担当:倉田原志(非常勤講師)
流行(外見上の問題)・風習(外見上の問題を越えて存在する習慣)・ しきたり(集団内部での規律 ex. 武士道)・道徳(人間の良心を基板とした規律)とともに, 法は我々の行為規範となるものであるが,法は,主として国家権力が遵守を強く強制するという点において, 他の行為規範に比べて最も強い拘束力を有する(この場合,「法と正義」の問題が重要となる)。
法の形式(存在形式)を法源というが,この意味における法源としては成文法と不文法の2種類がある。
主権国家は,ある領土内を法によって統治するが,その際,下位の法律が上法を犯していないか,違憲立法審査権で審査する。
ここで大きな問題になるのは,「憲法と条約の効力はいずれが上位にあたるか」というものである。
憲法優位説と条約優位説があるが,憲法優位説が多数説である。
また,憲法と条約の優先に関しては,憲法(特に§9)を頂点とする法体系と,日米安保条約を頂点とする法体系という,平和主義に関する異なる2つの法体系の優位をめぐって議論が交わされている。
| 民法 | §167.1 | 10年で消滅(但し,債権種類によって消滅時効は異なる。§170・§174) |
|---|---|---|
| 商法 | §552 | 商行為による債権は5年で消滅 |
| 民法 | §627 | 2週間(解雇者が採用の期限の定めを設けていない場合) |
|---|---|---|
| 労働基準法 | §20 | 30日(解雇者が採用の期限の定めを設けていない場合) |
| 法 | : | sollen (=should) 「こうあるべきである」(価値判断) |
|---|---|---|
| 事実 | : | sein (=be) 「現にこうなっている」(事実認定) |
根本的相違:国家権力による強制の有無
| 1.密接な関係 | : | 法的義務付けと道徳的義務付けが一致する場合。⇒「法とは最小限の道徳である」 |
|---|---|---|
| 2.無縁 | : | 法は,道徳よりも技術的でありかつ高度なもので,聖人君子を想定して規定されたものではない。 |
| 3.対立関係 | : | 「ユダヤ人虐殺法や治安維持法のような悪法も法か」・「何を以て悪法というか」という問題の中で,法と道徳の対立関係が生まれる。 |
権利とは,「意思」・「利益」・「法的な力」を基板として発生するものであり,一定の生活上の利益に関する法的な力である。 利益を得てはいるが法律で定められていない「反射的利益」とは区別される。 一方の義務は,権利に対して発生するもので,「作為義務」と「不作為義務」がある。
| 作為義務 | : | 積極的な行為を求めるもの。「〜しなさい」 |
|---|---|---|
| 不作為義務 | : | 消極的な行為を求めるもの。「〜するな」 |
「憲法の人権規定は国家に対して不作為義務を課す」かどうかについて問題になることがある。
司法権は最高裁判所および法律(=裁判所法)の定めるところにより設置される下級裁判所に属することになっている(憲法§76.1)。 司法権とは,紛争を解決するために法を事後的に適用する国家権力の作用をさすが,裁判所法の定める下級裁判所は,高等裁判所・地方裁判所・簡易裁判所・家庭裁判所の4種類である。
民事事件の場合,訴訟を提起するものを原告,提起された相手を被告という(原告・被告の両者を当事者という)。
権利能力を有する人・法人は訴訟の当事者となりうるし,それ以外にも法人格を有しない団体(社団・財団)で代表者・管理者の定めのあるものは当事者になりうる。
どの,あるいはどこの裁判所に訴訟を提起するかという管轄の問題については,訴額(訴訟の目的の価額)が90万円以上なら地方裁判所,以下なら簡易裁判所の管轄となるという規定(裁判所法§24.1.1・§33.1.1),
どこの地裁あるいは簡裁に訴訟を提起するかという土地管轄の問題は,民法に詳細な規定がある。
民法上の紛争は,本来当事者間で自由に解決してよい権利ないし利益を巡る争いが手なものであり,また,当事者が一番事情を知っているはずであるから,訴訟の審理にあたっては当事者に事実ないし証拠の解明をゆだねる方がよい。
この点から,民事訴訟においては,訴訟の解決・審理の資料の収集を当事者の責任ないしは機能とする「弁論主義」(=「当事者主義」⇔「職権主義」)がとられている。
ただし,人の基本的な身分関係の確定・形成を目的とする人事訴訟など交易が関係する訴訟においては,弁論主義は大幅に排除されている。
刑事事件においては,被害者の代わりに国家が被疑者を訴追し,刑罰権も独占している。
刑罰は,身体の自由や財産,生命などを制限するものであるため,ある種の人権侵害であるといえる。
このため,捜査過程における人権を守る規定として,憲法§31〜§40に刑事手続に関する人権保障規定(人身の自由)が定められている。
