(174話)

法輪寺

ところ              西京区嵐山虚空蔵山町68

寺伝によれば、和銅6年(713年)、行基が元明天皇の勅願により、五穀
豊穣、産業の興隆を祈願する葛井寺(かどのいでら)として建立したとさ
れる
「古事記」「日本書紀」の応神天皇の章にも天皇のおよろこびと国讃めの
お歌が記されており、行基菩薩を開基和銅6年(713年)とし以後歴代天皇
の勅願所であり勤操大徳8(ごんぞうたいとく)弘法大師の恩師、弘法大師
興業大師、明恵上人、日蓮上人を始め各宗の祖師方はここに参篭さんろう
して、大きな覚知さとりの霊験を受けられることになるのであります。
清少納言の『枕草子』では、京都の代表的な寺院として挙げられ、本尊のご
利益は『今昔物語』にも描かれています古くは、天皇家や貴族などの限られ
た人々しか参拝出来無かったが江戸時代中期頃庶民も参拝も出来る様に
なったが応仁の乱により罹災し、幕末、元治元年(1864年)の禁門の変(蛤
御門の変)により、再度罹災している。・・・・日本三大虚空蔵と称される一つ
です。
 
数え年13歳になった男女が知恵を授かり、健康を願って参拝に訪れます。
参拝後から渡月橋を渡り終えるまで決して後ろを向いてはいけないと言い伝
えられています。「後ろを振り向く事によっていただいてきた知恵が本堂に帰
ってしまう」と言われています。
清和天皇が数え年十三歳になった折、成人の証として法輪寺で勅願法要
を催した、古刹(名刹)でるが応仁の乱や江戸中期や元治の禁門の変によ
る火災で失ってしまつた後に再建されたが縮小された。

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