(38話)

合槌稲荷

ところ  左京区粟田口鍛冶町

平安時代中期。京の粟田口三条のほとりに。三条に住んだので、名を三条小鍛冶宗近とい
った。
ある日、この小鍛冶に後一条天皇(1016)から「守り刀を打て」との勅命がくだった。
小鍛冶、ことの重大さにいったんは辞退したが、ついに引き受けた。そしてその日から、
近くのお稲荷さんに立派な名刀が生まれるようにと一生一代の大仕事の大成えお折願した
満願に近い日だった。気高い若者が宗近の住まいをふらりと訪れた。
「立派な刀打ちになりたい。ぜひ私を合槌(あいづち)に使っていただけは住まいか」
しかるべき合槌を望んでいた宗近、即座に若者の申しでを受けると、いよいよ刀打ちに励
んだ。若者は大層じょうずに合槌を打った。やがて二人は見事な刀を打ち上げた。
「お前の合槌で見事な刀が打てた。ところで刀の名前を何と付けようかのう」
「小狐丸(こぎつねまる)とつけてはいかがでしょう。ぜひにお願いします」
若者は、こういうと、ふいとその姿を消してしまった。
お稲荷さんのキツネが刀打ちに化けてきたのであった。
 
左京区の三条通神宮道を東へ約五十メートル。来た北側に面して小さい赤い鳥居が目につ
く赤い堀をたどって行くと、民家に囲まれ奥まった場所に神狐を祀る合槌稲荷があり。
「三日月宗近」は天下五剣と云われるほどの名刀で、今は国宝となり名刀小狐丸と共に有
名また祇園祭の長刀鉾の鉾頭に据えられる長刀も、宗近が娘の病気平癒を感謝して奉納さ
れたものだと云われています。
神狐(しんこ)が合槌を打って名刀小狐丸を打ち上げたこの伝説は、能や、歌舞伎にも謡曲
「小鍛冶」舞踊に取り入れられ、舞台を飾っている。上演の際には、関係者は必ずこの合槌
稲荷に参拝する。
 
天下五剣
童子切安綱=源頼光__足利将軍家__豊臣秀吉__徳川家康__秀忠 __松平光長
{東京国立博物館所蔵 国宝 太刀}
 
鬼丸国綱=北条時頼__新田義貞__足利尊氏__織田信長___豊臣秀吉__本阿弥
光徳__明治天皇{ 皇室御物    太刀}
 
三日月宗近=徳川家__{東京国立博物館所蔵 国宝 太刀}
 
大典太・光世作=足利家__秀吉__前田家 {前田育徳会(石川県立美術館) 国宝 太刀}
 
数珠丸恒次・古備前恒次作=日蓮上人 {兵庫県尼崎市本興寺所蔵 重要文化財 太刀}

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