また,刑事罰を課すためには,構成要件該当性・違法性(阻却されることもある)・責任能力(ex. 刑事未成年14才未満:刑法§41)の3要件を満たす必要がある。
刑事事件においては,職務質問(警察官職務執行法§3を根拠)・任意捜査(聞き込みや参考人からの聴取)・強制捜査(捜査令状による捜索・差押など)によって警察の捜査が行われ,犯人が特定されると,逮捕令状による逮捕となる
(他に刑事訴訟法§213による現行犯逮捕,同§210による緊急逮捕などが認められているがいずれも憲法違反との指摘もある)。

警察における被疑者は48時間以内に送検するか否かの決定が為され,送検された場合には24時間以内に裁判官の決定による拘留を請求するか否かの決定が為される(拘留は,罪証隠滅の恐れによる身体拘留の必要性による)。
拘留期間は10日(さらに10日の延長があり得る)である。
拘留場所は,本来法務省管轄の拘置所であるが,監獄法の規定により警察の留置場も認められる。
これを代用監獄といい,自白の強要や誤判,冤罪の温床であるとも言われる。
被疑者を起訴するか否かの決定は,もっぱら検察官の裁量に委ねられている(起訴便宜主義)。
不起訴の場合,民間からランダムに選ばれた人が不起訴あるいは起訴相当の判断を行う検察審査会に見当を申し出たり,職権濫用罪などの場合に直接裁判所の審判に付す付審判請求が出来るが,
検察審査会の決定には法的拘束力がなく,付審判請求が認められることもまれである。
起訴は,検察官の起訴状の提出によって行われ,裁判官に予断を抱かせるようなものを付加してはならないことになっている(起訴状一本主義)。
裁判は,被告人に対する人定質問,起訴状朗読,黙秘権の告知,罪状認否からなる冒頭手続に続弁護人(被告人)の最終弁論を経て判決にいたる。
裁判は原則公開で行われ,当事者(検察官・弁護人・被告人)の主張・立証を中心に行われるが,職権による証拠調もある。
有罪判決を出すためには,被告人が当該事件の犯人であることについて,裁判官が合理的な疑いを越える確信に至ることが必要で,そのような確信に達しない場合には,「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従って無罪判決が言い渡される。
また,被告人は確定判決が出るまで無罪として扱われる。
行政事件では,行政の活動に関係する事件が扱われる。すなわち,行政庁の許認可・処分などの公権力行使に関する不服訴訟や公法上の法律関係に関する訴訟事件を言う。
第1審で敗訴した当事者(控訴人)は,上級の裁判所に控訴することができ,控訴判で敗訴した当事者(上告人)は,さらに上告することができる。
例えば,第1審と控訴審では,法律問題(法律の解釈適用)と事実問題(事実認定)の両方が審理され(事実審),上告審においては事実審の行った裁判についてその憲法解釈の誤りの有無,その他憲法違反の有無が審査される。
従来,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反は上告理由とされてきたが,1996年の民訴法改正で,憲法解釈の誤りその他憲法違反がある場合に,最高裁への上告が制限され,
他方最高裁が法令の解釈に関する重要な事項を含むと認めた場合のみ,申し立てにより上告を受理する裁量上告制度が採用されるに至った。
なお,控訴を省略して上告を認める飛躍上告・跳躍上告の制度もある。
これは,例えば,民事訴訟では,当事者に事件の事実関係について争いがなく,法律問題についてだけ争いがあるような場合,速やかに上告審の判断を仰ぐことができるように認められた制度である。
確定した裁判をもう一度やり直すことは原則として許されないが,一定の場合,すなわち,確定判決に問題がある場合と有罪判決を受けたものに有利な明らかな証拠がある場合,例外的に再審が認められている。
刑事事件の場合には,被告人に不利は再審は行われないことになっている。1979年以降再審無罪となった事件は,財田川事件・免田事件・松山事件・島田事件などであり,刑事裁判の運用の問題を提起した。
婚姻,夫婦,離婚,相続の遺産分割など家族に関する事件は一般の民事事件と異なり,公開の法廷で白黒をはっきりさせることに馴染まない。 そうした紛争の処理にあたるのが家庭裁判所である。家庭裁判所は,家庭事件の審判・調停,少年保護事件の調査・審判を担当する(別表参照)。
国家(ある一定の領土を基礎とし,固有の統治権のもとに,一定範囲の国民によって組織された組織的団体<=国家の三要素説>)という統治団体の存在を基礎づける基本法。
[性格]
前文は裁判規範となりうるか,すなわち,前文を根拠にして裁判所に救済や訴訟を提起できるかが問題となる。 背景的権利となりうるとして平和的生存権を主張する説や法律的効力のない抽象的権利とする説,法律的効力を持つ具体的権利として裁判規範になるとする説がある。
憲法は国の最高法規である(§98)であるから,憲法以下のあらゆる法規範は憲法に適合するものでなければならず,これに反する法律・命令などの「全部又は一部は,その効力を有しない」こととなる。
