18話)

へそ石

ところ 中京区六角通烏丸東入ル

「丸竹夷二押御池、
姉三六角・・・・・・・・
京の町通りのおぼえ歌で。子供の頃歌いながら手まりを女子突いていたのを憶えている
烏丸の六角通に「ろっかくさん」で親しまれている。
六角堂・西国三十三所(十八番札所)である、小野妹子の時朝夕に仏前に花を供えたそ
れが子孫に受け継がれ。全国的に知られている生け花の家元・池坊発祥地である。
生け花の産みの親は世に三筆(弘法大師、橘 逸勢)と称せられる嵯峨天皇
創建は聖徳太子。その歴史が古いせいか、さまざまな伝説がある。
たとえば、境内にいまも残っている礎石。別名”要石”とか”へそ石”と呼ばれる。
垣武天皇の平安遷都のとき、この石が中心にあたるというので、ここを基点に条坊が定め
られた、いわくつきの石だそうである。
ある日、聖徳太子が山背(垣武天皇以後京都言う)にやつてきた。
大阪・四天王寺健立のため、その用材を探しにきたのである。
なれない山歩きに、いまはつかれた太子、一服しようと場所をさがしていると、近くの森に
美しい水がわいているではないか。
とるものもとらず、衣服をぬぐと、飛び込んで、ひと浴びした。旅のアカをすっかり洗い流し
たところで、さて、衣服を着ようとしたのだが、不思議なことが起こった。
太子は、いつも首から一寸八分の如意輪観音像をさげていた。
水浴びのために、そばの木の小枝にかけておいたのだけど、いざ、首にかけようとすると
如意輪観音像が木から離れない。
「こりゃあ、不思議なことがあるもんだ。ウン、コラショッ」
そんなところに、農夫が通りかかって太子にいうのである。
「ああ、なんと美しいのだどう。木にムラサキの雲がかかっているじゃありませんか。
ありがたや、ありがたや」
太子は、ハッと胸をつかれた。
「この木は霊木にちがいない。そして、如意輪観音像が、我をここに奉れと言う暗示にちが
いあるまい」
太子は、早速にこの木を切らして御堂を建立、像を安置した。のちの六角堂である。
 
この話は後日談がある。平安京の町づくりが行なれたときだった。
東西の小路が一部、この寺に突き当たってしまった。
「太子ゆかりのこの寺を移転するのはおそれおおい。と言って、このままでは・・・・・・」
勅使は思案にくれて、「この地を離れたくないとおぼし召すなら、何とぞ南北、いずれかに
御動座ありたし」と、祈った。
そのときである。にわかに紫雲わき起こり堂を包み、みるみる間に北にうごいた。無事、通
りは貫通したのだった。

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