(79話)

茶くれん寺

ところ        上京区今出川通千本西入ル上善寺町

今出川通千本に西へ少々商店の間に静かなたたずまい常に門をかたくなに閉ざしている寺
浄土院。門のわきに立つ石碑には”浄土院”の名とならんで「湯をたくさん茶くれん寺」と刻ま
れている。
湯たくさん茶くれん寺!!__________この寺の由緒を物語る別名である。
やっと戦乱も治まり秀吉は関白に。京の周囲には、お土居も築かれ、まさに秀吉の全盛時
代。天正十五年(1587)10月早々、秀吉は北野の社頭で大茶会を開いた。
その準備のため再三検分に足を運んだ。そんなある日、秀吉はふと浄土院に名水のあるこ
とを思い出した。門の前で輿をとめ、つかつかと寺へ入り、座敷へ上がりこむや、
「茶を所望する」
庵主、お客がお客だけに大変な驚きよう。まして関白殿下はお茶人である。へたに茶を差し
上げれば小言をくうのがオチ。いっそ湯だけ、と白湯のままで出した。
はてな〜!”茶を所望したのに湯を持つてくるとは、こりゃあ、聞き違えたな”と秀吉、もう一度、
「茶を所望したい」
庵主、えらいことになったと思いながらも、今度もそっと白湯を差し出した。
二度にわたる白湯に、頭の回転が早い秀吉のこと、”ははん、なるほど、なるほど、この尼僧、
私が茶の好きなのを知っとるな。まづい茶よりはと、わざと白湯を出しおったな”
ニッコリ笑って、
「もうよい。お湯ばかりたくさん飲ませよったな。この寺は今後寺名を”湯たくさん茶くれん寺”
とするがよい」
湯たくさん茶くれん寺________お湯ばかりたくさん飲ませ、お茶をくれなかった寺と
いうことである。
なんとも愉快な、エピソードである。この「茶くれん寺」は浄土宗金戎光明寺の下寺に相当する
尼寺で、今でこそ小さいが、当時は寺領も現在の十倍はあつたというから、秀吉の目や耳にも
とまる名刹であったのだろう。
秀吉に差し出した名水、つい最近までは、日常に使っていたと言うが、今は水道を使用。
本堂の屋根に、秀吉と同時代の陶工で、(千家十職)楽家初代の長次郎作の焼き物の人形が
のっている。
 
茶くれん寺は他にも・・・・湯沢山茶久蓮寺(京都府八幡市橋本)法輪寺(姫路市井ノ口82)があり
ます。同じような話しが残っている・・・・

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