(9話)

銀閣寺

ところ 左京区銀閣寺町

銀閣寺の話の前に京では「先の戦」は応仁の乱(1467)であり、第2次大戦で京都には
東山(馬町)に誤爆が落ちたのは、子供頃暗い夜だった記憶に残って居ます。
いつだつたか、TV。の対談の時、誰だったかが言っていた「細川元総理がこの前、火事
があつて。!!」聞き直したら、応仁の乱の事だった。
 
金閣寺(3代義満)を意識して義政(8代)は銀閣寺(1482)を建てたが、人々の恨みで銀
がはがれた。?
義政は日野富子に子供が出来ず、弟に跡目を譲るが其の後子供(義尚9才死亡)が出
来た。跡目争いが起きるのは世の常、東軍に細川勝元10万余、西軍に山名宗全9万余
の軍勢が四つに組んで11年間争いが続いた、都は荒廃してしまった、義政が自分でま
ねいた、応仁の乱の直後という時代に隠居の場所として建てたが、財政は火の車。工事
ははかどらず、着工7年後に完成するが、翌年に義政自身が亡くなっています。
応仁の乱さえ無ければ、銀閣寺に銀泊で覆われていたに違いない。
誰しもが「銀がないのに銀閣寺!!」と疑問をもっ事もなかつたのに。
 

      わが庵は月待山の麓にて

             傾むく月の影をしぞ思う

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