(54話)

すすき塚

ところ   左京区鳴滝本町

鎌倉末期、落西愛宕山の月輪寺を十数年ぶりにたずねた親鸞聖人は、かつて法然上人とと
もに見を寄せた月輪寺でひとり思い出にふけったあと、ふらりと鳴滝の里に立ち寄った。
聖人は、なつかしい落西の自然にすっかり気分をよくし、村人を集めて念仏をとなえた。
「ありがたいこった、ありがたいこった」
聖人の念仏をまのあたりに見た村人たちはすっかり感激してしまった。
「おい,聖人さまになにかお礼をしなければ」と村人の長老たちの意見がまとまったが、さて
まずしい村人のこと、お礼の品が見あたらない。
「どうしたもんじゃろう、大根でもたいて差し上げたら」と村人たちは土地の畑に植えてある大
根をひっこぬいてきてナベにかけた。そのころ、鳴滝の里は竹やぶとすすきの原、ただ畑に
大根だけは豊富にとれた。村人の自慢はこの大根だきの味だけだった。
「でも聖人さまのお口に合うだろうか」
大根をぶった切り、塩味だけのあわい味付けだが、村人たちの精いっぱいの心づくしとあっ
て、聖人はたいそううお気に入り。
「久しぶりにおいしいものをいただいた」聖人はたいそう喜び、記念に書をしたためようと思っ
た。が、筆も墨もむろんない。村人はあわてた。が、聖人は「いや、よい、よい」と静かにたし
なめながら、まだぬくもりりの消えぬナベのススをかわらでかき集めて墨を練り上げ、庭に出
てすすきの一穂を折って筆がわりに念仏をすらすらと書き上げ、去っていった。
「わたしのかたみにと思ってください」といいのこして。
 
落西福王子神社を周山街道へ約二百メートル。左へ折れるとまもなく、車の騒音をかき消し
て了徳寺がある。了徳寺というよりも京の師走の風物詩”大根焚き”(千本釈迦堂・三宝院)
として名高い。室町末期、親鸞の遺徳をしのんで建立された。その静かな、庭の一角にすす
きがゆらいで”すすき塚”がある。
押し寄せる住宅ラッシュにあらわれながら、しかしまだ、ここには”里”の風情を残している。
聖人の立ち寄った十二月九日、大根をたいて法養したあと、それを食べると病気がなをる_
_といい伝えられる。その行事は、公害うずまく現代に”冬の風物詩”として息づいている。
 
聖人のしたためた「帰命尽十方無碍光如来」の書は、その後聖人をしたっておとずれて書き
残した蓮如上人の「南無阿弥陀仏」の書と一緒に”寺宝”として残されている・・・・・・・
たしかに年齢と共に大根の味の深さに好物になってきた。

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