!・・・  江守徹の ・・・!
!・・ シェイクスピア ・・!

<2>マクベス


*// 覚醒の勝利 //*


さて、「ハムレット」のページで書いたとおり、 私は極端に守備範囲が狭いので、シェイクスピア劇でも 「ハムレット」と 「真夏の夜の夢」以外は、たいして見ていなかったりします。

で、「マクベス」なんですが、玉三郎のマクベス夫人なんか見ながら、 「この話って、いったいどこが面白いんだろう??? 気の弱い悪人が、奥さんに尻を叩かれて主人殺しをしたのはいいけど、 けっきょく自分の気の弱さに自滅しちゃった・・・ってだけの話で、  ヤマもオチもイミもないぞ・・・???」 と悩んでいました。
しかも 「まだ、このダンナのナサケナイ性格は一応理解できるとして、 このマクベス夫人の性格は何なんだ???  自分でけしかけてダンナに主人殺しさせといて、 なんで罪悪感で気が狂うんだよ。 女だから本当は気が弱くて、 結局計画殺人には耐えられなかった・・・とか、 そういう女性らしさの描写なのか?  けしかけたあげく自分で気が狂うんじゃ、バカじゃん・・・」 などと、 かなり納得のいかない設定だったのであります。
「なんか、これが人気あるっていうのもフシギだなぁ・・・???」  と、私はけっこう困っていたのでした。

さて、そうこう考えている内、NHKテレビのBSで、 江守徹さんの「マクベス」が番組表に出ました。
「マクベスってのが今ひとつ乗らないけど、とりあえず見てみよう」  と、チャンネルを合わせたんですけど・・・

こ・・・ こんな話だったんなら最初から教えといてくれーーっ!!

というくらい、「目からウロコ」状態でした。

なんと、この話、「夢」 を回転軸にした、二重螺旋構造の話だったんですね!  どういうイミかというと・・・ まぁ、とりあえず内容をお話ししてみましょう。


まず、マクベスというのは、小悪人のくせに気弱で意気地がなく、 もっぱら気の強い奥さんの尻に敷かれている、ナサケナイ男です。
奥さんの方は権力欲も強く、目的を達成するためには手段を選ばず、 自分の手を血で汚すのも平気・・・というタイプ。 自分たちの館へ、主人にあたる王様が泊まりに来た夜に、 ダンナのマクベスをそそのかして殺させてしまいます。

ラッキー! これで王様の位も領地も私たちのもの! と喜んだ奥さんは、 殺人でビビリまくって気が動転し、 パニックになってるダンナを、「バレやしないんだからしっかりしなさいっ!」  と、彼の短剣をひったくり頭からどやしつける豪快ぶり。
ここまでは、< 現実的で強い奥方 vs  夢見るだけで現実をつかめない弱いマクベス > と、性格が好対称ですが、 このあと後半の運命を決定する重要なひとことがあります。
「もうオレは一生眠れない・・・マクベスは眠りを殺した・・・!」 と、 「眠り」を拒否するマクベスに、「いいから寝なさいっ 寝たら忘れるわよ、 寝ましょう!」 と、奥方の方は「眠り」を選ぶのです。

さて、慣れない殺人ですっかりヨレヨレになったマクベスは、 すっかり精神衰弱状態で、お客がいる中あらぬ事を口走り始め、 手を焼く奥方もなんとかその場を納めてはいるものの、 かなりの息切れ状態です。
このあたりで、2人の状態は交差し、ねじれながら近付いてきます。

そのあと、マクベスは3人の魔女に会います。  モイラ(人間の運命を紡ぎ出す女達)のようです。
で、この魔女達に 「森が動き出さない限り破れない」  「女の腹から生まれた者には殺されない」 という、 有名な予言を受けますが、これは「ベニスの商人」の「肉100ポンド」 というネタと同じく、ラストのどんでん返しへのひっかけになっていて、 普通はここでマクベスが、予言された自分の悲劇的な運命を、 ハッピーエンドと勘違いし、 そのせいで、いよいよ破滅への道を盲目的に歩み続ける、 という展開になるのですが、江守マクベスの場合は、 マクベスが自分の運命を手にした事で、 より「覚醒した」サイドに立つようになり、 「夢」や「眠り」の世界から遠ざかってゆきます。

一方、奥方は一日中眠りの中で夢にとらえらるようになり、 手にこびりついた血(殺人の記憶)に怯え続けています。
マクベスと奥方の立場が、眠りと夢を軸に、 逆側に入り込んできます。