このような法律等の憲法適合性を判断する権限(違憲審査権)を憲法は裁判所に与えている。
その方法はアメリカと似ているが,日本独自の制度もある。
しかし,裁判の「民主的正当性」との関連で,立法機関である国会の議員は国民の代表であるのに対し,裁判官がそうでない以上,国民の代表が決めた法律を覆す権利がそもそも存在するのか否かという問題点も指摘されている。
一般に,違憲審査制は,具体的な訴訟を前提として,通常の司法裁判所が審査を行う「付随的違憲審査制」と,特別な憲法裁判所を設置して具体的な訴訟事件を離れた審査を行う「抽象的違憲審査制」がある。
後者は独・仏・伊などで採用されている。日本がどちらに属するかは議論がある。
憲法は特に最高裁判所に対しドイツの憲法裁判所のような特別の権限を付与したものだと解する説もあるが,最高裁は警察予備隊違憲訴訟においてこの見解をはっきり否定している。
また元裁判官の伊藤正己のように,日本では違憲判決が少ない司法消極主義の現状から日本にも憲法裁判所を設けるべきだという意見もある。
[事実] 当時の左派社会党委員長鈴木茂三郎は,国が昭和26年4月1日以降に行った警察予備隊の設置並びに維持に関する一切の行為が憲法9条に反して無効であることの確認を求める訴えを,直接最高裁に提起した。
鈴木茂三郎は,その際手続上の問題として,最高裁は憲法81条により一般の司法裁判所としての性格と,憲法裁判所としての性格を併有する,と主張したが,最高裁判所は訴えを却下した。
[判旨] 諸外国の制度においては,司法裁判所が違憲審査を行う以外に,特別の機関を設けて,具体的訴訟事件と関係なく法律命令などの合憲性に関しての一般的抽象的な宣言をなし,それらを破棄・失効させる権限をもつものがある。
しかし,わが裁判所が現行の制度上与えられているのは司法権を行う権限であり,そして,司法権が発動するためには具体的な訴訟事件が提起されることを必要とする。
わが裁判所は具体的な訴訟事件が提起されないのに,将来を予想して憲法およびその他の法律命令等の解釈に対し存在する疑義論争に関し抽象的な判断を下すごとき権限を行い得るものではない。
ひとつは,憲法判断をするまでもなく事件が解決する場合であり,恵庭事件がこれにあたる。
[事実] 北海道千歳郡恵庭町(現恵庭市)にある陸上自衛隊島松演習場付近の酪農民は,演習の爆音等によって乳牛に被害を受けたので,自衛隊に補償を請求したが,自衛隊法に補償規定がないことを理由に認められなかった。
そこで,牧場との境界線付近での射撃に際しては事前連絡するという紳士協定が成立した。
ところが,昭和37年12月11日,何の連絡もなくカノン砲の砲撃演習が開始されたので,Xら兄弟は現場に行って抗議したが,射撃が続行されたので,射撃命令伝達などのために敷設されていた連絡用の電話線を数カ所,ペンチなどで切断した。
この行為が,自衛隊法121条違反に問われたが,札幌地裁は無罪とした(確定)。
[判旨] 一般に刑罰法規は,その構成要件の定め方において,できる限り,抽象的・多義的な表現を避け,その解釈運用にあたって,判断者の主観に左右される恐れの少ない明確な表現で規定されなければならないのが罪刑法定主義に基づく強い要請である。
本件罰条にいわゆる「其の外の防衛の用に供する物」という文言は,包括的・抽象的・多義的な規定方法である。
本件罰条の文理的構造に照らすと,ひろく,自衛隊が所有し,または使用する一切の物件に対する損傷行為を処罰対象としているものではないことは明白であり,
「防衛の用に供する物」とは例示物件と法的にほとんど同列に評価しうる程度の密接かつ高度な類似性の認められる物件を指すというべきである。
Xらの切断した本件通信線がそれにあたるか検討してみると,前期例示物件との類似性の有無に関して実質的な疑問を差し挟む理由がある場合には,
罪刑法定主義の原則に基づき,これを消極的に解釈して,「防衛の用に供する物」には該当しないと考えるべきである。
弁護人らは,本件捜査の当初から,自衛隊法全般ないしは自衛隊等の違憲性を強く主張しているが,
裁判所が一定の立法なりその他の国家行為について違憲審査権を行使しうるのは,具体的な法律上の訴訟の裁判においてのみであるとともに,具体的訴訟の裁判に必要な限度に限られる。
これを刑事事件に関して言うなら,当該事件の裁判の主文の判断に直接かつ絶対必要な場合にだけ,立法その他の国家行為の憲法適否に関する審査決定を為すべきことを意味する。
したがって,Xらの行為について,自衛隊法121条の構成要件に該当しないとの結論に達した以上,もはや弁護人ら指摘の憲法問題に関し,何らの判断を行う必要がないのみならず,これを行うべきでもない。
もう1つは,政府・国会などの政治部門によってなされる国家行為をめぐって具体的な法的訴訟が提起され,しかも法的判断が可能であるにもかかわらず, その行為が高度に政治的であることを理由として,それに対する法的判断は司法権の外にある,という形で憲法判断が回避される場合がある。 いわゆる「統治行為論」である。苫米地事件判決によって採用されるに至るが,この統治行為論には諸説の指摘がある。
