(46話)

鹿間塚

ところ   東山区清水寺境内 鐘桜横 

それはいかにも遠慮がちで、じっと息をこらしているといったふうだつた。華麗で知られる
桃山建築の鐘桜の奥に宝篋(ホウキョウ)印塔が一つ。まるで場違いのようなたたずまい、
ひっそりと佇む「鹿間塚」がある。
征夷大将軍・坂上田村麻呂が奉上した開いた清水寺。田村麻呂にゆかりの遺跡は多いが
「鹿間塚」はなかでも、この寺の創建にはじまる古い史跡といえよう。
 
「子持ちのシカはおらぬか」
田村麻呂は清水の山をめぐつた。つい先ごろ夫人が懐妊、ついては、立派な子供を無事出
産するに、お腹に子を持ったシカのキモをたべさせればいいと聞いたからである。
田村麻呂といえば、桓武天皇に、その軍事的才能を認められ、陸奥の国々を平定、征夷大
将軍の名を与えられた武人。清水一帯は当時、桓武天皇から賜り、山中に私寺をたてて清
水寺と号していた。清水寺が広く開けたのは嵯峨天皇(823年)の代に国家鎮護の道場に
なって以来だから、まだ、あたりは奥深い山中だったのはいうまでもない。
山奥深くかけめぐりさすが豪の田村麻呂も疲れてくたくた。それでも日が暮れなずむころ、
一頭のはらんだしかをやっとのことで見つけ、自慢の弓で射とめた。
「ああ、疲れた。早く帰らねば・・・・・」
獲物を肩にエッコラ、エッコラショウ。山を下り出した、途中、今の音羽の滝あたりまでたどり
ついた時である。一人の僧(延鎮上人)が、田村麻呂を呼び止めた。
「なんという非業な・・・・・」
「いや、御坊、実は妻の安産を願うばかりに・・・・・」
「なになに、それは身勝手に過ぎようぞ。しかも殺生によって安産を得たいとは・・・」
僧に延々と非をさとされた田村麻呂、いまは罪を悔いた。そして、山中の小高い丘に射殺
したシカを葬って塚を築き、ねんごろにとむらったのだった。
この僧、淀川に金色の水の流れをたどって源であるこのあたりに庵を結んだ延鎮上人。
たまたま、田村麻呂に出会ったのだが、このシカをうめた塚が「鹿間塚」というのだ。
 
この鹿間塚の話し、一説は、資力のない延鎮上人が田村麻呂の協力で、この地に伽藍を
建てようとしたが、山中とて平地がなくて困っていると、一匹の神使のシカがあらわれ、一
夜にして予定の地を平地にしてしまった。そのシカを祭ったのが、またこの塚ともいわれる。
 
音羽の滝
日本の十大名水の筆頭に数えられる、「金色水」「延命水」と呼ばれ無病息災・不老長寿
の霊水とされています、またお茶の名水として大変珍重されています。

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