(59話)

濡髪堂

ところ   東山区知恩院山内

徳川三代将軍家光は当時の京の寺・神院の復興に尽くした頃の話でございます。
知恩院では本堂の建設が着々と進められていた。完成も間近ににせまったある日。満誉霊
厳和尚が大勢の信徒を集めて説教。老人達に交じって、おかっぱ頭のかわいらしい童子が
なにやら熱心に耳を傾けているではないか、その日は、あいにくの大雨。にもかかわらず童
子は頭の先からずぶ濡れになりながら、目を輝かせ「ウン、ウン」と時折りうなずいているで
はないか。
「妙な子だなあ。こんな小さな子が熱心に説教を聞いているとは・・・・」
和尚はどうしても納得がいかず。ちょうど説教も終わり、信徒たちがゾロゾロ引き揚げていっ
たあと。和尚はお堂を見上げる童子を呼び止め、たずねた。
「これ童子や、熱心に話しをきいていたようじゃが、どこの子供かな」
「お目にとまりましたか。申し訳有りません。実は私、キツネで、これまでお堂の建っていた
あなぐらに住んでいたのですが私の住居がお堂のためにこわされ、お恨みしておりました。
なんとか仕返しをしょうと思っていたのですが。ところが、お説教を聞いているうちに、なんと
尊いお堂だ。自分が間違っていた__と気づきました」
童子は涙ながらに語った。
「それは気の毒なことをした。雨でさぞや困っていることだろう。お寺のカラカサを貸してやろ
う。そこでたのみじゃが、お前がこのお寺を守ってはくれまいか。そして一度お前の神通力
を見せておくれ。そうすればお前のためにホコラを建てて上げようではないか」
和尚は童子にこんな約束をしたのである。
 
キツネが神通力を見せるために天井に置いたカサ、甚五郎の忘れガサ____。
知恩院七不思議の一つと云われる同院大殿南すみの軒下にあるカラカサ伝説には二説の
一つ、でも左(飛騨)甚五郎が有名ですね。
 
そして童子と和尚の約束で建てられたホコラが知恩院塔頭の一つ、勢至堂の墓地にある
濡髪堂(ぬれかみ)「濡髪大明神」というわけなのです。雨に濡れて説教を聞きに来た童子
をしのぶ意味で、名前も”濡髪堂”と呼ぶにょうになったと聞いています。
このお堂に参拝する人はいまも多く。場所ガラ、祇園の舞妓さんや水商売の人たち。花柳
界では、男女の情事を”濡れ場”とか”濡れる”といい。濡れ場をまとめる神様、すなわち縁
結びの神様という信仰が、いつの頃からか、生まれたのでしょう。でも、キツネはお稲荷さんの
お使いとかで、カネ儲け主義の水商売、不景気ならなをさら・・・・・・

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