ビデオで観た謎の映画のお話です。
友人が 「とっても面白かったから見てね」 と、
BS録画したビデオを貸してくれました。
「ヒア・マイ・ソング」 という、一見地味そうなイギリス映画です。
ついていたメモに曰く
「石を井戸に投げ込んで、ウシが走ってくるシーンがたまりません」
・・・は???
続いて曰く 「見ればわかります」
そりゃまぁ、見ればわかるんだろうけど・・・???
というわけで、見てみました。
舞台はイギリスの港町、
田舎の小劇場を任されて、うさんくさい興行主をやっている青年が、
脱税でトンズラした ”幻の名テノール” と契約して客を呼び、
しかもそのテノールは彼の恋人のお母さんが若い頃好きだったという相手!
これでお母さんの株も上がるだろうと、
せこい綱渡りをしながらうまくやろうとしたところ、
契約したテノールは偽物で・・・ というあたりで、
すったもんだの大騒ぎになり、
劇場の持ち主団体からは首になり、恋人とお母さんには見捨てられ、
こーなったらもー、
本物のトンズラテノール御本人を探してくるしかない−−− というので、
情報持ちの友達を頼って、
本物が隠れているらしいというアイルランドへ渡ります。
とまぁ、全体は
「情けないおにーちゃんの失敗だらけのラブロマンス」 の体裁なんですが、
この映画、テーマが 「ノスタルジー」 という事のようで、
「映画ファンには懐かしい場面」 というのがドカドカ出てくる。
まずファーストシーンの彼の恋人は 「ティファニーで朝食を」
のオードリーヘップバーンの雰囲気だし、主人公の下で働く凸凹コンビが
「ミスターX来る!」 とポスターを貼りながら歌を歌って踊り、
道路の石畳にうっかり置いておいた帽子の中に、
通行人がチャリンと小銭を入れていって、
2人が思わず顔を見合わせる・・・というギャグも、
ハリウッド映画で確かに見たことがある。
お母さんと偽テノールが、水槽のあるレストランで食事をしていて、
お母さんの顔の片側だけに水のゆらゆらした光の反射が強烈に輝き続ける・・・
ああっ、この強烈な映像は確かに観たような気がするが、
いったい何の映画だったっけ?!?!
主人公と友人が車に乗りながら歌を歌って・・・これも知っているぞ・・・
なんだろう、ミュージカルだよな、ジーンケリーとフランクシナトラ??
「いつも上天気」??
酒場の中で歯の痛い老人が獣医に歯を抜いてもらう場面・・・
完全に西部劇だよなぁ、元ネタは。
本物テノールを追いかけて車で追跡してて、目的の車がひょいと横道に入るが、主人公たちの車は気がつかずに横道を通り過ぎる。
「あっ、見失ったな」と思って見ていると、カメラがそのまま固定で、
主人公たちの車が行った方向から勢いよく逆戻りしてきて、
慌てて横道を追跡する。
うぉーーー、この演出も知っているぞ! でも、何だったっけ?!
ぜったい見たことあるのに思い出せない・・・!
さて、さんざん苦労してついに本物のスカウトに成功し、夜明けを待つ間、
主人公は 「底なし井戸にほおり込むぞ」 と脅された井戸を庭で見つけて、
「底なしって言われたけど、どのくらい深いんだろう?」 と、
素朴な疑問がわき、中に石を投げ込んでみます。
−−−これがまた、深いんだな!
主人公は、小石を投げ込んでから 「ぽちゃ」 という音がするのを待っているんだけど、
もういつまでたっても全然音がしない。(大笑い)
友達がやってきて彼に 「何やってんだよ」
「イヤ、底なしだっていわれたから試してみてるんだけどさ・・・」
また石を投げ込んでみる主人公を見て、笑いながら去っていこうとした友人が、
しばらく歩いても、まだ 「ぽちゃ」 が聞こえないので、
慌てて走って戻ってくる (もっと大笑い)
このあと、友人と主人公の2人がかりで池にデカイ石をほおりこんでみて、
完全に大爆笑・・・みたいな事になるのですが、この三段オチの手法はもう、
あきらかにジョークか小咄かの有名なやつを下に敷いているに違いない!
で、見ながら 「でも、なぜこの場面は夜なんだろう・・・?
井戸の深さを見るなら普通昼間の明るい時間にやるはずだよなぁ・・・
人間の行動として、行動の時間帯が不自然だが???」
と、こちらも素朴な疑問を抱いてみていたところ、
エピソードの最後の場面になって、水平に切った画面の上部の空に、
大きな満月、右手から真横に走ってくるウシ−−−
「あー、ちょっと待ってくれーー!
これは、マザーグースの ”めうしが月を飛び越えた”
の画面じゃないかぁーーーっ!」
イギリスの童謡の本には必ず出てくる、もう人気一番といってもいい、
有名な歌の挿し絵に出てくる、そっくりそのままの雰囲気の画面設定!
すると左手の井戸は 「ジャックとジル
(これもマザーグースでは非常に有名な歌で、”ジャックとジル” は
”太郎と花子” のように、男女の名前の代名詞になっている)」
が水くみに行った井戸かぁ?!
こうなるともう、画面に次に何が出てくるかわからない状態。
物語の展開そっちのけで(おいおい)画面を見ていると、
本物テノール氏が偽物を追求する場面で、裸電球がブランコのように揺れて、
お互いの顔が電球の光でカットバックのように交互に映し出される手法が・・・
これは少し前に見たばっかりっ! オーソンウェルズの
「審判」の拷問シーンだっ!
