(58話)

 融通さん

ところ    上京区千本通出水西入ル福勝寺内

白い石だたみが境内に広々と続いて、今も静けさをたもつている。
一年に一度しか門をあけない寺がある。
二月三日の節分に寺の門が開かれ、その日に限って善男善女が境内にあふれ、参拝客は、
お守りの”ひょうたん”を手に家路にを急ぐ。その翌日から門はもう開かない。ただ、毎月一日
と十六日の二日間だけ、脇の小さな門が開放される。その門を腰をかがめて織屋の主人が、
花街の女将が門をくぐる。
織屋街西陣の南、千本通出水の福勝寺は”融通さん”として庶民に親しまれながら”金を縁に
”現代に生きているが。
「手形が落ち無かったり、反物の売れ行きが悪い時”融通さん”にお参りすると、以前は不思
議に金が回りだしたが、今日の構造不況には」と西陣の織屋の旦那衆はいう???
「いや!、きょうび寺も神社も金もうけで、すぐ世相に乗って儲けに走るが、ところが、この寺は
違う。客がいくら押し寄せようが決まった日しか門を開けない。月に二日は小さな門をあける
が、寺側は知らん顔・・・・・・・なかなか出来ない事。そこが良い」____商売気のなさが、
商人にとってはたまらない魅力なのだろう。
 
この寺のご本尊”宝珠尊融通御守”とは・・・。むかし弘法大師が唐に渡ったとき、高僧からさ
ずかったもので、金銀財宝融通無碍(むげ)の秘玉。この玉をおがめば金銀財宝に恵まれる
ほか、貧苦が福徳に、七難が七福に転ずるという”魔法の宝珠”。
弘法大師は帰国してこの寺を開創したが、以後、源頼朝はこのお守りで将軍の地位につき、
秀吉も出陣のたびにこの寺に祈願して天下をとった・・・・・など宝珠の御利益が同寺縁起にし
るされている。宝珠を二つ重ねた形の”ひょうたん”のお守りが、秀吉の”千成ひょうたん”
旗じるしのいわれだ、といわれている。
 
大寒の入りから一週間は本堂を”封鎖”して祈願を続け、節分を迎えるのだという。
一般公開したのは明治以後だが、いっさいPRをしていないので、おまいりはつぎつぎに口う
つしに伝えられたものばかりで、地元の人が多い。親子代々伝えられた口伝の根強さが西陣
という伝統産業の生活の中で、見事に息づいている。

HOME *** *** NEXT