(36話)

朱雀の鬼

ところ  中京区西の京小堀町

平城京の朱雀門(710年奈良)は平成9(1997)年に復元されかっての都の跡地をご承知
の通り平安京・朱雀門(806年京都)の跡地は地元の人ですら忘れられている。
 
ここから南へ羅城門まで約3.7K、幅85メートルの道___広場といった方が正確かも
知れない___が走っていた。
千本通出世稲荷前にあった朱雀門。かってこの門は平安の都を東西に二分するメーンス
トリート朱雀大路の起点であり、大内裏の入り口でまあった。
桓武天皇が大内裏造営に際して建てた外敦十二門の一つで、正面47メートル奥行き
十四メートルの石壇上に七門五戸の層を重ね、屋根は入母屋造りカワラぶき。棟上の大
きな鴟尾(しび)が空をつきあげ、弘法大師が筆をふるった「朱雀門」の額をかかげた桜門
は、下をくぐる都の公家、姫君たち、人々の目をみはらせに違いない。
だが、この京のシンボル、内裏の荒廃につれて、いつの時代からか荒れ放題、のちぬす
っとやこじきの住み家となったとか、その美の悲しい末路をあわれんでだろう、朱雀門に
は怪奇な伝説が多い。その一つ____。
 
中納言紀長谷雄は、しきりに雨の降るなかを、帰宅をひとり急いでいた。内裏での仕事が
思わぬ手間をとり、日はすでにおちていた。
長谷雄が朱雀門を抜けようとしたときだった。急に一人の男が立ちはだかった。
「中納言さま、実わお願いがありますのじゃ。これから、この門の桜上で一手、双六の手
合わせをしたいとおもいますが、いかがでござろう」
長谷雄がとまどっていると、正体不明の男は続ける。
「中納言さまの腕は聞いております。でも、私も双六天狗ではひけをとらない方で・・・・・。
私が負けたらば、一人の美女を差し上げますが・・・・」
そうまでいわれれば長谷雄とて、あとにひけない。二人は門になぼると、盤に向かった。
美しい女が立ち合い人、コマは着々と進んだが勝負は互角。それでも灯明の芯がジジッ
と鳴る明け方、長谷雄が勝った。
「いやァ、恐れ入りました。聞きしにまさる腕。どうぞ女を連れてください。ただ、女
は百日間、手をふれては困りますのじゃ。と、いいますのも、実は私・・・・」
男の述壊によれば、自分は朱雀門に住む鬼で、女は死んだ都の美女たちの美しい部分
を集めてつくった人間。霊が固まるのに百日間の日数が必要だというのである。
長谷雄は女を家に連れて帰った。しかし、その美しさに百日間はあまりに長かった。
ついにある日、鬼との誓いをやぶってしまった。と、どうだろう。女はたちまち水になって
流れてしまった
 
いま、出世稲荷付近の朱雀門跡には当時を偲ぶものはない。弥生会館前に、「此付近
平安京大内内裏朱雀門址」の、小さな石碑が一つ。明治二十八年、平安遷都千百年を
記念して建てられ碑だが、朱塗りの柱に白壁の豪華な門跡というには、余りに小さい。広
場のように続いた朱雀大路は千本通に変わって道は狭められ、バス、車が肩をこすりつ
けるように交差する。
 
芥川龍之介は、この門を舞台に「六の宮の姫君」という作品を書いた。「藪の中」とともに
知られる王朝もので、女の悲恋を描いた作品である。朱雀門にまつわる多くの伝説
は、いずれも、なぜか暗い影を落としている。

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