(5話)

矢取地蔵尊

ところ 南区九條羅城門

 

朱雀大路の南端、羅城門。今ではその名残の跡もなく「羅城門跡」という石碑のみ、わ
ずかに九條通りに面して所在を示し、その目のに横断陸橋の北のわずかな地に古い
お堂が有り。それが矢取地蔵さまのお住まいです。
京に都が移された時(陰陽学者。阿部晴明)より護国寺として、大路をはさんで東に
「東寺」西に「西寺}と建てました、子供の頃は東寺の五重搭の中で良く遊びました思い
出がありますが、無論拝観料などいりませんでしたよ、銀閣寺などでは母親と松の下で
弁当を広げて食べましたね、。。。

さて本題にもどりますが。

東寺はご存じ、空海の弘法さん、西寺は守敏大師という高僧が受け持ちましたが、ここ
で1っの事件と言うよりも、天候不順が起こり、時は天長元年夏頃雨が降りません、そう
でなくても京都は盆地ですので蒸します、農民は大弱り、毎日、雨乞いが続けられました
天皇は民の苦しみを案じ法力の高い守敏と空海に降雨の祈祷を申しっけました。
まづ最初に祈祷したのは守敏。 でも。法力は天に通じないのか雨は降らず十七日間、
雨のかわりに降ったのは、守敏のひたいの汗だけでした。
いよいよこんどは空海さんの登場。 もし降れば守敏の面目は丸つぶれ。守敏は卑怯に
も、雨の源{龍神}を封じ込める祈祷ををして対抗しました。
しかし空海少しも騒がず、 龍神解放の祈祷をすると、龍神は天に登り、天にわかに曇り
恵みの雨が降り、農民は大喜び。喜ばないのは、 空海に面目をつぶされた守敏です。
 
「空海のヤッめ、よくも恥じをかかせおったな。。このウラミ、いかに、はらさでおくものか」
なんと、高僧知識の身でありながら、弓をとつて空海を狙うしまつ。 機をうかがい、羅城
門の近くを通る空海に。うしろから矢を放った。。。。
空海に矢が当たっかと思われ時、その時何処ともなく、1人の僧が現れてその僧の肩に
矢がブッツリ。!! 空海、何もしらず通り過ぎます。
この身代わりに立つたのは、 実は僧でなく地蔵尊。お地蔵さんの肩に当たりました。
人々はこの地蔵尊を、堂を作り安置 庶民の災難を救ってくれた空海を守ってくれた地蔵
さんとして、今にいたる、香華たえず。
今でも右肩に矢傷のあとが残っていると言う、石造(1、60m)

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