運命の出会い

運命の出会い「わた・わた・コットン」1

運命の出会い「わた・わた・コットン」2(New!)

運命の出会い「わた・わた・コットン」1

これまで、何冊か運命的な出会いをした本がいくつかありますが、これも強烈な一冊です。

月に1〜2回行く店で、ガーデニングとレストランと自然食品、雑貨等があるPlant’s(プランツ)というお店があるのですが、ここの雑貨コーナーにある本をチェックしていたら、「わた・わた・コットン」、気になる題名の小冊子があります。値段を聞くと1000円。また本代がかさむ〜と思いながらも、なぜか手放せず、買ってしまいました。

ペラペラとページをめくると、そこにはまた私の知らない世界が広がっていました。しかしよく読むと、ここでもつながってるのです。「ディープ・エコロジー」。表現の乏しい私がどれだけ伝えられるかわかりませんが、一部ふれてみたいと思います。

 『ワタを育て糸車(チャルカ)で糸を紡ぐことこそ、人間的な文明社会を作ることのできる唯一の道だ』というガンジーさんの思想に共鳴して、ワタを育てて糸を紡ぐだけでなく、そのことを通じて現在の私達の暮しの在り方を考えて、より豊かな方向に変えていきたいとの 願いから創刊された、衣・食・住=暮らしをテーマにした人々の交流の冊子が「わた・わた・コットン」です。

この冊子を作っていらっしゃる千葉の鴨川和棉農園代表の田畑さんが、ワタと出会ったのが18年前、東京で。そのとき、「いったいどうやってこのワタから自分達が着ている服になるのだろうと考えた時、まったく想像もつかず、自分達が生きていくのに最低限必要な衣食住ということを自分が何も知らないことに、初めて気がつきました。人間の事とか社会の事とか、自分は何もわかっていない、そこをもう一度見つめ直してみよう。障害を持っている人も、持っていない人も最低限の衣食住が満足に自給出来れば生きていけるのではないだろうか」と考え、田舎暮しを始められたそうです。

 

〜日本の衣の現状〜

 その当時、食の問題に取り組むグループはいろいろ出てきていて、みんな食のことにはすごく関心を持っていた。でも衣のこととなると関心がない。それで、日本の衣の状況をよくよく調べてみると、日本ではワタの自給率がゼロ。明治のなかばぐらいまでは100%自給していたのが、安い輸入棉におされて生産量は下降の一途をたどり、種さえ途絶えてしまう状況になってしまっていたそうです。

 「人はみな、それぞれの住む国や地域の自然の恵みの中で、その気候風土に合った素材を巧みに利用し生かされてきたんだと思う。その文化や伝統が、社会の工業化・近代化という「便利さ」や「物質的な豊さ」の中で、またたく間に消えてしまいつつあるのを実感。少なくとも日本綿の種だけは守っていきたい」

 「食の自給率がすごく下がってきたことは問題にされているけれど、なぜか衣の自給率と言うことはまったく問題にされていない。繊維産業は今は通産省の管轄だけど、本来、天然の素材は、麻にしても絹にしても農地から生み出されるもの。そういう視点が完全に日本から消え去ってしまっている。衣のことは農業の問題でもある」

 「一番問題なのは、世界の農薬の4分の1がワタ栽培に使われているということ。海外で栽培されている米綿などは、虫がつきやすいので、大量の農薬を必要とし、さらに収穫の時には、邪魔になる葉っぱを大量の枯れ葉剤(!)で落として、機械で一気に収穫する。それが、綿作の現状」 (だから、アレルギーのひどい人は反応するのかしら?それにしても、枯れ葉剤まで使われているとは)

 「ところが日本綿なら、まったく農薬を使わないで作れる。日本の気候風土に合った品種は無理をしなくても作れるので、農薬など要らない。日本人が日本でワタを作らずに大量のワタを外国から輸入しているということは、それだけで環境汚染にも、ものすごく影響を与えている

