(184話)

安楽寺

ところ        左京区鹿ケ谷御所ノ段町

鎌倉時代の初め、専修念佛の元祖法然房源空上人は、鹿ヶ谷の草庵で
弟子の安楽・住蓮とともに、念佛三昧の別行を修し、六時礼讃を唱えられ
た。1206年(建永元)12月、後鳥羽上皇の熊野臨幸の留守中に院の女
房松虫・鈴虫が安楽・住蓮を慕って出家し上皇の逆鱗に触れるという事件
が生じ、法然上人は讃岐国へ流罪、安楽・住蓮は死罪となり、その後草庵
は久しく荒廃することとなった。江戸時代初期の1680年(延宝8)、知恩院
第三十八世萬無和尚は、元祖法然上人ゆかりの地に念佛道場を建立する
ことを発願し、弟子の忍澂和尚によって、現在の伽藍の基礎が築かれた
庵を結び「鹿ヶ谷草庵」の後身の寺として知られ、寺宝には松虫・鈴虫関連
のものが残されていることから「松虫鈴虫寺」とも呼ばれます。秋になると美
しい紅葉に包まれ癒される普段は一般公開しておらず、花の時期の春、紅
葉の秋、そして鹿ケ谷南瓜かぼちゃ供養の7月25日だけオープンするお寺
 
京の鹿ケ谷南瓜かぼちゃ故・・・江戸時代の寛政年間に京都の粟田に住ん
でいた玉屋藤四郎(たまやとうしろう)が津軽に旅行した際に、カボチャの種
をお土産に持ち帰りました。これを鹿ヶ谷で当地で栽培したところ、数世代後
に突然変異して、ひょうたんの形になったといわれています毎年開催される
「中風まじない鹿ケ谷かぼちゃ供養」が風物詩となっている今は上賀茂地域
で栽培されている

HOME *** ***NEXT