(72話)

鍬形地蔵 

ところ    北区一条通西大路東入ル地蔵院[椿寺]

今でこそ西大路には、大きなビルもたちならんでいるが、大将軍一帯が田畑だったころの
ふるき時代の話し。
納屋の庄兵衛という欲張りな百姓がいた。ある夏のこと。大変な飢餓に見舞われ、田んぼ
には亀裂ができ、あちこちで水争いが起きた。この大将軍あたりも水が乏しく貴重な水源
である。紙屋川の水もわずかになっていた。ところが庄兵衛はその水を自分の田ばかりに
入れて、人のことなんかてんでおかまいなし、近くの人たち、ぶつぶつ文句をいうが、へた
にさからうと、何をされるかわからない。まるで北朝鮮なみの与太者。
そんなころ付近の田んぼを見て歩く、一人の見られぬお坊さんの姿が目につくようになっ
た。ある日、この坊さん、何時もの様に自分の田へ水を引いている庄兵衛のそばへ行って、
「水に困っているのはあなただけではない。少しは他の人の田にも水をあげてはどうかな」
と、やさしく話し掛けた。
すると庄兵衛「なにを!!このくそ坊主め」
お坊さんに、いったかと思うと、手にしていた泥だらけの鍬(クワ)で、いきなり坊さんの
顔を殴りつけた。坊さんのほうから、まっかな血がタラタラ。それでも、坊さんは少しも
騒がず、だまって立ち去った。
気合抜けした庄兵衛、「おかしな坊主だ」と思いながらあとをつけて行くと、近くの椿寺
へはいっていった。みると地蔵堂の扉が開いている。足を入れてみると、なんと、お地蔵
さんのほうから血が流れているでは・・・・・・・。さすがの庄兵衛の思わずその前にすわり
込み「わるうございました」とわび、其の日からすっかり心を入れかえた。
 
こんな伝説から、このお地蔵さん、人呼んで[鍬形地蔵}(くわがたじぞう)。。。
一条通西大路交差の東南カド・椿寺の名で知られてる地蔵院。小さな門をくぐった正面に
立派な地蔵堂が建つている。
お地蔵さん行基の作といわれ、もちろん血など流れておらず、お顔のキズも判らない、何
ともふくよかな美しいお地蔵さん・・・安産のお地蔵さんとも言われて久しい。
 
この寺意外な歴史がある。神亀3年(726年)聖武天皇の勅願により、行基が一寺を建
立し地蔵院と号したのが始まり。明智光秀が本能寺を攻めた時、本陣を張ったところ。
その後、秀吉の天下の頃、朝鮮征伐に出かけた加藤清正は、秀吉へのみやげとして、一本
の椿を持ち帰った。この椿は一本の木から深紅、薄紅、純白、紅白しばりなど五色を咲せ
る赤穂浪士援助した天野屋利兵衛のお墓がある、其処に蕪村の師 早野巴人のお墓もある
ではないかまさに隠れた奈良末期からの名勝旧跡

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