やがて味方が次々と逃げ、 気の狂った(夢に取り殺された)奥方が死んだと聞かされた時も、 彼は「かわいそうに」と言うだけで、動揺の色を見せません。
最後にお世辞を使うだけのゴマスリ人間しか残らなくなっても、 マクベスはすでに怯えることもビビる事もなく、 森が自分の方に向けて移動してきてすら、 「女の腹から生まれた者には殺されない!」  と叫んで敵の真ん中に斬り込んでいく強さを見せます。  最初の頃の、 奥さんの後ろに隠れるようにして生きていたマクベスとは大違いです。 (このあたり、江守マクベスではかなり威厳のある描写になっています。)

最初の頃の奥さんと同じくらいの強靱さを、 この場面のマクベスは発揮していて、 攻め込んできた敵の 「あそこに何かとてつもなく強い者がいる。 マクベスだ!」 と言うセリフも納得がいきます。
そして、「オレは女の腹から生まれなかった、腹を破って出てきたのだ!」  と叫ぶ相手に 「それでもオレは負けない!」 と勝利宣言して、 果敢に向かっていきます。

普通はこの後で、マクベスが彼の剣に倒れる演出があって  「罪を犯した者の自業自得、因果応報」 を現す事になるのですが、 江守マクベスでは、二人は激しく戦いながら舞台の袖に入ってしまい、 マクベスの死ぬ場面や、作り物の首を持ってくる・・・という、 彼の敗北を現す演出は一切なくて、白い包みに包まれた首らしきものが、 槍に下げられている・・・という婉曲な表現だけでした。

殺人をすることで 「眠りを殺した」 マクベスは、 徐々に覚醒した世界に生きるようになり、 夢に入り込んでしまう奥方と入れ替わるような形で、 交差しながら強くなって、「誰も俺を殺せない」ようになってしまうわけで、 最初あれほど強かった奥方の方は、眠りの中に取り込まれて憔悴し、 (奥方は、殺人の後でマクベスに「寝ましょうあなた、眠るのよ!」と 何度も言い続けています)ついには、「眠り」に取り殺されてしまうのです。
ハムレットでも「死は長い眠りと同じだ。 眠ると夢を見る、それが恐ろしい」 というセリフがあって、シェイクスピアはよほど悪夢にうなされるたちか、 もしくは当時、何か「夢」についての怖い伝説や、 恐怖を伴う言い伝えのようなものがあったのでしょう。

「今まで見たマクベスの展開って、ラストの印象こんなんじゃなかったよな・・・?」 と、いつもわりといい加減に見ていた私は(ちょっと自信がないながら) 思ったのですが、これまでずっと不思議に思っていた
「なぜ、 あんなに強くて豪快な悪人のマクベス夫人がいきなり罪悪感で自滅するんだ???」
という謎が、
「そうか! 罪悪感で自滅したんじゃなくて、 眠りと夢につかまったまま取り殺されたのか!」
と納得できたのでした。

ほんとにこういう話なのか、江守マクベスが新解釈だったのか、 こういう解釈だと思って見たワタシがまちがっているのか、 そこのところは判断が難しいところですが、 ともあれ、マクベス夫人の謎が解けて、ホッとした私です。






<おまけ>
シェイクスピア・シアター
真夏の夜の夢


江守マクベスを見たのは、NHKBSの深夜1時頃からやっている 「20世紀シアター」という舞台中継の時間ワクです。
この時間帯は舞台中継の特選集のようで、 多岐に渡る演劇録画の出来のよかったものを集めて放送しているらしく、 ハズレのない面白いものが多いです。

さて、私がよく見るもう1つのシェイクスピア劇「真夏の夜の夢」ですが、 かなりの数見たと思うのですが、それなりに面白い物や、 それなりにきれいなものはあるものの、脚本で読んだときの 「こ、これは面白い!」というようなショックがない!
イギリスの妖精画か大島弓子さんしかピッタリこないのでは、 舞台劇にしたイミがないでしょう・・・  と、長い間不満だったのですが、この20世紀シアターの番組で、 ようやく1つ当たりが出ました!(本当にありがたい番組だ!)
舞台を見る人の間では有名らしいので、知っている方はよくご存じでしょう、 「シェイクスピア・シアター」の「真夏の夜の夢」です。

ごく限られたものを、しかもたいていテレビで見ている私ですので、 この劇団の公演そのものが初めてだったんですが、 終戦直後の日本の田舎の小学校を舞台に(そういう演出なんです。 ちなみに、セリフはラストの”イベント劇”のごく一部をのぞいては、 小田島雄志訳そのままです)真夏の夜の夢をやるという、なかなかムボーな展開!