「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは」との留保付きの統治行為論にふれた判例として,砂川事件の最高裁判決,百里基地訴訟第1審判決,長沼ナイキ基地訴訟控訴審判決などがある。
[事実] 昭和27年8月に吉田茂内閣が行った衆議院の解散(いわゆる「抜打ち解散」)は,実質的にも手続的にも憲法違反であると考えた当時の衆議院議員苫米地義三は,
まず,憲法81条からして最高裁は憲法裁判所としての権限を有するとして,直接に最高裁に本件解散の無効確認を求めて出訴したが,最高裁は,警察予備隊違憲訴訟の最高裁判決を用いて却下した。
そこで苫米地は,衆議院議員としての地位確認と任期満了までの歳費の支払いを求めて再び訴訟を提起した。
本件の主な争点は,本件解散は憲法69条に該当する場合でないのに単に憲法7条に依拠して行われたがゆえに無効であり,
またそうでなくても,本件解散には憲法7条所定の内閣の助言と承認が適法になされたとはいえない,とする原告の主張の当否と,
衆議院の解散の適法性については裁判所は判断する権限がない(統治行為論)とする被告(国)の主張の当否であった。
東京地裁は,憲法81条等を根拠として原則的に統治行為論を否定し,憲法7条による解散も違憲ではないが,
本件解散については,一部閣僚の賛成のみで適法な閣議決定があったとは言えず,内閣の助言があったとは言えないとして,
苫米地の主張を結論的に認め,歳費28万5000円の支払いを命じたが,東京高裁は,統治行為の否定に関しては第1審を支持しながらも,本件解散は合法・有効であったとして,第1審判決を取り消し,苫米地の至急を棄却した。
そこで苫米地は上告したが,最高裁は上告を棄却した。なお,本件解散については審査しうるとする4人の裁判官の違憲が付いた。
[判旨] 現実に行われた衆議院の解散が,その依拠する憲法の条章について適用を誤ったがゆえに,法律上無効であるかどうか,これを行うにつき,
憲法上必要とさせられる内閣の助言と承認に
[部分社会論] 裁判所法§3により,裁判所は,憲法§55・§64等で定められた治外法権・国際法・衆参両院の自律権のようなものを除いて,一切の法律上の訴訟を裁判するとされているが,
自立的な法規範を持つ社会・団体内部での,一般社会に影響を与えない問題について裁判所は関知すべきでないとして,裁判所が法律上の訴訟について判断しない場合がある。
ただ,多様な団体を一括して部分社会とすることに批判も出ている。判例としては,村会議員出席停止事件,政党に対しては高度な自主性・自立性を認め,規約に
[事実] 新潟県のある村の合併に伴う村役場の位置をめぐる対立の中で,村会議開会の
[判旨] 裁判所法3条にいう「一切の法律上の訴訟」とは,あらゆる法律上の係争という意味ではない。
一口に法律上の訴訟と言っても,その範囲は広範であり,その中には事柄の特質上司法裁判権の対象の外に置くを相当とするものがあり,自律的な法規範を持つ社会ないしは団体にあっては,
当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ,必ずしも裁判にまつを適当としないものがある。本件出席停止のごとき懲罰はまさにそれに該当する
(もっとも,議員の除名処分のごときは議員の身分喪失に関する重大事項で,単なる内部規律の問題に止まらないのであって,本件における議員の出席停止のごとく議員の権利行使の一時的制限に過ぎないものとは自ずから趣を異にしている)。
[宗教的紛争] 具体的な権利義務に関する法律上の訴訟であっても,その前提問題として宗教上の協議などの判断が不可欠な場合に裁判所は判断をしないことがある。 最高裁は,日蓮正宗管長地位不存在確認事件判決において,具体的な権利義務ないしは法律関係に関する紛争であっても,法令の適用により終局的に解決できない事柄については判断できないとした。その他には,「板まんだら」事件などがある。
[合憲限定解釈] 合憲な憲法判断や憲法解釈を示す。
[法令違憲] 法令の規定それ自体を違憲だとする手法。
[適用違憲] 法令自体を違憲だとすることを避け,むしろ法令が適用される事例の特殊性に着目して,法令の規定がこのような事例に適用される限りにおいて違憲とする手法。
[一般的効力説] 違憲判決の出た法令は法典から削除されるべきとする説
[個別的効力説] 当該事件のみに適用されないのであり,法律の存在そのものには影響しないとする説(適用違憲に近い)
[法律委任説]
