(41話)

登天石

ところ  上京区堀川通鞍馬口下る水火天満宮内

堀川通鞍馬口を五十メートルばかり下がった東側。児童公園の右手に、美しい玉垣にかこ
まれた小さなお宮さんがある。石柱に「日本最初水火天満宮」___天満宮の名が示すよ
うに、いうまでもなく祭神は菅公・菅原道真である。
天台の僧・法正坊尊意僧正の屋敷跡ともいわれている。
 
道真が都を追われて、配流の地・太宰府に露と消えたのが延喜三年(903)死に際して
髪などを師にとどけたが、それを祭ったのが創始だ。天神さんには菅公にまつわるエピソ
ードは数多いが”この水火の天満さん”も例外ではない。境内の片隅にちょこんとすわる
「登天石」だそれ。
平安の都は、その日も雷がとどろき、家々をふるわせた。
道真の死後、都には不思議なことが多く、雷もその日だけではなかったのである。先ごろ
は清涼殿に落雷して道真を追放した宮臣がまきぞえをくって死に、また町では火災が相つ
いてて起こった。
「これは太宰府でなくなった道真公の怒りにちがいない」
「そうじゃ、そうじゃ、心いやしいものざん言で流された道真公がなくなったいまも、うらんで
なさるのじゃ」
うわさは、町のすみずみにパッとひろまった。
ときの天皇・醍醐天皇もうわさが気になって仕方がない。延暦寺に勅使を出し、道真公の
師・法正坊尊意僧正を呼んだ。
法正坊は早速に山を下り、宮中に急いだが、ちょうど鴨川にさしかかった時だった。
川の水が急に水量を増したかと思うと、土手をおどり越えた。法正坊、少しも騒がず、手に
持った数珠をひともみ、川に祈った。
水流はみるみる下がり、二つにわかれたと思うと、石の上に道真の姿があらわれた。そし
て、雲の中に尾を引いてきえた。雷雲もおさまったのはいうまでもない。
法正坊は、道真の立った石を自宅に持ち帰り、愛弟子の霊をとむらったのだった。
いま、境内に祭られる「登天石」はその石だというのである。
 
登天石は一説に、陽石といわれる。つまり、男性のシンボルを形どった性神だ。後ろに女
松がたっていて、要するに道祖神である。

HOME *** *** NEXT