そのあと楽譜を捜しに行く場面で、
主人公がずっと言い逃れの説得の時に使っている口癖のフレーズを、
恋人が使ってみせて・・・という切り返しも、
印象的なエピソードとしてハリウッドのしゃれた娯楽映画で見覚えがあるし、
警察が踏み込んできたところで、”逮捕は歌が終わるまで待ってください”
と、止める場面もどこかで覚えがある。
劇場の上からデカイものが降ってきて・・・って、
オペラ座の怪人ってこんなんじゃなかったっけ??
キレたデビッドマッカラム (この人は、出ているだけでもう懐かしいですね!)
の、ぶっとんだクレーンの操縦ぶりにも覚えがあるぞ。
(ピンクパンサー? スピルバーグ?
それともシリアスな戦争映画だったっけ???)
最後の見事なドンデン返しも、確かハリウッド映画の超娯楽大作か何かで、
もう思いっきり知っているタイプのキレのいいヤツだし!
まぁ、そんなわけで、最後の最後まで
「ああっ、これは知っているハズなんだけど、何の映画だったっけ?!」
の団体が怒濤のように次々と押し寄せてくるという、謎の映画でした。
友人はビデオと一緒に劇場公開時のパンフレットもつけてくれていたので、
慌てて中の記事を確認したのですが・・・
な、ないっ! 場面の元イメージについての解説が、
パンフレットに何も書いてないっ!
元ネタの解説どころか、
過去の映画に対するオマージュのように仕立ててあるというような説明すらなく、
かろうじて「オードリーヘップバーンを思わせる主人公の恋人・・・」 などと、
さらっとコメントしてあるだけ。
いや、わからなかったはずはないだろう。
こんなにはっきりいくつも出て来るのに・・・
もしかして、「盗作」 だと思って、
記事に書くと失礼だと思ったんだろうか・・・?
しかし、盗作でもなければパロディというのでもない。
しいていうなれば、この映画の各画面は 巧妙な「フェイク(まがい物)」
なのであります。
そもそも、この映画自体 「偽テノール歌手 (他に
”フランクシナトラの偽者” というのまで出てくる)」
の騒ぎが中心となっていて、偽者は
「俺を見てみんながよろこんでくれる」 のだと言っている。
本物のほうも 「みんなを喜ばせる俺がもう一人いてもいいか」
みたいなことを言って 「まがい物」 の価値を容認します。
「昔のことで、もう戻ってこないけど、あれはよかったねー
もう一度見たいねー」
というノスタルジーを、再び手元に引き戻し、現実化する手段としての
「まがい物」 の存在。
みんなが幸福になれるんならそれでもいいじゃないか・・・
失った過去の輝かしい幸福な時間を、もう一度自分の手の中に捕まえて、
現実として味わってもかまわないだろう? と、
この映画は言っているわけです。
他にも、主人公の劇場小屋のある町がリバプールだったり
(ビートルズ世代の人にはぐっと来る地名なのではないでしょうか?)、
アイルランドがコテコテのそれ風で、
車で道に迷った時に 「妖精にだまされた!」 と、
主人公と友人の2人が慌てて背広を裏返しに着込むところなど
(日本で言えば、”狐に化かされた” と、慌てて眉に唾をつけるようなノリ)、
懐かしの名画だけでなく、
各方向から十字砲火で 「過去へのノスタルジー」 が襲いかかってきます。
でまた、このアイルランドの風景が 「よくこんな所見つけたなぁ!」
というような、中世騎馬軍団の戦闘シーンのロケでもやりたいような、
ドラマチックで壮大な風景!
(これにも元イメージがあったら怒るよ・・・と思ったけど、
この映画のことだから何かあるかも・・・)
そんなわけで・・・この映画、見終わった後にぐっと疲れました。
なにしろ1時間半くらいにわたって、
記憶力テストをやっていたようなものですからね。
「こんなのあったよね?」 「これもあったよね?」
「この映画面白かったよね?」 「これ知ってる?」 「これも見た?」
「これはわかるでしょう!」
立て続けに言われても知らないよそんなに! と、
思わず叫んでしまいましたが、ホントに手強い映画で、
まわりの映画好きの友人たちに聞いても、あまり元の映画がわからない。
「そういえばあったような気がするが・・・」 で止まってしまうのであります。
たぶんどこかで調べている人がいて、まとめてあったりするのかもしれません。
映画自体の出来もかなり面白かったのですが、
中に組み込まれているパズルのようなフェイクやイメージの群がなかなか盛りだくさんで、
そういうものをモザイクのように嵌め込みながら1本の映画を作るという技量も、
なかなかのものであります。
どこからどこまでがオリジナルで、どれが過去のまがい物(フェイク)なのか、
そしてその 「過去のまがい物」 を含めた全てが
「光輝く過去へのノスタルジー」 であって、
「過ぎ去った過去をもう一度この手に」
「つかみ損ねた幸福をもう一度捕まえてみる」 というテーマに彩られて、
一本の映画としてきちっと完成している。
これはなかなかの佳作であります。
と同時に非常に面白い実験作で、
しかも娯楽作品としてちゃんと見られるようにできあがっている。
いいですね。 日本でもこういう入り組んだちょっと面白い映画、
誰かに作って欲しいところです。