ご領主様が校長先生、パックがランドセルを背負った短パンの小学生、 なんていううれしい設定です。
ちなみに、妖精の女王タイターニア(吉沢希梨)がすばらしく、 小妖精達を従えて、触ると人の心を狂わせるような、 そういうイメージ通りのタイターニアをやってくれる人というのはめったにないのですが、 おっかなくて好き者の王様オーベロン(松木良方)ともども、 イメージがぴったりでした!

で、けっこーコワくてでっかいヘレナ(好きな彼氏を友達に取られて、 駆け落ち先の森まで追いかけてくる、モテないかわいそうなおねーちゃんです。) が出たりして、  「ちょっと待ってくれよーー このキャラクターはあんまりだよー」  と大笑いしながら見ていたのですが、 ラストが素晴らしかった!!

だいたいこの「真夏の夜の夢」という話、 王様の結婚式に、村の職人の皆さんがお祝いの素人劇をやる ・・・という、劇中劇の設定がずっとついてまわっていて、 この中の「鍛冶屋(この劇中ではヤミ屋)のボトム(けつ!)」 さんというのが、森の中での練習中にがーがー寝てしまい、 ロバ頭になったあげく妖精の女王に惚れられて大騒ぎ・・・という 妖精サイドのしっちゃかめっちゃか騒ぎの中心人物なんですが、 しかし、ラストの大団円の後で、この「素人劇団」の演じる劇中劇が、 ものすごく長々と入って、いつも、 それまでどれだけ面白くても、ここでミョーにヘタってしまう。  という演出上の大弱点を抱えているのです。

で、私は 「どうもこれはヘンだ。 ここでこれだけ長々とヘタるのは 脚本の構成上おかしすぎる・・・ ぜったい最後がヘンだ。 何か現代の演出の解釈が間違っているのでは???」  と、ずっと思っていたのですが、この芝居を見て 「こ、これだーーっ!!」  と、大声で叫んでしまいました。

つまりこうです。 ボトムの役をやっている新本芳一さん (復員兵の衣装なのがスゴイ!)が、ものすごい芸達者で、 最後の「劇中劇」は、彼の一人舞台なんです!

シェイクスピアは座付き役者でしたから、本来、 売れっ子の役者さんに合わせて脚本を書いています。  (ハムレット役の役者が太っていたので、”汗かきだから”を入れたように)
で、多分この時は、ものすごくうまいコメディアンの人が一座にいたので、  「じゃあ、最後にあなたの独壇場を作るからよろしく」 みたいな感じで、 客席と王様一同と全員で、彼のギャグステージを見る事になっている。
残っている脚本は今のようなものですが、あれは多分基本のあらすじだけで、 本来はアドリブの入ったその人におまかせの展開だったのでしょう。  ( 伊東四郎さんがインタビューで言っていた  「昔の脚本家は初日までに脚本が出来ない事があって、シナリオ見ても  ”客がドッと笑う内に暗転” としか書いてないんだよ」  という、役者の技量に全部オンブにダッコしちゃう、アレです)
王様がまるで漫才師のような要領でツッコミを入れるセリフが残っているので、  「号外爆笑大問題」 のコラムのコーナーで、前で一人でやっている太田君と、 後ろでみんなと見ながらツッコミを入れる田中君・・・みたいな、 そういう構図が確定していたに違いありません。

で、こちらの「美男のピラマス役」のボトム君なんですが、 ライオンや塀の穴や月を相手に、踊るわしゃべるわ替え歌は歌いまくるわ、 縦横無尽のアップテンポのギャグの連続で、 私はついには涙を拭き拭き(笑いすぎたんです)倒れ込んで見てたんですが、  「そろそろ夜中がすぎた」 という王様のひとことでこの乱痴気騒ぎも幕になり、 パックの 「どんなめちゃくちゃな騒ぎも、一夜の夢とおぼし召してお許しあれ」 の口上で、すべてが終了しました。

おりしも番組の終了が夜明け頃でして、 なんともそのまま、夏の夜の夢だったのであります。




<お詫び>
あいかわらず記憶のみで書いております。  おぼえ間違い(特にセリフ等)があった場合はお許し下さい。


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