一般には,参政権・社会権・入国の自由などは保障されず,保証される程度・限界は,例えば政治活動の自由のように,日本国民と全く同じというわけにはいかない。 国籍法§2では,出生のとき父母のいずれかが日本国民であればその子は日本国民であるとする血統主義を採用している(⇔出生地主義:国内で生まれれば国籍を取得できる)。 判例としては,入国の自由が争われたマクリーン事件がある。入国の自由は,自国の安全に関わる場合は勿論,基本的に入国させるか否かはその国の自由裁量であるとされた。 定住外国人の参政権が争われた定住外国人の選挙権事件もある。本来参政権は,国民が自分の属する国の政治に参加する権利であり,当該国民のみに適用されるものであるが,最近では,地方自治体レベルでは定住外国人の選挙権を認める説が有力である。 とはいっても,最高裁は,定住外国人に選挙権を認めることが憲法上要請されているとする要請説の立場には立たず,選挙権を与えることも許容されるとする許容説に立っている。 また,社会権については,原理的に認められないものではなく,財政的余裕があれば享有できるものとされ,最近では,難民条約や人権規約などによって,国籍条項の撤廃などを中心として,社会権が認められつつある。
[事実] 上告人マクリーンは米国国籍を有する外国人で,1969年に在留期間1年の上陸許可を得て入国し,英語教師をしたりしていた。
その期間が切れる直前に,彼が1年間の在留期間の更新を申請し,出国準備期間として120日間更新が許可されたが,
その後さらに1年間の更新を申請したところ,法務大臣は,在留期間中の無断転職と外国人べ平連などの政治活動を理由に許可しないとする処分を行った。
そこで彼は,この処分の取り消しを求めて出訴した。
東京地裁は訴えを認め,不許可処分を取り消したが,東京高裁は逆に,法務大臣の処分を認めて第1審判決を取り消し,申請を棄却し,最高裁も上告を棄却した。
[判旨] 憲法22条1項は,日本国内における居住・移転の自由を保障する旨を規定するにとどまり,外国人が我が国に入国することに関しては何ら規定していない。
従って,憲法上,外国人は我が国に入国する自由を保障されているものではないことは勿論,所論のように,在留の権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものではない。
基本的人権の保障は,権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き,我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであり,
政治活動の自由についても,我が国の政治意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等,外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き,その保証が及ぶと解すべきである。
しかし,我が国に在留する外国人は,法務大臣がその裁量により更新を適当と認めるに足る相当の理由があると判断する場合に限り,在留期間の更新を受けることができる地位を与えられているに過ぎず,
したがって,外国人に対する憲法の基本的人権の保障は,右のような外国人在留制度の枠内で与えられているに過ぎないのであって,在留の許否を決する国の裁量を拘束するまでの保証,
すなわち,在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新の際に,消極的な事情として
[事実] Xら11名は,日本に生まれ大阪市内に居住する韓国籍の定住外国人であるが,平成2年9月1日登録の選挙人名簿に登録されていなかったので,Xらを名簿に登録するよう異議の申し出をしたが却下されたため,
公職選挙法9条2項が地方公共団体に関する選挙の選挙権を有するものの要件としている「日本国民」の中には,日本で生まれて日本で教育を受け,日本の社会に生活の本拠を置き,日本語を話し租税を納めているなど,
ほとんどの点で何ら日本人と異なるところのない定住外国人を含むと解すべきであるなどとして,現行制度が憲法14・15・92・93条等に違反すると主張した。
[判旨] 憲法15条1項の規定は,国民主権の原理に基づき,公務員の終局的任免権が国民に存することを表明したものに他ならず,憲法の国民主権の原理における国民とは,日本国民すなわち我が国の国籍を有するものを意味することは明らかであり,
憲法15条1項の規定は,権利の性質上日本国民のみを対象とし,右規定による権利の保障は,我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。
国民主権の原理及びこれに基づく憲法15条1項の規定の趣旨にかんがみ,地方公共団体が我が国の統治機構の不可欠の要素を為すものであることをも併せ考えると,
憲法93条2項にいう「住民」とは,地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり,
右規定は,我が国に在留する外国人に対して,地方公共団体の長,その議会の議員などの選挙の権利を保障したものということはできない。
