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荒俣宏さんの本だったと思いますが、「ヨーロッパの月は低い」 という解説がありました。
「ヨーロッパのイギリスより北は緯度が高いので、 月が上空に昇らないで低位置を移動して沈んでいく。
そのため西欧の版画などでは、描かれている月は木の蔭などにかかっている」   というもので、これを読んで、西洋の銅版画などを思い出したとき  「あっ、なるほどなぁっ!」 と思ったおぼえがあります。

挿絵の月は、たしかにしょっちゅう、家の屋根とか樹にかかっているのです。
私はずっと 「ヨーロッパの木が(伐採などを受けずに)高いので、 人の目からはこんなに木の枝にかかって見えるのだな。 環境の問題だな」  などと思っていたのですが、そうか、緯度のモンダイだったのか!

英語で 「lunatic(ルナティック)」 という表現がありますが、 お月様の光に当たると気が変になる・・・というような事が言われていて、 一種の民間伝承のようなものですが、 「病的に具合が悪くなる」  というよりは、 「意識がフッとよその世界に吸い込まれてしまう」  というようなニュアンスに近いものです (そのへんがmadnessと違うところです)。

イギリスのストーンヘンジについて、  「月の出と共にここで火を焚いて、月の光で陽炎を起こし、 踊り狂ってトランス状態になって予言を得たのではないか」  という変わった説を見たことがありますが、 月の 「魔」 を一種の 「神託へのトランス状態」  と捉えたような、ちょっと変わった説でした。
古代のストーンヘンジで月の光の陽炎がゆらいで立ちのぼったら、 確かにそれはちょっと不思議な、恐ろしい光景だったに違いありません。

ヨーロッパの月には 「魔」 があるというような印象があるようで、 日本での 「鏡のような月」 とか 「月の都のかぐや姫」 とか、  「天に住んで餅をつくうさぎ」 のような、 清浄で天界的なイメージはあまりありません。
むしろ、魔女が箒に乗って月の前を飛びすぎていったり、 ハロウィンに大きな月が光っていたりと、 異形のものの暗躍する夜に出現する、 妖しい色を帯びた光としての役割が強いようです。

このへんも、天高く白々とした光で「銀色」に輝く日本の月の高度と、 地上近くにむわっと出てくる低い月の、 赤くて妖しい光が手の届きそうな低さを移動していくヨーロッパの空との、 印象の差があるのかもしれません。

マザーグースで、雌牛が軽々と月を飛び越えるのも、 月の男が地上に降りて冷たい豆スープで火傷をするのも、 この低空にかかる低い月あればこそだ! と思うのであります。
日本の月では、月のウサギはとても地上に降りては来られないし、 こちらから月へ行くためには、雲に囲まれた天の車か天の羽衣が必要で、 とてもそのへんからジャンプしただけでは、行き着けそうにないのであります。

で、アポロ計画とか、そういうものを考えたときに、ふと、  「欧米の人には、心の底のどこかで、 ”もうちょっとであそこに行けそうなのに”  という、手の届きそうなイメージが、わりと普遍的にあったのではないか。  もう一歩なんとかすればあそこにジャンプできるんじゃないか・・・ と、 天文学なんてやったことのない人にも、わりと違和感なく納得できるような、 そういう精神的なベースがあって、 あんなにリアリティを持って先に進んで行けたのではないか」 と、思うことがあります。

実際には、宇宙で最初に行けそうな場所は 「月」 以外にはなかったわけですが、 だからと言って、例えば日本でそういう可能性があったとして、 発表しても 「は?」 とか 「そんなムチャな」 とか、 そういう反応があったんじゃないかな・・・ なんて想像してしまうわけです。

むしろ、日本では 「しんかい2000」 などに乗って、 海の底に行く方が(浦島太郎なんかはカメの背中に乗って行ってしまってますから) わりとリアリティがあって、なんとなく 「いかにも何とかできそうな」  感じがするんではないかと思います。(実際には、深海に下りるのは、 月に行くのと同じくらい大変なことではないかと、私は思いますが。)  そして、確かにこちらのほうは成功しているのであります。

「人間は、”もしかしたらこんな事が出来るんじゃないか”  と想像した事は必ず実現させている」 という説があります。  空を飛ぶことも、月に行くことも、水中に潜ることも、 すべて実現させてしまいました。
木の枝にかかるヨーロッパの月のイメージは、木に登ったら届きそうな、 そんな現実感を頭の中に刻みつけていたのかもしれません。


さてさて、ヨーロッパの月は本当にそんなに低いのか?  私はまだ、行ったことがないのでわからないのであります。  ぜひ一度確認してみたいものです。

今からお出かけの方、今住んでいらっしゃる方は、  夜、窓の外の夜空をこっそりご確認下さい。





上の画像は H.L.Stepbens,1884
「The Glorious MOTHER GOOSE」 より


2000.6.29.


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