 「「衣」の問題は、近代社会の縮図。スリランカ・タイ・インドやアフリカ諸国の学生達の話し。『自分達の国でもワタは沢山作られている。にも関わらず、それはすべて日本とか先進国への輸出用で、自分達は先進国から輸入された衣製品を買う。またはそれも買えなくて古着を買ってくる』という。ワタ作をやめて全て輸入している日本では服があり余っていて、着古したものはリサイクルという名のもとに東南アジアのほうへ流れていくというシステムになっている。自分達の住んでいるその場に、いくらでも必要なものは揃っているにも関わらず、お金のためにそれを売ってしまう。パキスタンの人たちは、伝統的な衣服があるにも関わらず、安く買える日本人のジャージを着て、ジャージがおしゃれ着になっているみたいな現状がある。日本には日本人に合った衣服の材料があるにもかかわらず、それを放棄して安いワタを買ってくる。両方の国が表裏一体をなして自らの文化を捨て去っていく。そんな過程が見えてくる」

 

〜ワタが世界を変えた〜

 田畑さんがワタづくりを始める際、日本で数人しかいないワタを栽培している人の所へ栽培の仕方や、その後の糸に紡ぐまでの工程を教えてもらいにいかれたそうですが、 ワタ作りをしている人は、ほとんどが染織を目的としていたけど、中にはそれだけでなく作っているという、あるお歳を召された婦人もいらしたそうです。

 その方は「ワタの種を蒔くことにより、世界を浄化し平和を祈願する」のだといって、世界の激戦のあった土地や聖地に、ワタの種を蒔いて歩いているということでした。その方が「ワタが世界を変えた」「日本人が日本のワタを作らなくなった時から、日本は独自の文化を失い、金もうけ主義の世の中になってしまったんだ」と何度もおっしゃったそうです。

 

〜ガンジーさんとの出会い〜

 ワタを始めて4〜5年経った頃、人間生活に欠くことの出来ない衣のことを誰も問題にしないばかりか相手にもしてくれない。そういう状況の中で、一体自分のやっていることが何なのかわからなくなってきた時期、綿業の発祥の地だというインドに行って、もっと大きな視点から見てみたいという思いに駆られた田畑さんはインドへ。インドで「糸紡ぎのこと、ワタのことを勉強したい」といったら「それならガンジーさんのアシュラム(道場)に行けばわかるのではないか」と教えられ道場へ。

ガンジーさんといえば、非暴力の思想でインドを独立へ導いた人、というぐらいのイメージだったのがアシュラムへ行ってみると、朝晩のお祈りの時にチャルカ(糸車)を回している。それだけでなくて自然農法(福岡正信さんの考えを取り入れたりして)の研究や、牛糞を発酵させてガスを採る方法とか、ソーラークッカーといって太陽熱で調理をするなどの自然エネルギーの研究とか、牛糞や土壁など自然の素材を使った家造りとか、手作りで石鹸を作っていたりとか、生活のありとあらゆることを自然の恵みを使って自給自足していく技術を研究開発していた。

ガンジーさんは非暴力とか無抵抗主義というだけではなくて、人間の生きる術を具体的に考えていた人だったのだと知った田畑さんはガンジーさんの思想に興味を持ちはじめたそうです。

ガンジーさんは機械化・工業化を拒んで、チャルカを回して糸を紡ぎ、手織布を織ることを普及させようとし政治家というより、農村の中で人間が自然と一体となって生きていくことを考えていた人で、人の上に立つのではなく、一番貧しい人たちの立場に身を置いて、一緒に暮らしていく、それがいつでも基本になっていた人。

インドの国をどうするかという視点もあるけど、むしろ、本当に貧しい人たちが豊かになっていくためにはどうしたらいいのかを考え、そのためには単なるイギリスからの独立じゃ、なにも問題は変わらない。自分達は自然から与えられているもの、畑やたんぼ、牛とか、そういったものによって豊かになれる。自分達が手足を動かし始めれば、本当に豊かになっていけるのであって、それには大型機械は要らないんだ、ということ。

田畑さん自身、ワタを触ったり、糸紡ぎをして手を動かしていると、そのことの大切さが自分で実感できるそう。ガンジーさんが自分でいつも糸紡ぎをしていたのは、理論ではなくてそれをやっていると気持ちが落ち着く自分が豊かになっていったからではないかと考えられています。

