(69話)

蹴上の石仏

ところ    山科区日ノ岡一切経谷町

京の義経伝説・一つ昔は東海道を往来する旅人たちの道中の安全祈願、伊勢神宮への代
参として日向大神宮は賑わっていた。
蹴上の坂を登って、九条山をせにした、このあたり。かつて東海道、中仙道を抜ける京の
東の玄関口であった。
牛若丸の足は軽かった。元服後は義経と名乗り、念願であった兄・頼朝のもとにはせ参じ
る道中の安全祈願を日向大神宮で済ませ,共には金売り吉次を従え。
粟田口から九条山の坂にさしかかったときだった。馬にまたがり、ものすごい勢いで坂を
下りてきた九人の武士が水溜りの水を牛若丸に跳ね飛ばした。
「無礼者めが! 名を名乗れ」
「なにッ!われは平家の侍関原与一重治なるぞ。これしきの水くらい、なんぞ」
わびるどころか、馬上から高圧的な態度。怒ったのは牛若丸。
「晴れの門出を、こんなヤカラにけがされてなるものか!!!」
いい終わらない内、吉次の止めるのきかず、大刀をはらうと、与一はじめ家来の八人全員
を切り倒した。
だが、怒りがおさまって見れば、九人の平家の武士がふびんに思われてならない。牛若丸
は九体の地蔵を街道に安置、菩提をとむらうのだった。
その一体がここの地蔵堂に二体が日向大神宮前に安置されているが、あとの六体はさだ
かでない。牛若丸が与一ら平家の家来を切った場所は、粟田口に、いまも地名の残ってい
る九体町あたりともいわれる。”蹴上”の地名も、この伝説にはじまるとも・・・・・
蹴上は、いまも、京の東の玄関口。かっての牛車、のどかな人々の往来に替わって、車の
排気ガスで牛若丸でなくて地蔵さんもキレそう・・・・・

HOME *** *** NEXT