(53話)

 

 

鎌倉地蔵

ところ     左京区浄土寺真如町黒谷真如堂内

白い石だたみが境内に広々と続いて、秋の静けさをたもつている。
「ああ、真如堂(しんど)
飯、黒谷(くいたい)さん
わらべ歌で親しまれた真如堂。静かな境内は京都らしさをまだまだ底に秘め、訪れるもの
を自由な幻想でつつんでくれる。
 
「市中に出て一切の衆生を利益し、ことに女人を済度したい」___叡山常行堂の本尊・
阿弥陀如来がいわれて、麓におりられのが創始。ほともと堂は、いまの位置からさらに東
北の塔頭念仏堂にあったが、殆んどの寺院がそうであった様に応仁の乱で荒廃、元禄年
間に移された。真如堂は呼び名で、正しくは鈴声山真正極楽寺。入母屋造りの本堂を中
心に大小さまざまな堂が散らばっていますが、三重塔の横に小さな地蔵堂がある。中の
お地蔵さんが変わっている。人呼んで鎌倉地蔵。ゆうなれば、単身赴任の地蔵さんで等
身大の石の姿で、つややかなお顔である。
 
宮中に昔。玉藻の前と称する美しい女官がいた。肌は雪のように白く、目は火山湖のよう
に澄み、からだから、えもいわれの香をただよわせ、宮中の男たちを悩ませた。が、だれ
も彼女の素性を知らなかった。
この女が、近頃天皇に近づいて、さかんに誘惑する。にがにがしく思っていたのは大臣た
ち。
「このままでは、政治にさしさわりが・・・・・」
大臣たちは、玉藻の素性を問いただすため、ある夜、彼女の寝所に忍んだ。雨戸のすき
間から、なかをうかがうと____あの美しい姿はなくて、尾が九本もある1匹の大きなキ
ツネが寝ているではないか。
「バレたとあつては仕方がない。我は天竺から渡った妖狐なるぞ」
ひと声大きく名乗ると、矢のような勢いで逃げたが、やがて追ってきた追っ手に下野国那
須野(栃木県)で討たれてしまった。
ホッと胸をなでおろしたのは大臣たち。しかし、その安堵(あんど)もつかの間、死んだは
ずのキツネ、悪霊は殺生石に化け、都にあらわれては人々を苦しめた。天皇はうわさの
高い名僧玄翁禅師に、たたりをしずめるように命じた。間もなく悪霊はおさまったのはい
うまでもない。禅師はまた、一体の地蔵を刻み、石の為に死んだ人々の霊を慰めた。
 
地蔵堂のお地蔵さんは、玄翁禅師がこのとき刻んだ地蔵尊だといわれてる。どうしたわけ
か、久しく鎌倉に安置されていて、慶長年間(1596)にこの地に移されたとか。鎌倉__
の名も、長く鎌倉に安置されていたのに由来する。。。。

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