(86話)

染殿地蔵

ところ      中京区新京極四条上ル西入

春と秋の修学旅行シーズンには、学生でごった返す新京極。かつては大阪の千日前、東京の浅草と並
んで、日本の三大盛り場の一つに数えられていますが秀吉によって寺が集められ寺町は歴史やロマン
の街である其のひとつが・・・
空海の作とも伝えられたお地蔵さんは秘仏とされ、堂内厨子に納められているが、高さ2mの裸形立像
藤原明子は、その日も浮かぬ顔だった。明子は藤原良房の娘。いまは文徳天皇の女御となり、一手に
その寵愛をうけていたのだが、ただ一つ悩みがあった。“皇子”が授からないことだ。
「ああ、なんとか、皇子が得られないものだろうか」
明子が懐妊するかどうかは、彼女だけの問題ではない。父・良房の地位、ひいては藤原一門が栄える
どかうかにかかっている。
と、ある日、内裏を訪れた男から耳よりな話を聞いた。
「なんでも四条の地蔵菩薩が、子宝にご利益があって‥‥」
明子は、早速地蔵堂に参り、十七日の願をかけた。そして、満願の日だった。彼女には明らかに懐妊
のしるしがあった。やがて十月十日、明子は玉のような男の子を生んだ。のちの、清和天皇である。
これが縁で、のちの宮廷政治に藤原王国が築かれるようになった。地蔵尊は、明子が染殿皇后と呼ば
れたのにあやかって“染殿地蔵”と呼ばれるようになった。
染殿地蔵の地蔵堂はもと、この北にあった金蓮寺の塔頭、釈迦院の所有だったが、たびたびの兵火に
焼かれ、いまの堂は維新前の“どんど焼け”で焼失した際、仮堂を建てたのがそのまま残ったのである。
安産の霊験は広く全国に知られ、戌の日ともなれば、関東、四国あたりから、安産祈願の腹帯を授かり
にくる人が絶えない。   
文徳天皇の皇后藤原明子(染殿皇后)は、このお地蔵さんを祈って清和天皇を降誕されたという。それ
にあやかり安産のお地蔵さんとして女性の参拝が絶えない

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