則に適合しているか否かを判断する際に,
裁判所が用いている基準。
- 当該行為の目的が宗教的意義をもち,
- かつ,その効果が特定宗教に対する援助・助長・促進若しくは圧迫・干渉になる
という二要件をともに満たすとき違憲となる,という緩やかな基準である。
津地鎮祭事件,自衛官合祀拒否事件などの判決で目的・効果基準が用いられている。
- 【実質的平等】
-
事実上の差異(不平等)を是正することによって,
結果として格差が縮まることによって達成される平等のこと。
14条の法の下の平等から直接に導かれる概念ではなく,
25条以下の社会権の保障などによって実質的平等が具体化されることを憲法は予定していると解される。
例えば,累進課税制度は実質的平等に近づくための手段である。
(ex. 所得1億なら税金5000万,所得500万なら税金50万)
- 【統治行為論】
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いわゆる統治行為を認めることができるか。明文規定がないため問題となる。
統治行為とは,法律上の争訟として裁判所による法的判断が可能であるのに,
直接国家統治の基本にかかわる高度の政治性のために,
司法審査の対象とされない国家行為のことを言う。
この点,「法の支配」の原則の下では,かかる行為も司法権の範囲内にある以上,
司法審査の対象とすべきで統治行為は認められないとする見解がある。
しかし,憲法は国民主権原理を採用(前文・1条)し,
国政に関する判断は国民の厳粛な信託を受けた政治部門の判断にゆだねられるべきであって,
裁判所はかかる民主性の過程を尊重すべき立場にある。
とすれば,高度の政治性を有する統治行為については,
民主性の過程による判断を尊重すべきものといえる(内在的制約)。
よって,統治行為自体は原則として認められると言える。
ただし,統治行為は明文がなく内容も不明確な概念であるから,範囲は限定的に解するべきである。
とすれば,政治部門の裁量行為・自律権で説明できるものは排除すべきである。
また,基本的人権,とりわけ精神的自由の侵害については,民主制の過程そのものの瑕疵であり,
民主性の過程における回復は困難であるため統治行為を認める前提を欠くので統治行為論を用いるべきではない。
よって,この限りでは法の支配を貫徹し,人権保障を図るべきであると考える。
- 【生命における自己決定権】
-
自己決定権とは,自己に関わる私的な事項に関して,
公権力による干渉を受けずに自由に自ら決定し行動する自由のことをいう。
憲法13条の幸福追求権から導かれる「新しい人権」の中に自己決定権が含まれる,
という解釈が最近一般的である。
生命における自己決定権の問題として,尊厳死と安楽死をいかに扱うかということが挙げられる。
尊厳死とは,先端医療の発展の結果として生じた生命維持装置による延命治療を拒否して,
「人間らしい品位のある死に方」を選び取ることである。安楽死とは,
末期の病による痛みを除去して,安らかな死を選択することである。
安楽死には,間接的安楽死(鎮痛剤などの副作用により死期が早まる),
積極的安楽死(医師の手で患者を殺害),消極的安楽死(生命維持装置をストップ・延命治療の拒否)という区別がある。
安楽死や尊厳死を認めることは,医療の名のもとに行なわれる殺人を許容することになり,
本来医療に求められた役割の性質上妥当ではないといった批判が根強く,
法制化を進めるに当たっては,それが濫用されることが無いよう,十分な考慮が必要であろう。
- 【司法消極主義】
-
司法消極主義とは,裁判所が司法審査に当たって,
政策決定者たる政治部門の判断をできる限り尊重し,
それに介入することはなるべく控えようとする態度のことをいう。この論拠は,
- 裁判所は本来非民主的な機関であるから,
民意を反映する議会の意思を最大限尊重する必要があること
- 裁判所の客観性と公正さに対する国民の信頼を傷つけないための自制の必要性
- 経験的な審査方法に伴う慎重な対処の必要性
などに求められる。
ただし,日本においては,単に憲法判断をすること,
違憲判断を下すことに対する消極性の意味でこの言葉が用いられていることもある。
- 【自衛権】
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自衛権とは,外国からの緊急かつ現実の違法な侵害に対し,
自国を防衛するために必要な一定の実力を行使することを言う。自衛権行使のためには,
- 必要性(防衛のための武力行使がやむを得ないものであること)
- 違法性(外国からの侵略が違法なものであること)
- 均衡性(武力行使が侵害の程度と均衡を失さないこと)
の3要件が必要である。
なお,憲法9条では集団的自衛権は放棄しているが,
個別的自衛権までもは放棄したものではないというのが通説・政府見解である。
- 【相対的平等】
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事実たる差異に着目して,同一事情・同一条件の下では均等に扱う,
という意味での平等のこと。恣意的な差別は許されないが,法律上の取り扱いに差異を設けても,
それが実質的な差異との間に社会通念上合理的な関係があれば,
差別的な扱いでも許容されるということである。]
例えば,課税の際に貧富の差に着目して税率を変えることや,
刑罰を科す際に,犯人の性格などを考慮して刑罰の程度を変えることが,
社会通念上合理的なものであれば許容されるわけである。
- 【私人間効力(人権と私法関係)】
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基本的人権の保障に関する憲法の規定は,
私人間で人権侵害が行なわれた場合にも適用可能なものなのだろうか。
公権力による人権侵害の場合,制約主体である公権力は人権享有主体ではないが,
私人間効力の場合は,制約主体である相手方私人もまた人権享有主体であることから問題となる。
憲法は本来,公権力と私人との関係を規律するものであるため,私人間にこれを直接適用することは,
国家の過度の介入により市民社会の基本原則である私的自治の原則を脅かす恐れがある。
しかしながら,今日資本主義の高度化によって,
企業などの国家類似の私的団体が数多く生まれたため,
一般人の人権が企業のような社会的権力によって侵害される危険性が増えてきた。
よって,国家権力以外でも理不尽な権力を行使する強者を制限して弱者を守る必要性はあると言ってよい。
そこで,人権の対国家的性質,そして私的自治を侵害してはならないという原則,
といった点も配慮しながら,私人間における人権侵害を無視するわけにはいかない。
そのためには,国家が憲法価値を持ってある程度介入することはやむを得ない,
という発想との調整を図る必要がある。
そこで今日,憲法価値を民法90条の公序良俗規定のような私法の一般条項に取り込んで解釈する間接適用説という考え方が通説になりつつある。
この考え方は,憲法の条文の趣旨や目的から,一般的な人権については,
法律の概括的一般条項,特に民法90条や709条(不法行為の一般的要件・効果)のような私法の一般条項に憲法の趣旨を取り込んで解釈・適用することによって,
間接的に私人間の行為を規律すべきである,とする。
間接適用説を採った場合には,人権規定の適用の仕方に幅があることになるため,
緻密な利益衡量によって調整を図っていく必要がある。
参考文献:伊藤真「憲法」