しかし,憲法第8章の地方自治に関する規定の趣旨からすると,我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であって,
その居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められる者について,その意志を日常生活に密接な関係を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく,
法律を以て,地方公共団体の長,その議会の議員などに対する選挙権を付与する措置を講ずることは,憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。
しかしながら,右のような措置を講ずるか否かは,専ら国の立法政策に関わる事柄であって,このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない。
憲法特にその人権規定は,歴史的にいって,国家の権力行使に枠をはめて個人の基本的な自由を守るという思想に基づいている。
近代法は,私的な社会関係を原則的に私的自治による契約の自由に委ね,国家権力がこれに干渉することはできる限り避けるべきであるとしてきた。
しかし,現実の権利侵害は,必ずしも国家や公共団体の権力行使によってばかりではなく,学校・企業その他様々な私的団体の内部でも生じている。
したがって,これらの原則は,特に現代社会では全面的には妥当しないかもしれないが,日本国憲法の下でも基本的にはこれらの原理を維持しながら,いかに現代社会の諸問題を憲法の理念に沿うように解決するかが重要である。
憲法の人権規定の私人(第3者)間効力については,次の3説がある。
最高裁は,三菱樹脂事件においては,企業の自由を広く認めて,憲法は企業と労働者のようないわばヨコの関係には,原則的に介入すべきでないという消極的見解を示していたが,日産自動車事件において間接適用説を採用している。
憲法の人権規定が全ての人権を網羅しているわけではない。そのため,新たな人権の根拠として,この憲法§13の規定が用いられることがある。しかしその場合,この規定の射程(保護領域)が問題となる。
プライバシー権は元来,民法の不法行為を構成する観念の一つとして捉えられ,宴のあと事件でも,基本的に不法行為法上の人格権の一部として理解されている。 この事件は,三島由紀夫のモデル小説「宴のあと」が原告のプライバシーの侵害であるとして,三島と出版社に対する損害賠償と謝罪広告の請求が為されたものである。 裁判所は,いわゆるプライバシーの権利を「私生活をみだりに公開されないという法的保証ないしは権利として理解される」とし,プライバシー侵害に対して損害賠償などの法的救済が与えられるための三要件を初めて示して注目された (この事件では一方で,作家の表現の自由と,モデルとなった人物のプライバシーをどう調停するかが問題となっている)。 しかし,こうした私人間の紛争だけでなく,特に現代の情報化社会においては,公法的にも保護されるべき権利としての側面も重要になっている。 最高裁は,京都府学連デモ事件においては肖像権に関連して,憲法13条は,「国民の私生活上の自由が,警察権などの国家権力の行使に対しても保証されるべきことを規定している」とし, その具体的権利性を承認し,そのような私生活上の自由の一つとして,何人も本人の承諾なしに,みだりにその容貌・姿態などを撮影されない自由(これを肖像権と称するかは別として)を有すること, したがって,警察官が,正当な理由もないのに,個人の容貌などを撮影することは憲法13条の趣旨に反し許されないことを一般論は認めている。 また,前科紹介事件では,犯罪歴という,人が秘匿しておきたい情報の開示に関わる公権力の行使が問題となった。
(印刷が欠けていたため解読不能) 生命維持装置による延命治療を拒否して,「人間らしい品のある死に方」(尊厳死)を選び取る自由を,
一定の条件下で許容すべきかどうかの問題や,いわゆる安楽死,特に死期を早める積極的な安楽死の問題である。
最近ではこれが「リヴィング・ウィル」の問題と関連させて論じられている。
安楽死に関わる判例としては,山内事件(名古屋高判 昭37.12.22)と東海大学附属病院事件(横浜地判 平7.3.8)がある。
山内事件においては,安楽死という行為の違法性を阻却する要件として,次の6要件を掲げた(いわゆる「福祉本意だ」)。
第1審では尊属殺人罪が適用されたが,第2審では嘱託殺人罪を認め,安楽死により無罪という弁護人の主張を退けた。
東海大学附属病院事件では,医師が,多発性骨髄腫の患者に対し,その妻及び長男の懇請に応じて,点滴を外すなど治療の中断をするとともに, 意識不明の状態にある患者に塩化カリウムを注射して死亡させたという事案につき,殺人罪が認められた。 そこでは,安楽死に関して4要件を示した。本件の場合には,患者にはすでに肉体的苦痛はなく,意思表示もなかったとされている。
