(95話)

輪形(わがた)地蔵

ところ      下京区高倉塩小路下ル(正行院

京都駅の東と云うよりもラーメンフアンにお馴染みの新福菜館本店・本家第一旭本店の近場に寂
びれた寺がある。
それはそれはいつ頃の話でしょうか?・・・・・天皇さまがおられた京都は、それは大層なにぎわか
さでした。
地方から物資の出入りも多く、牛車や、馬車の往来も大変なもので・・・・・・・・・。なかでも激しかっ
たのは三条、竹田、鳥羽の各街道でした。街道には車道といって、馬車などが走りやすいように、
凹型の敷き石を並べ、車はゴロゴロと音をたてて通ったといいます。
江戸初期の話です・・・・・若山何がしと言う大層信心深い人が住んでおって、ある夜の事、若山さ
ん、折りしも白河夜船のところ、まくら元にポーッと立ったのが一人の老僧。その老僧が語る・・・・
「我は地蔵尊。長い間、街道の敷石となって牛馬の通行を助け、人々の安全を守った。今は長か
った行も終わり、今度は人々を済度したい。ついては我を堀り起してくれまいか」
若山さんはその声にパッと目をさました。うつつのまま、いわれたとおり表を格子戸から覗くと、
近くの車道の一部がきらきらと光明を放っているじゃありませんか。
「あーあ、夢は本当だったのだ。ナムアミダブツ・・ナムアミダブツ・・・・」
早々に、敷石を起したのわ云うまでもない、お地蔵さんは、ちょうど四つんばになっておられ、
背中にくっきりわだちの跡が走っていた。若山さんは堂を建て、地蔵尊をまって輪形(わがた)
地蔵と名付けた、以来、付近の人々は交通守護の霊験を数々たまわった。

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