(7話)

平景清爪型観音

ところ 東山区清水寺内隋求堂前

清水寺のこの辺りは古くから栄えた所で数多くの話が有りますが。
観光客で賑わって居る縁結び神様(地主神社) 其の近くに、小さい観音さんの石燈籠
 
「。。。。頃は文治元年三月、三浦義澄を先陣とする義経の軍勢八百余騎、パン、パパン
パン、。。さしもの総師宗盛も。。。」と、講談なら始まる檀の浦の合戦。
宗盛は捕られ、安徳天皇は入水して平家は完全に滅亡してしまったのだが、なかに悪徳
七兵衛景清、一人り命を惜しんで、京に身をかくした。
もっと剛勇無双の景清、平家の、恥を知るものの多くが自刀して果てたなかで、命長らえた
「のは卑怯未練の為ではない事は言うまでもなく。
憎き奴、頼朝!!多く味方が海の藻くずと消えたいま、兵を起こすことは困難なり。せめ
て景清一人なりとも、頼朝に一太刀振るわずにば。。。」
清水寺に身をひそめ、悲願誓願から自然石に爪で観世音菩薩をコッコッ彫り、じっと機会
をまった。 或日清水さんの参拝人から耳よりな噂を耳にした。頼朝が近く都入りすると言
うのだ。
その日、景清は人夫に身をやつすと、頼朝の通りをいまか遅しと待つていた。が、慌てた
せいか着物のボロから、大刀の先がのぞいていて、 たちまち警護の武士に見つかり。
南無観世音!!。。。さあ、殺せ
景清は宿敵を前に、無念、残念。 いまは観念して静かに頼朝の沙汰を待った。
頼朝は、景清の忠義をめでたのだろう。
「音に聞こえた武士だ。殺すのは惜しい。遠く九州に流せ!!」
景清と言えば、屋島の合戦で三保の谷国俊と一、騎討ち、兜のしころをつかんで力くらべ
した剛力武士で。。。歌舞伎に登場しますが。
爪型観音は清水寺に残された。寺には、景清のものだと言う石に踏み刻まれた足跡があ
る。平家最後の侍大将らしい景清の言い伝えだ。
 

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