 

〜誰もが豊かに生きられる場を創りたい〜

 その昔は、農業の中でも「綿作り」は稲作に匹敵するくらい重要作物の一つだったといいます。しかし今、日本に綿作農家は1件もありません。輸入されるワタの値段が1キロ300〜700円くらい。それに比べて、日本で日本綿をつくって、畑の費用や人件費などを計算すると、1キロ2万円ぐらいになる。経済的に成り立たないから、長続きしない。

 でも、日本人が日本の綿を作る、そして衣服にしたり布団にして、生活に活かしていく、それが仕事として成り立たないのは「おかしい」

 日本綿(地綿)で作った布団は日に干すとパンパンに膨らんで、冬なんか暖かくて暖かくて、朝も布団から出たくないくらい気持ちいい。羽毛に比べても引けはとらない。軽すぎず、しっかりと身体を包んでくれる。輸入された綿ではこうはいかないそう。昔は農家の方が3年も4年もかけて畑で採れたワタを貯めておいて布団につくったもので、貴重品だったそうです。

 今の人間生活の中では、やはり食のことが一番だよと、いつもいろんな人からいわれるけど、すべての日本人が、日常に肌身の一番近いところに纏っている下着や衣服の素材が、100%輸入されたワタで出来ている、このあたりの状況、それを真剣に「おかしい」と感じないということこそが、世界の南北問題を固定化し、大量生産、大量消費の社会をささえ、環境問題を深刻化させていっている第一の原因だと考えている。

 ガンジーさんもワタを育てチャルカ(糸車)を廻すことによって、真の文明が築けると主張したのですが、そのことの持つ意味を多くの心ある人たち、社会問題や福祉・政治などに関わる人たちに、是非知って欲しいと強く思っている。

今の世の中は「生きづらい」と言われているけど、自分達の手で衣食住を得ていくことが出来れば障害を持っている人たちだって、そんなに心配なく豊かに生きられると思う。障害を持っているような人たちと生活を共に出来る場をつくっていかれれば良いなと、それが、このワタのことを始めた原点でもある、と田畑さん。

 

運命の出会い「わた・わた・コットン」2

 途上国で暮らす生活の中で、いろいろな矛盾を目にし、体験したと言う片山佳代子さんのお話。

フィリピンでの生活の時、シニガンスープというフィリピン料理が気に入って、いつも買い物に行く度にスープの材料の海老を買って帰っていたそうですが、作ってくれていたお手伝いさんのネリーが「日本人が毎日味噌汁を食べるように、フィリピン人もシニガンスープを毎日食べていたものだが、今では海老が高くて、とても庶民の手に入るものではなくなった」ことを教えてくれたそうです。

理由は、日本に向けて輸出されているから。

日本での値段にくらべれば、海老はとても安い値段だったけど、それでも、ネリーに払っていた給料から考えれば、手が出せるものではないことは自明のことで、そんなことに思いを馳せることもなく、買い物をしていた自分をとても恥ずかしく思われたそうです。

 日本ではごく当たり前のように毎日味噌汁を食べているけど、味噌の原料となる大豆の自給率がわずか2%でありながら、味噌が手に入らなくて困っている人は誰もいない。その上、日本人が昔から食べていたものも、以前は食べていなかったものまで、お金の力にものをいわせて世界中からかき集めています。その結果、途上国では飢えが生じ、日本では農地が荒廃しています。

 途上国で暮らす生活の中で、このような仕組みの抱える大きな矛盾、そしてつけを払わされている弱い立場の人々のことが、あまりにもよく見えてしまい、良心の呵責を感じずにこれまでの生活を続けていくことが出来なくなってしまったということでした。

 延々と続くさとうきびのプランテーションを目にした時、車を30分以上走らせても一向に変わらない景色、ただただ同じ植物が道路の両側に広がり、人の気配が感じられないその地域と都市周辺のスラムにあふれる人々の光景との格差に目を見張り、思われたそうです。