また,尊厳死についても2要件を示した。
本件の場合は,患者の苦痛に関して家族は正確に理解しておらず,家族と医師の意志疎通も不十分であって,本人の意思を推定できないとされている。
現行民法が法律婚主義を採用しているために,婚姻関係にある親から産まれた子とそうでない子とについて相続上の差を設けていることが,法の下の平等を定めた憲法14条に違反しないかが争われた。
最高裁は同条を合憲とした。これには,5人の裁判官の反対意見がついた。
平成の家族法改正の議論の当初には,本件規定の問題は取り上げられていなかったが,この抗告事件が出されたことで,非嫡出子と嫡出子の法定相続分を平等とするよう改正が行われることになった。
[決定要旨] 本件規定の立法理由は,法律上の配偶者との間に出生した嫡出子の立場を尊重するとともに,他方,非相続人の子である非嫡出子の立場にも配慮して,
非嫡出子に嫡出子の2分の1の法定相続分を認めることにより,非嫡出子を保護しようとしたものであり,法律婚の尊重と非嫡出子の保護の調整を図ったものと解される。
現行民法は法律婚主義を採用しているのであるから,右のような本件規定の立法理由にも合理的な根拠があるというべきであり,本件規定が非嫡出子の法定相続分を嫡出子の2分の1としたことが,
右立法理由との関連において著しく不合理であり,立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えたものということはできず,本件規定は,合理的理由のない差別とは言えず,憲法14条1項に反しない。
この最高裁判決では,本件規定の<立法目的>と<立法目的を達成する手段>が問題とされた。
判決は,15人中8人の裁判官が支持した手段違憲説をとったが,他6人は目的そのものが違憲とする目的違憲説をとり,1人は目的・手段ともに合憲であるとした。
つまり,判決によれば刑罰の加重の程度が極端でなければ合憲であることになり,その後の最高裁判決もこのことを確認したが,
刑法の平仮名化を目的とする1995年の改正で,尊属殺人罪を含む尊属犯罪重罰規定がすべて削除された。
[判旨] 刑法199条の他に刑法200条を置くことは,憲法14条1項の意味における差別的取り扱いにあたるというべきである。
そこで,刑法200条が憲法の右条項に違反するかどうかは,このような差別的取り扱いが合法的根拠に基づくものであるかどうかによって決せられる。
刑法200条の立法目的は,尊属を卑俗又はその配偶者が殺害することを以て一般に高度の社会的道義的批判に値するものとし,
かかる所為を通常の殺人より厳重に処罰し,以て特に強くこれを禁圧しようとするにあるものと解される。
尊属に対する尊重思想は,社会生活上の基本的道義というべく,このような自然的情愛ないし普遍的倫理の維持は,刑法上の保護に値する。
したがって,自己又は配偶者の直系尊属を殺害するがごとき行為をあえてした者の背倫理性は特に重い非難に値する。
それゆえ,普通殺の他に尊属殺という特別の罪を設け,その刑を加重すること自体は直ちに違憲であるとは言えないが,刑罰加重の程度が極端であって,
立法目的達成の手段として甚だしく均衡を失し,これを正当化すべき根拠を見出しえないときは,その差別は著しく不合理なものといわざるを得ず,かかる規定は憲法14条に違反して無効である。
このような観点から刑法200条を見ると,同条の決定刑は死刑又は無期懲役刑に限られている点において,普通殺人罪に関する同法199条の決定刑と著しい対照をなしている。
こうして見てくると,尊属殺の決定刑は,死刑又は無期懲役刑に限られている点において,あまりに厳しいものというべく,上記のごとき立法目的のみを以てしては,
これにつき十分納得すべき説明がつきかねるところであり,合理的根拠に基づく差別扱いとして正当化できない。
以上の次第で,刑法200条は,その立法目的達成のため必要な限度をはるかに越え,著しく不合理な差別取り扱いをするものと認められ,
憲法14条に違反して無効であるとしなければならず,尊属殺にも刑法199条を適用するほかはない。
日本国憲法は15条1項で選挙権を,また3項で普通選挙を,そして4項で投票の秘密を保証しているほか,44条でも選挙権の平等を確保している。
ところが,人口の移動に即応して,議員定数が適正に更正されないために,いわゆる「一票の重み」すなわち投票が選挙結果に及ぼす影響力(投票の価値)に極端な不均衡が生じる場合がある。
これが,選挙の平等の問題として数多くの裁判で争われている「議員定数不均衡」の問題である。
すでに1962年(昭37)年7月の参議院議員選挙に関して最大格差4.09倍という不均衡が問題とされていたが,最高裁は「立法政策の問題」として違憲の主張を退けていた。
1972(昭47)年12月の衆議院議員選挙の際の兵庫5区と千葉1区との格差4.81倍(最大格差は4.98倍)に対して,東京高裁は合憲判決を出した。