「この広大な土地で人々が自分達が食べるものを生産出来れば、どんなに豊かな国になれるでしょうか。さとうきびに限らず、バナナでもパイナップルでもプランテーションというのはやはり異常な世界。そのようなところでできるものを自分が食べているとしたら、やはり自分にも責任があると感じます。」

 インドでは水不足が深刻な問題で、それでもお金さえ払えば、タンクローリーでいくらでも水を運んできてもらうことが出来る。お金の無い人々は、近くの井戸が涸れれば、遠くの井戸まで出向き水を運ばなければならない。普段でも忙しい弱い人々にますます重労働が課せられる。インドのような国にいても、お金さえあれば、水不足の問題にも結構無関心で生活出来てしまうのが恐ろしい。

 そのような経験を踏まえて、自国で取れないものは欲しがるな、生活に必要なものは自分達の手で生み出しなさいというガンジー思想を読むと、これしか解決方法はないと確信するまでに至ったそうです。 

 「経済的に糸紡ぎの意義はわかるような気もするが、それでも人間は楽をしたいものよ。楽な生活を求めたらどうしていけないの」

という指摘があった時、『人の本分は労働を通して生活の糧を手に入れていくことである。すべての人が自分で服を着て、自分の手にスプーンを持って食事をするように、糸を紡がなければならない』

 「そんなことあなた一人頑張って何の意味があるの」

に対して

 『一人でも正しいことはやらなければならない』

 『人は自分の義務をきちんと果たしていればそれで良いのだ。他人の義務までおせっかいに果たそうとするから、その結果、一番肝心な自分の義務が果たせなくなってしまう』

という、ガンジー思想に支えられるといわれます。

 平和を脅かすのは、軍隊や武器だけではありません。自分達が何を食べ、何を着るかが世界の人々が平和に暮らしていけるかどうかに密接に関わっていると、片山さん。

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 知っていることもあれば、全然知らなかったこともあり、いや、よく考えればわかることだったのに、わかろうとしていなかったことなのかも、、、

 肉食にしても、海老や砂糖や日本では採れないフルーツにしても、私達が求めれば求めるほど立場の弱い国の人たちが苦しい生活を余儀なくされている。

 ワタだって、そう。日本が自国で自給出来るようになれば、大量の農薬を使うこともなくなるだろうしワタを輸出している国の人々も日本からの古着ではなく、自国の服を着れることでしょう。

 うまく言えないけど、この本の中に真実を見たような気がします。

 前はなんとも思わなかったけど、今スーパーやデパートなどに出かけるとなんとも複雑な気持ちになります。まったく利用しないわけではないのでいうことが矛盾するけど、大量の商品、食べ物、洋服、、、これらを見てると、裏で苦しい思いをする人たち、大量のゴミ、いろいろなことを考えてしまいます。

 このままでいいのだろうか?でも、私になにが出来るのだろう?そう考えた時、「ワタを作ろう!」と思い立ちました。プランターでもいい。種は『コットンボール銀行』からの提供を受けられます。(収穫出来たワタの種の半分を返却)そして、糸を紡ぎたい。

 来年は「わた・わた・コットン」を購入したPlant’s内の「キラ・テラ」さんで、半年ほどかけて、糸を紡いでハンカチを織り、手染めまでするという企画があるそうなので参加してみたいと思っています。

 とにかく、内容がすごく充実していて、この他にもワタの栽培方法(プランターでも出来る!)、ワタ伝来の歴史、いろいろな人のワタに対する思い、中にはアメリカインディアンの強制移住の話や農の話まで、とにかく盛り沢山!!

 是非読んでみて、感想をお聞かせ下さい。

アボリジニ聖地からのウラン採掘について

http://SaveKakadu.kmis.co.jp/

 http://www.nnafj.toach.org/japanese/

 ディネの聖地の強制移住について

http://w3.to/dineh

 

「わた・わた・コットン」購入

鴨川和綿農園 千葉県鴨川市西317-1  Tel/Fax 0470-92-9319

(送料込みで1,000円)

「キラ・テラ」

横浜市青葉区荏田西1-3-3Plant’s内

Tel 045-910-4655 Fax 045-910-4633