このため,これを不服とする原告の上告に対し,最高裁はこれを破棄自判し,衆議院議員定数配分規定違憲判決(最大判 昭51.4.14)において,
衆議院の議員定数を定めた公職選挙表の別表1を違憲としたが,行政事件訴訟法31条規定,いわゆる事情判決の法理を用いて,選挙自体は無効としなかった。
最高裁はその後も,1980(昭55)年6月選挙当時の最大格差3.94倍につき,投票の格差は違憲状態に至っていたことを認定しながらも,
合理的期間内に是正がなされなかったとの断定は困難であり,できるだけ速やかに改正されることが強く要望されると警告した(最大判 昭58.11.7)。
しかし,この「違憲状態」判決後の1983(昭58)年12月選挙の最大格差4.41倍に対する判決(最大判 昭60.7.17)では,再び上述のような事情判決の方法が採用された。
最近の判決としては,1992(平4)年改正による選挙法のもとで行われた1993年7月選挙の2.82倍について,上記の昭和58年判決を踏襲した合憲判決がある。
衆議院議員選挙は,従来いわゆる中選挙区制のもとで行われてきたが,1994年の改正により,小選挙区比例代表並立制が導入され,これに基づく初めての選挙が1996年10月20日に行われた。
しかし,この制度下でも1票の格差の問題は完全には解決されていない。
他方,参議院議員の選挙区選出議員の定数配分規定(公職選挙法別表2)について,最高裁は従来,衆議院とは異なる参議院の特殊性を理由として,国会の有する広い立法裁量を認めて合憲とし(昭58),
その後もこの判例が踏襲されていたが,6.59倍にまで拡大した格差を最高裁が初めて違憲状態であると認定しつつ,選挙の無効請求は棄却する判決が出た(平8)。
なお,公職選挙法は,地方議会の議員定数については,「人口に比例して」条例で定めるべきであると規定しており,
東京議会の議員定数について,公職選挙法違反であり違法とする最高裁判決もある(最一判 昭59・最三判 平3など)。
精神的事由と経済的自由の二重基準論に対しては,民主的な精神活動に優越的な価値を認める。
[事実] 被告Yは,衆議院議員選挙に徳島県から立候補し,その選挙運動期間中にNHKラジオでの政見放送において,対立候補である原告Xが,
県副知事在任中に発電所の発電機購入に絡んで業者から800万円の斡旋料を受け取ったという虚偽の事実を公表し,また訴外Aは,徳島新聞紙上で公開状と称してYに釈明を求めた。
これに対し,Yが翌日の同紙上で先の事実を再び公表したので,Xは,これが事実無根であり名誉を著しく傷つけられたとして,名誉回復のための謝罪文のラジオでの放送と新聞史上への掲載を求める訴えを起こした。
第1審はラジオでの放送は認めなかった以外は原告Xの請求を認め,Yに対しラジオ放送や新聞記事が「真実に相違しており,貴下の名誉を傷つけご迷惑をおかけいたしました。
ここに陳謝の意を表します。」という文面の謝罪文を徳島新聞他3紙上に掲載することを命じ,高裁も原判決を支持した。
そこでYは上告し,自己の全然意図しない言説をYの名前で新聞に掲載せしむるのごときは,Yの良心の自由を侵害するものだと主張したが,最高裁は上告を棄却した。
しかし,「良心」の意味するところについて,1名の補足意見,1名の意見,2名の反対意見がついた。
[判旨] 民法723条にいう「適当なる処分」として謝罪広告を新聞紙等に掲載すべきことを加害者に命ずることは,
従来学説判例の公認するところであり,またその掲載は我が国国民生活の実際においても行われている。
もっとも謝罪広告を命ずる判決にもその内容上,これを新聞紙に掲載するかどうかを謝罪者の意思決定に委ねることを相当とするものもあり,
時にはこれを強制することが責務者の人格を無視し著しくその名誉を
精神障害の治癒を依頼されて,線香護摩による加持祈祷を行った結果,精神障害者を心臓麻痺で死亡させた僧侶が,傷害致死罪に問われた事件で, 最高裁は当該行為が「著しく反社会的」で「信教の自由の保障の限界を逸脱した行為」であるとして原審の有罪判決を支持した。
窃盗などの事件の犯人として警察が追求していた高校生2人を教会内に宿泊させたとして,犯人蔵匿罪に問われた牧師の行為につき, 信教の自由の一内容としての牧会活動であるとして,被告人を無罪とした神戸簡裁の事例がある。
宗教法人法は,宗教団体が法人格を取得する道を開いているが,§81では「法令に違反して,著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為」や「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為」をしたこと等の事由が認められるときは,裁判所が当該法人の解散を命じることができるとしている。 最高裁は,宗教法人「オウム真理教」解散命令に関して,上記の加持祈祷事件の判決を引用して合憲とした(オウム真理教の解散問題に関しては,破壊活動防止法との関わりで議論がある)。